献上品
マレックの執務は主に夕方から開始する。
昼の来客は執事たちに任せる。どうしてものときは、昼に対応するがそこまでの大物は多くはない。
「ふむ。昼間にドワーフのブラオの献上品とは」
執事長である初老のハイオーガ、エルチェが答える。
「ごらんになられたほうが早いでしょう」
と言いつつ、鞘に仕舞われた剣を差し出した。
マレックは受け取り、引き抜いて刀身を眺める。
「これは見事な…… しかもまだ魔法付与もされていない。大変貴重な品。どこで入手したのです?」
彼からみても見事なミスリルの剣だった。そして魔力と相性がよいので、大抵は魔力付与がされており、魔力付与されていないミスリルの剣は貴重だった。
特殊効果を複数付与することすら可能だろう。
「ブラオ殿がこの村で作成されたものにございます」
「なんと」
「アーニー殿のご助力により可能になったのだとか」
「……信じられんが…… それが本当なら私自ら現場に行くぞ」
「そう言われると思いまして、ブラオ殿には視察の話をすでに通しております。私のような素人がみても、それは大変見事なものにございますから」
マレックは夜の帳が降りかかる町を眺めた。
彼と親友が作ったこの町に大きな変革の時が訪れるのを感じていた。
「では次の品を」
「まだあると?」
「次は僭越ながら我が同胞のマロシュとエルフのディーター君からです」
エルチェが恭しく木箱を二つ持ち出す。
マレックの机の上に二つのグラスを取り出した。一つはシンプルな透明のグラス。もう一つはガラス細工そのものと言うべき、七色の複雑な形状をしたグラスだった。
「二人の作にございます」
「透明なグラスか…… これは良い。ワインの色合いが映えるというもの」
透明でシンプルなグラスを、マレックは気に入った。
「マロシュの作にございます」
同胞の品が褒められ、エルチェが嬉しそうだった。
「頼めるならマロシュにもう何セットか頼んでおいてくれ」
「承知いたしました。彼の者も喜びましょう」
次に手に取った七色のグラスを見る。常用には難しいが、これも大変見事なものだとわかる。明らかに芸術品だ。
「ではこちらがディーターの作ということか。実にカラフルだ。こんな色合いを出せるものか」
「鉱石を少量混ぜて色合いを作るといっておりました」
「……まさかと思うが、これもアーニーが絡んでいるのか?」
「左様にございます」
沈黙が流れた。
「最後の献上品を」
「待て。これ以上何があるのか。私はもうおなかいっぱいだ」
笑いながらも、机に肘をつき、手を組んで興味津々の様子だ。
上目遣いでエルチェを見上げる。
「ご期待に添えると思いますよ。ドワーフのグラオ殿作です」
両手で差し出した最後の品は、手鏡だった。
「ガラス製の……鏡かこれは、さすがに私は写らないな」
マレックの姿は映らない。吸血鬼は鏡に映らないのだ。
しかし、部屋に点された灯りでもわかる、見事な鏡面だ。
流通している鏡はだいたいが金属を磨いたものだ。銅製が多い。
「ウリカ様用の鏡を作る、ついでに作ったと言っておりました」
「ついででこのレベルの鏡作られたら、この町は一気にガラス工芸の町になれるぞ」
「そうでございましょうなあ」
「ウリカ用ってことはアーニーなんだな、これも」
思わず嘆息した。
「これは秘伝になるのか? いや、この町の外に技術が漏れるのは許さないよ」
「秘伝ではなさそうですな。ドワーフたちは改良にいそしめと檄を飛ばしている最中です。――技術に関しては当然でございます」
「……これからこの町はもっと避難者が増える。町として金も仕事もいる。かねてよりの懸念だった」
「それどころか、人手不足の深刻化が予想されます。炭焼き職人だけでもかなりの人数が欲しいところです」
エルチェが遠い目をして呟いた。
「まさか我が種族から職人がでるなど……10年前なら考えられることではありませんでした。ハイオーガは力も耐久力も大きく人のそれを上回りますが、遺憾ながら大変不器用なもので」
「人間が羨んで仕方ない力と耐久力なんだけどね」
「伐採や石工、建築。力仕事の需要は間違いありませんからな。だからこそ職人に憧れたものです。何やらガラス細工は腕力と肺活量が重要とのことで」
「良いことですよ。選択肢が増えるというのは」
「まさに。まさに……」
万感が籠もっていた。
「できれば視察後、アーニー殿とお話されたほうがよいでしょう」
「無論だ。半年も待たずにこれだけの成果。どんな隠し球があるやら」
椅子に深くかけ直し、思案する。
「ウリカから、日夜森を駆けずり回って、伐採と運搬していると聞いていたんですけどね」
「筏流しは、観光にもなりそうですな」
「なんだそれは」
「ウリカお嬢様からお聞きではないのですか」
「聞いていない。話せ」
エルチェがかいつまんで説明した。
「穏やかな川の流れ、激流のスリル。それはもう面白いとのことで」
「私もやってみたいが、流水は苦手だからな」
吸血鬼は流水に弱い。倒した灰を川に流すのはそのためだ。
「ご主人様は絶対やってはいけませんぞ」
「わかっている。そうか、ウリカの奴、私に気を遣ってか」
「そうでございましょうな。いや、私めも失言でしたわい」
エルチェも苦笑した。吸血鬼に水の流れに乗る遊びの話をするのは、確かに野暮だ。
「そこまで気を遣うな。疲れるよ」
「申し訳ございません」
「――さて、私の大切なウリカが連れてきた男。予想以上に大物だったようですね」
「さすがウリカお嬢様ですな。人を見る目は確かです。手紙でまるでダメ人間と書いてありましたが、我が町で信じる者はいないでしょう」
「ルートボックス狂い、か」
「お嬢様も好きでしたからなぁ。同じ嗜好の変な男に捕まったと心配したものですが」
「杞憂で良かったよ。この剣一本でも下手したら釣りがでそうだ。しかもこれからまだ生産するんだろう?」
「はい」
立ち上がって町を見通す。彼が作って守ってきた、この町を。
「私の町の構想。最後のワンピースがアーニーであることは間違いない。本当にウリカはお手柄です」
彼は町並みを眺めながら、微笑を浮かべていた。




