地図と名前のない町
アーニーは今日も森のなかに入っていた。
しかし、今は夜。危険な森を夜駆けるものは少ない。
手に持っている器具を片手に目をこらしたり、紙に記入したり、夜空を見上げたりしていた。
「こんなところで珍しいですね。アーニーさん」
突然声をかけられた。
少年が姿を表した。とはいっても少年ではない。人なつっこい笑顔を浮かべている、エルフの青年だった。こうみえても彼よりは年上だろう。
エルフでも珍しい銀髪だ。皮鎧に短弓、小剣とわかりやすい武装をしている。
「ディーターさん? だったかな」
「ご明察。何されているんですか?」
手に持つ器具に興味津々だった。
「ああ、測量……というにもおこがましいか。簡単な地図を作っている」
「地図を!」
「迷宮が点在しているだろ。ただ、闇雲に向かって到着はできないから、こうして簡単なものにしている」
「森を地図ってかなりわかり辛いんじゃない?」
「体で覚えるエルフには不要だろうけどね」
「いやいや、子供に持たせたり、もしそんなことができるなら革命的なことだよ。みせてもらっていい? だめか」
「いいよ」
「ありがたい!」
ディーターは紙を覗き込んだ。
「町を中心に、岩、川で……ふむふむ。目印はそうか。ここに人工物を作って経年変化による地形のずれを修正するのか」
「川は増水で流れが変わる。岩は大雨で転がるだろ。最初の起点になればいい」
「定期的な距離を、計測すると」
「それで手に持っているは計測機だね。方位磁針や象限儀も使っているわけだ」
「なるほど、地図を作るか。思いもしなかった」
「平野のほうが重要性があるからね。森は森にすぎない。ただ、このタトルの大森林は大きすぎる…… 町と周辺ぐらいは把握しておかないと」
「なんだか……戦争するみたいだ」
「悲しいかな、そういう技術であることは間違いない」
地形、地理。それらは常に最優先される情報だ。
「実際、今あちこちで新興の開拓砦ができている。下手したら国家代理戦争の舞台になるかもしれない」
「戦争か…… アーニーさん知ってる? あの名前もない町の出来た経緯」
「何か事情があるのは一目でわかる。経緯はまだ聞いていないな」
ティーターは、近くの岩に座った。アーニーも同じように座る。
「僕たちもドワーフも30年前の戦争で故郷から追われたんだ」
「あの戦争以前――いや亜人狩りか」
「そう。よくある話だけどね。そこにウリカ様のご両親とマレック様があそこを開墾しようといってね。驚いたよ。人間二人に、吸血鬼公だ」
「驚くよな」
頷いた。人間界に興味が無いと思われる吸血鬼公が内政しているのだ。
「三人はエルフもドワーフも分け隔てなく受け入れてくれた。追っ手はアンデットや人間の兵士が戦ってくれた。その話を聞きつけて、ハイオーガやフェアリー、フロレスまでやってきた」
「色んな種族の技術が良い感じで混じっている。俺はすっかり好きになったよ」
「そう。みんなあの町は好きだ。あそこで人間が大きな態度にでると、人間が諫める。プライドが高いエルフは同じエルフが。酔っ払って見境がなくなったドワーフはドワーフたちが責任を持つ。みんな自分の居場所をなくしたくないからね」
「そうか」
「あれだけ栄えていて名前のない町っておかしいだろ。あの町からでた者はそう言ってるんだよ。変な人を呼び込まないために。――名前のない町、とても遠い、小さな町ってね。だからやってくる人はみんな居場所がない人だ。アーニーさんは?」
「俺も居場所は無かったな」
「じゃあ定住してくれる?」
「今旅立ったらウリカに泣かれるからな」
エルフの少年は笑った。
「ウリカお嬢様は泣かしちゃだめだよ。多分、よくわかってると思うけど」
「ウリカに誘われてきてみたら、大物すぎて困惑しているよ」
アーニーは立ち上がった。
「じゃあ、俺は行くよ」
「何か必要なことがあったら言ってくれ。僕も手伝うよ」
「ありがとう」
アーニーは森の奥へ消えていった。
「大物すぎる、か。多分ドワーフならこういうだろうな。『おまゆう!』ってね」




