対面
「もうすぐです!」
ウリカがアーニーの手を引っ張る。
二人が一緒に旅立ってから二ヶ月が過ぎた。
路銀には困らない程度の依頼をこなしつつ、ウリカの言う開拓地の砦に向かっていた。
今は小さな町らしい。
「名前の無い町、だっけ」
「ずっとそれで通ってますね」
アーニーですら疲れを覚える、かなりの僻地に位置している。
「村に手紙送ってたといってたな。後見人さんだっけ」
「はい。勝手にでていったので怒られるのは間違いないですけどね」
「こらこら」
「アーニーさんに出会えたからいいんです!」
ウリカは笑顔でいった。悪びれる様子すらない。
「みてください! あの砦ですね」
大きな山脈が見える。その麓にある、タトルの大森林。
彼らがここまでくるのにも森を抜けていたが、今は拓けている。
大きな柵が立ててある。森に面した反対側はモンスター用の防壁なのだろう。
ウリカは迷わず整地されてもいない街道を進んでいく。
「こんな田舎へようこそ。歓迎するよ。冒険者さん」
二人の門番が気さくに声をかけてきた。
ウリカは外套を脱ぐ。
「冒険者証は出した方がいいですか?」
にっこり笑うウリカ。
「げ! 姫さま!」
衛兵が声を上げる。
「姫?」
アーニーが呟く。
「ちょっといきなりですよぅ。姫様に身分証要求したらマレック様に怒られます」
もう一人も困った顔をする。
「姫じゃないと前言いましたよね」
眉をひそめて、門番をにらむウリカ。どうやらマレックという人物がウリカの後見人なのだろう。
「は……はい! お嬢!」
思い出したかのように、衛兵が慌てて言い直す。
「お嬢様だろ、こら」
「ほら私、姫とかではありませんから、ね?」
ジト目のアーニーに、ウリカが一般人アピールをする。
白々しい。
アーニーは懐から身分証を出そうとすると、門番から止められた。
「あ、あんたも身分証はいいよ。お嬢の連れなら。顔をみせてもらえるとトラブル少なくて済むが」
「そうか」
ウリカに倣って外套を脱ぐ。
「了解だ。名前を教えてもらえるかな」
「アーネストだ。アーニーと呼んでくれ。ウリカの仲間だ」
「……よし覚えたな。お前は」
「任せろ。では何もない町だが、どうぞ」
相方に確認を取る門番たち。ウリカの仲間というだけで重要人物になるのだろう。
「お嬢様。マレック様が首を長くしてお待ちです。まずはお屋敷へ」
「わかりました。怒ってない?」
「そりゃ俺らにはわかりませんぜ」
「ですよね」
町の中に入って、ウリカが伏し目がちに、アーニーに聞く。
「一緒に怒られてくれませんか」
「いいよ」
苦笑した。アーニーにとっても人ごとではないのだ。
屋敷に向かうまで、アーニーは強い違和感を覚えた。
亜人が多い。
人間が半数だが、ほか半数は亜人という、ありえない多さだ。
エルフ、ドワーフ、あとはフロレスというのんびりやで農業が主としている小人までいる。
アーニーが目についたのは彼らではなかった。
「フェアリー、ダークエルフ、ハイオーガか」
「あ、やっぱりわかりますか?」
古代オーガともいわれる彼らは、巨人族の一種ともいわれる。
2メートル前後の体躯は生粋の戦士だ。
ただ、彼らの下位種とも言われるオーガの暴虐もあり、迫害されている種族でもある。
ダークエルフは肌が褐色の、魔力がとくに強い一族である。闇の精霊との契約した証だ。
フェアリーは人間の型に乗れるぐらいの妖精だ。自在に姿を消すことができる。めったに人里の来ないことで有名で、極めて珍しいと言えた。
「亜人が多いな。――良い町だ」
「アーニーさんはいつもうれしいことをいってくれます」
「そうか? 本気でそう思っている」
しかしアーニーは思う。尋常ではない亜人の多さ。
地理的にはグフォーア王国になるだろう。亜人への寛容さは群を抜いている。
列強国に囲まれ、政治情勢的には安定しているとはいいがたいが。
「ここです」
大きな屋敷に門番がいる。
「お嬢様!」
門番がめざとく声をかける。ハイオーガであろう。
「ただいま!」
「マレック様にお取り次ぎします。少々お待ちを!」
ハイオーガが慌てて屋敷のなかに飛び込んでいく。
気まずそうにしているウリカと目が合う。
すぐに門番は戻ってきた。
「お入りください。ご主人様がお待ちです」
二人は屋敷に入った。アーニーにとってモンスターと戦うことよりも緊張する一瞬だった。
応接室に通された二人はお茶を飲みながら待機した。
エルフメイドであった。
「失礼する」
奥から明らかにアーニーより若く見える、美青年が現れた。
ぞっとするほど美しい。大理石で出来ていると言われても信じるだろう。
「ウリカ!」
「おじさま!」
