川下りすると濡れ透け不可避
「ではいってきます!」
三本の丸太で出来た筏に乗り込んだウリカ。
筏流しの始まりだ。
「楽しんでのう」
「グリューンさん、ほんとうにありがとうございます! 酒場の差し入れ楽しみに!」
グリューンが気を利かして、徒歩で帰還することになったのだ。
「ほっほっほ! いってらっしゃい」
見えなくなるまでお互い手を振り続けた。
アーニーはその光景を優しい表情で見守っていた。
「ドワーフは本当に気のいい奴らだ。この町のはとくに」
「本当に」
アーニーは細長い木を櫂代わりに、筏を操作する。
精霊にも呼びかけていた。
『水の精霊たちよ。我らを激流より守り給え』
『りょ!』
水の精霊から返事があった。
『風の精霊たちもよろしくな』
『あーい』
こちらも木霊のような返事が返ってきた。
「アーニーさん精霊魔法も使えたよね……」
「念には念を、だ」
しばらくゆったりした時間が流れる。
ウリカは川下りという初めての体験に心奪われていた。
「いつも見慣れている景色でも、川の上というのは新鮮ですね」
「通りすがりの人がびっくりしてたな。あれはエルフだったか」
「アーニーさんの話では別の地方では珍しくないといってましたが、ここは未開地ですからね。森深く入るのも危険です」
「材木置き場に適した岸が、町が離れているのは難点だな」
「森の中から一本一本持って降りるより、全然違いますよ」
「川の流れを変える河川事業……やめとくか」
大事になりそうだった。
「マレックに相談するとか」
「まだやめておこう」
新参者だ。出張っても仕方ない。
「アーニーさんが褒められると私も嬉しい」
「ルートボックス中毒者だから、あまり過度な期待はだめだぞー」
「期待しないから側にいてくださいね」
「ウリカは優しいからダメ人間になりそうだ」
「いいですよー。私に依存しても」
「こらこら」
そうは言いつつ、ウリカも気付いていた。
(アーニーさん、何者なんだろう)
景色に目をやりながらも、考えていたことは別のことだった。
(ミスリルのこともそうだし、木材や建築の知識もあるみたい…… ドワーフさんたちが褒め称えるレベルって……)
(SSRになったことと知識は関係がない。左右するのは職だ。――私、本当に凄い人を見つけたのかも)
「ほら、ウリカ。魚が跳ねたぞ」
「本当?」
(でもなんでもいい。アーニーさんがいてくれたら)
ウリカは煌めく川面を注視しながら魚を探した。
「ほら、しっかりつかまってろよ。激流ゾーンだ」
「はい!」
筏に作られた、左右の取ってを力強くにぎる。
「きゃあ!」
スピードが一気に加速する。
「岩ぁ! 岩ぁ!」
眼前にすぐ巨石が立ち塞がる。
「ほいさ!」
アーニーは竿をさばきながら、難なく回避する。
「うわぷ!」
激流の水しぶきが顔に直撃する。
たった数分の激流ゾーンだったが、静かな森にウリカの悲鳴が響きわたった。
「はい、お疲れさま」
「うわーん。びしょぬれですぅ」
あひる座りで泣くウリカ。
「ずぶ濡れになるって言ったろ」
「想像以上でした……」
頭から水をかぶってしまっている。
「着いたら、すぐ家に帰ろうな」
「はい。濡れ対策で薄手にして正解でした……」
ウリカの服はたっぷり水分を含んで、ぴっちりと肌に張り付いていた。背中や肩が透けて見える。
金髪から覗かせる、真っ白なうなじが色っぽい。
「アーニーさん?」
「い、いやなんでもない」
慌てて目を逸らす。
(うなじに見惚れていたとか言えるわけないだろ!)
かなりクリティカルしてしまった。
「んー? なんかおかしいなー」
「俺の負けだ」
「何かわかりませんが、私が勝ったのは間違いないみたいですね……」
アーニーの声音に、ウリカは納得した。
「まあ、なんだ。服透けてるからこっち向くなよ」
「ん? そっかー。ふっふー」
胸を押さえながら、顔を上げてウリカが流し目をしながら振り返る。
その動作も凄く色っぽい。
「やめなさい。まじやめて」
「うー。せっかくの二人きりかつ私の勝ち確な状態で……」
残念がるウリカだったが、やはり恥ずかしいのか、振り返ることはなかった。
(やった!)
水面に映る、ちょっと間抜けなによによ顔は見られずに済んだことだし、と。
「到着するまでに本当は二日ぐらいかかるが、精霊の加護もある。今日の夕方にはつくよ」
「二日ぐらいゆっくりしていってもいいですけどね」
「今度は計画的にやろうか。伐採する場所につくのに三日かかったんだから」
「はーい」
アーニーの願いが聞き届けられたのか、思いのほか早く仮の貯木場に着いた。
時間はまだ夕暮れ時だ。
「これで終わりとは残念です」
「楽しかったか?」
「それはもう凄く! また連れてきてくださいね」
「良かった。ああ、また来ようか」
アーニーは自分の外套を脱いで、ウリカに着せた。
「え?」
「ウリカの肌は誰にも見せたくないからな」
「はい!」
きょっと外套を胸に引き寄せ、アーニーに寄り添った。
「本当に幸せです」
二人の影法師は仲良く並んでいた。
お読みくださりありがとうございます!
「水に濡れる系のアトラクションでドキっとしたことある」
「海もいいけど川もいいね!」
「続きが読みたい」
等気になってくれた方は下の評価やブクマしてくださると、とても嬉しいです。




