新居
二人はエルフメイドのテレーゼに連れられて、新居に向かっている。
(そもそも新居ってなんだ…… 普通に考えて家賃なしの住居ぐらいにしか思ってなかったんだが……)
しばらくここを拠点にするのは間違いではないのだから、家があってもおかしくはない。
(ん? 誤解だって言ったほうがいいのか。しかしそれをいったらウリカは絶対荒れるし悲しむ。しかし俺たちは何もない……)
今までの流れを反問するアーニー。
そもそも、親密な雰囲気を漂わせている二人だが、基本的には何もないのである。
焦る。
「な、なあ。ウリカ。その……俺たちのこと、マレックに、どういう風に思われたのかな」
「大丈夫ですよ、アーニーさん。もう私たちを別つ弊害はなしといっても良いです。完璧です」
ウリカ。会心の笑顔。
「あ、ああ……」
「アーニーさんは私の気持ちや立場のことを気にして迷惑かどうか、心配されていると思いますが、まったく! 絶対に! 迷惑ではありませんのでご安心を」
「あ、ああ……」
しかし、今の流れでさらなる窮地になったことは間違いない。墓穴である。
(これあかんやつや)
心のなか、ぐるぐるである。
(ウリカのこと絶対に嫌いじゃないし、もし今否定してあとでそういう関係になったら…… いやいや、まだ早いだろ、俺。ウリカは大事な仲間。でもウリカの顔みているとそんなこと絶対いえない)
話を合わせていたのは確かだ。
ウリカが家出同然で旅に出た理由。この町の人間にとってそれは旅にでる理由にはならないだろう。魔神の末裔である証の赤い瞳は彼らの主人の末裔の証だ。
ウリカは理解者がいなかった。だから家を出た。
そんなウリカの旅が無駄ではなかった証――それはきっと自分なのだ。
マレックとウリカが親子のような関係とはすぐに見抜いた。見ればわかる。だから素直に口にした。
名前の件も合わせて予想以上に、クリティカルしてしまった。効果は抜群だ。
知っている知識をうかつに言うものではないと思い知った。まさかウリカ本人が知らないとは思っていなかった。
ウリカを守りたいのも嘘じゃない。ただ、彼はどちらかというと、マレックと同じ位置にいるほうではないかと自問があったのだ。
色々な思いで煩悶するアーニーを心配そうにウリカが顔を覗き込む。
「……ひょっとして、アーニーさん、私のこと迷惑だったとか?……」
消え入りそうな声になる。
「そんなことあるわけないじゃないか」
これは本心。ただ、少し棒読みになった。
「良かった」
ほっとした笑顔を見せる。
慌てた気まずさから、顔を逸らす。
アーニーは知らない。
それは本当に本当に、一瞬の間。アーニーが顔を逸らしたわずかな時間。
ウリカがそれはもう悪い顔で、小さくガッツポーズを取ったことを。
「こちらがお二人の新居になります」
二人の新居は、屋敷に隣接する格好だ。表通りからやや離れている。
門をあけて入る。庭は屋敷に比べて大きくはないが、井戸が見えた。
玄関を開き、部屋に案内される。
大きなテーブルに椅子が6つほど。
(広っ!)
あまりに広すぎてアーニーの顔がひきつる。
テーブルに椅子が6つ。それはいい。
奥には暖炉とソファまである。小さな家を装っていても、明らかに中は手が込んでいる。
「左奥にキッチン、あと風呂場もありますよ。寝室は右手側でございます。残念ながら私は皆様のお世話はできませんが、たまにお手伝いはさせていただきますね」
風呂もあるのか、とアーニーは愕然とした。
一般宅は公衆浴場を利用する場合が多い。風呂は贅沢品だ。
「ありがとう、テレーゼ。助かるわ」
「中央の扉の奥に部屋は二つあります。とくに用途は決まっておりませんので客室として使用していただくのが良いでしょう」
困ったように見渡すアーニー。
「俺はどこの部屋を使えばいいかな?」
「ですから寝室は右手側に」
「ウリカが使うんじゃないの?」
「二人で使うんですよ?」
当然です、と胸を張るウリカ。
テレーゼが歩き出したのでついていく二人。寝室を開くと大きな窓が一つ。クローゼットが二つ。大きなベッドが一つあった。
「お二人で使用される前提で作られておりますよ」
「ありがとう、テレーゼ。さすがだわ」
「お嬢様のことはなんなりと」
テレーゼがにっこり笑う。つまり、これはウリカの意に沿った結果だ。
「現在は平屋ですが、拡張できるようにドワーフたちが設計されております。お子様が生まれて手狭になったときはすぐに2階の着工ができる次第です」
「お、お子?」
アーニーがテンパる。
ウリカは顔を赤くしながら、
「早いって。テレーゼ」
「あらあら。そうでしたっけ。ふふふ」
エルフは流し目でアーニーをみた。鋭い眼光のそれは誘惑的な意味ではなく――
わかっていますよね? アーニー殿?
声に出さなくても聞こえてくる。
無言の圧であった。
マレックはたくさん人を呼ぶとは言っていた。
(呼びすぎだろう)
町の者全員、とは言わないまでも、多分店持ちや有力者など大抵は来ていた。
種族もばらばらだ。
大広間でテーブルがいくつも。立食形式だ。
とはいっても格式ばったものではなく、ドワーフは酒を煽り、ハイオーガや人間は肉を手づかみして食べているものもいる。
アーニーとウリカはそれぞれ強制的に着替えさせられ、小綺麗な格好をしていた。
非常に居心地が悪かった。
「さて、皆の者、食事をしながら聞いてくれ」
張りのある声でマレックが語り出す。
「ウリカが戻ってきてくれた。予想よりも早い帰還だ。大変喜ばしい。そしてウリカのパートナーである冒険者アーニー。彼も信頼のおける人物だ。皆も彼を手助けしてやって欲しい」
マレックはそれだけいうと、皆に食事を促し、ホストに勤めた。
マレック直々に信頼のおける人物という宣言は、この町にとって大変重要な宣言だ。
パートナー宣言は完全に外堀を埋められた格好だったが、アーニーはあたまを空っぽにした。現実逃避だ。
(うん、俺は確かにパートナー。伴侶とかそういう意味ではなく相棒的な意味で。何も間違っていない)
あまりにテンパっていて、腕にしがみついて嬉しそうに笑っているウリカに気付かないほど。
(あれが婿殿か……)
(マレック様にウリカ様のことを一日で認めさせる男がただの人間なわけはないでしょう)
(SSRだという噂だとか……)
(英雄じゃないか!)
ささやき声が漏れ聞こえているが全部無視。
宴もたけなわ。
ウリカとアーニーは並んで立っている。
ウリカの顔を見知っている人間は次々に挨拶しに顔を出し、アーニーに挨拶、ある者はアピールしていた。
「なんで俺まで様付けに」
「いいじゃないですか。おじさまが直々に評価する人間は少ないです」
「光栄なんだが……光栄すぎて怖いな」
「マレックは別の意味で怖いですよ」
「それは言われなくてもわかる」
考えたくない事態だ。
「そういえばウリカ」
「はい」
「今気付いたけど、ずっと俺の腕に?」
「はい! 今気付いたんですか?」
ウリカはくすくす笑っている。
「緊張のあまりな」
「緊張しすぎです」
「迷宮引きこもりには辛い」
「もう少しで戻れますよ」
「そうなるよう祈るよ」
(外堀完全埋まった…… 内堀は自分で埋めてるよな、俺。平城でどうやって戦えばいいんだろう……)
それでも腕から離れようとしないウリカに、アーニーの現実逃避は止まないのであった。