二人が声をあげる。
ウリカが駆け寄り、頬にキスをする。
「まったくお前という奴は……私がどれだけ心配したか」
「ごめんなさい」
うなだれるウリカ。
青年がアーニーに振り返り、優雅に頭を下げた。
「あなたがアーネスト殿ですね。私はウリカの後見人の、マレックです。この開拓地の領主兼町長ですね。ウリカを助けていただき、ありがとうございました」
「アーニーと呼んでください。マレック様。当然のことをしたまでです」
「では私のことも、マレックとおよびください。名目上は彼女の叔父です。ウリカの大事で大切な仲間と聞いております。私の家族も当然です」
じっと見据えられる。
目は笑っていない。
「わかりました」
「マレック! アーニーはね。この町は亜人が多くて、良い町だって言ってくれたの。私、それが嬉しくて」
その言葉に初めて青年のくちもとが柔らかくなる。
「それはそれは。――良い仲間をみつけてきたようで何よりです」
長い話になりそうだった。
嬉々として旅の出来事を語るウリカ。
時には怒られ、時にはたしなめられながらもマレックは話を根気よく聞いていた。
そして最後に、アーニーとの話になった。
「アーニーさんは、柔らかい魔法戦士のようなもの、とお聞きしましたが」
ウリカをみると、ぺろっと舌を出していた。
「ええ、柔らか魔法戦士ですよ。重装備着れませんし」
もともと魔法戦士は軽装が多い。剣専門の魔法剣士にいたっては軽装限定だ。
「かなりの遣い手のようですが」
「それは誤解ですね。ウリカさんと一緒の時期にSSRになったものですから」
「うわ、さん付けされるとかなり他人行儀です。凹みます」
「君の実家にいるんだが、俺」
「何を言われる。アーニーさん。あなたの実家にもなるようなものですからね」
「……しかし、失礼ながらウリカさんの後見人が吸血鬼公とは思いませんでした」
まだ日が暮れていない。しかし、常人ならざる雰囲気。昼も動けるほどの吸血鬼。
吸血鬼たちの長であるロードであると推測していた。
「気付いていましたよね。最初から。その割に警戒されていないようですが。戦士なら常在戦場の心構えを説くところです」
「あいにくと戦士ではないもので。――ウリカが父親のように慕う、いや父親ですよね。その必要もありません」
マレックはウリカをじっと見詰めた。
「ウリカ」
「はい」
にっこにこのウリカ。苦虫をかみつぶした顔をしているマレック。
「……勝ち誇った顔をするのはやめなさい」
「マレックのことお父さんって言ってくれた人、初めてだもん!」
「く……あなたが連れてきた人でなければ祝杯をあげるところなのですが」
アーニーのほうを向き、今までにない惚れ惚れとするような笑顔を向けた。
「あえてアーニー、と言いましょう。今後もこの子のことをよろしくお願いします」
「はい」
「ロードと言っても、私は土地に縛られるタイプの吸血鬼。この町限定でしか力を発揮できないのです。ちょっと遠出したらそこらのモンスター並の力しか発揮できません」
「それで十分かと」
昼間動ける代償は大きい。逆にいえば、この町にいる間は絶大な力を発揮するのだろう。
「私はこの目に見える範囲の土地だけが大切です。この子のために町を作り街路を整備し、栄えれば良いのです」
苦笑を漏らす。
アーニーがウリカの方を向く。
「ウリカの名前も確か、街路という意味あったよな」
「ご存じだったんですか?」
「知っていた。――良い名前だよな」
祖霊たちの世界の言葉の一つだった。
「はい。マレックが付けてくれたんですよ!」
ウリカはもう満面の笑みだ。
「民に愛されるように?」
アーニーも悪戯っぽくマレックに聞いた。
ウリカはそれにはきょとんとしている。
マレックは両手をあげた。降参したのだ。彼もまた笑みを浮かべている。
彼女の名前には民意、という意味もあるのだ。
そこには紛れもなく、バンパイアロードではなく、父親としてのマレックがいた。
「はいはい、降参だ」
悪戯がばれた子供のような笑み。美青年だけに惚れ惚れする。
「マレックがそんな風に笑うの久しぶりに見た」
「そこの彼のお手柄ということだな。丁寧な口調もやめにしよう」
なんとなく会話に置いていかれるアーニーだった。
「二人の新居は用意している。ウリカがが戻ってくるからね。先に荷物を置いていきなさい。後で戻っておいで」
「ありがとう。マレック」
「放蕩娘の帰還だからな。さて、今日は嬉しいやら悲しいやら。今日はたくさん人を呼ばないといけない」
さみしげな笑みを浮かべて、マレックは奥の部屋に消えた。
アーニーはようやく気付いた。
これ、娘もらいにきた男のような扱いだよな、と。