建国神話
「名も無い町への遣いご苦労だった」
グフィーネ王国の王は、執務室で王子をねぎらった。
「ありがとうございます」
「お前が内密な相談とは気が重い。国を揺るがす大事件とは、どういうことだ」
「はい。父上。名も無い町は既に国と呼べる勢力を形成しております。ご報告いたしましょう。彼らは町単独で大暴走を撃退。同時に襲ってきた闇の飛龍を討伐いたしました」
「なんだと。不可能だろう。そんなことは……」
その話が本当なら、王都の戦力を超える軍事力を持っていることになる。
「これを。私も討伐隊の一員でして。二十名に満たない精鋭たちの偉業です」
王子は懐から水晶と指輪を取り出した。
「討伐の証である、闇の飛龍の魔石と、神話級アイテムの一種、祝福されたダークワイバーンリングです」
「なんということだ。これが事実なら……。お前はどうみる?」
「私に具申がございます」
「申してみよ」
「かの町を公国として独立させます。そして我が国に編入させることが良いかと」
「ふむ。その心は?」
「闇の吸血鬼に支配された禁足地ではなく、亜人が集う国として歴史の表舞台に引っ張り出すためです」
「ううむ……」
もともと、禁足地として指定したのは王自身である。
吸血鬼公は確かに挨拶にきた。敵対の意思も見せない。ロドニー事件の前には納税もどの地域よりも真面目に、そして今年に入ってからはミスリルやガラスの工芸が贈答品として贈られている。
どんな有力な貴族でもここまで見事なものを献上するのは難しいと言える。
「そして、彼らからも打診があったのです。にい……いえ、アーニー殿からの提案です。この町は不安定で、もし私のような者がいれば安定するだろう、と」
もちろん嘘だ。
「お前がいきなり公国の王になるのか! 許さんだろう、マレック殿が」
「マレック殿からの手紙を預かっております」
「見せよ!」
王は目を通し、ため息をついた。
手紙は本物だ。マレックは国家に類する言葉を使わない条件で、王子を支持する文章を書いたという。
「お前が代表になるなら、町の権限を大きくしたい、とだけ書いてある」
「かの方は吸血鬼です。そもそも国など興味はない。あの町さえあれば」
「あの町に何があるというのだ? 余にはそれがわからん」
セオドアは周囲を見渡し、王の側に近付きそっと耳打ちした。
「マレック殿が育てた娘、表向きは姪という立場。そしてアーニー殿の婚約者は、魔法帝国皇族直系の末裔にてございます」
「……なんじゃと……」
「赤き瞳を持ち、彼らの寵愛を一身に受けております」
「ちょっと待て。赤き瞳。そして古代貴族であるマレック殿の加護…… 嘘だとは思っておらぬぞ。だが、それは……」
「私は公国の代表になり、アーニー殿を貴族にしたい。そうすれば、我が国は魔法帝国直系の血筋を迎え入れることができるのです、父上っ!」
セオドアは一気に畳みかけた。
王族は血筋を何より重視する。この世界でもっとも尊いとされるのは、魔神の末裔と言われている魔法帝国皇族直系。
直系を詐称する者、大義名分で掲げる者もいるが、正当性を証明できる者は少ない。
現在西の帝国ですら、傍系の末裔とされているのだ。
赤い瞳の者は迫害される。それは、魔法帝国直系の血筋を恐れた今までの施政者が、人知れず対処するための情報操作でもあった。
見つかった者は即座に処刑される場合が多い。後々の禍根を摘むためにも必要な措置と思われた。
公表できないとはいえ、魔法帝国直系の一族を貴族として迎えいれることとなるグフィーネ王国の権威は一気に高まるだろう。情報は漏れるものだ。
「う、うむ…… お前はどうしたいのだ」
王は悩んだ。本当はその娘を王族、できればセオドアの妻にできればいいのだが、マレックがそれを許さないだろう。
ならば、王族全体の恩人と言ってもいいいアーニーを貴族にし、グフィーネ王国の貴族として取り込んだほうが良い。
いつか縁があれば、彼らの子供が王族と結婚するのも夢ではない。欲張りすぎてはダメなのだ。
「私はこの国の公爵となり、名も無き町を公国として興したいですね。期間は五年後。マレック殿の契約が切れるところを契機に」
「お前がいなければ、跡継ぎは……」
「兄上たちにお任せしますよ。暗殺攻勢は落ち着いています。辺境の地に追放ということにしておいてください」
「肝心のこの国は?」
「兄上たちがこの国をうまく運用できなければ、名も無き公国が食ってしまうかも知れませんね。でもそれは父上にとって同じことでは?」
血族を散らす、ただのリスク回避と言いたいのだ。結局は王の血は続き、系譜も彼直系なのは変わりない。
無能なら吸収される。だが吸収される先もまた、彼の息子という事実は、王国の未来を輝かしいものにするだろう。
「歯車がかみあいすぎて怖いよ、セオドア」
短期的にみて税収は減るが、そもそも開拓地だ。投資費用すらないのだ。優秀な工業国が手に入ると思えば、安い。今でも名も無き町の武具や鏡は大人気だ。
禁足地として他の貴族を制限していたのも功を為した。価値を知っている貴族は激怒するだろうが、有力者にはマレックの挨拶済みだ。むしろ吸血鬼公を丸め込んだ王とセオドアの手腕に畏怖を抱くことだろう。
何よりマレックの気が変わらないうちに公国にしたほうが絶対に良い。それは間違いない。
実績は闇の飛龍討伐、大暴走の撃退、工業製品の数々。国として条件は揃っている。
これで異議を唱える貴族などいない。証拠は息子本人が持っているのは出来過ぎとさえ言える。
「私もです。闇の飛龍討伐は建国神話たるに相応しい。かの地は禁足地では無く、ミスリルとガラスの工業国となりましょう。そして同時に我が国に属する公国は、神々が認めた英雄と魔法帝国直系の血筋を同時に得ることができるのです」
「想定に問題は?」
「父上の認可の早さ次第」
「半年内に名も無き町を、グフィーネ王国に属する公国として認める認可を出そう。治めるのはお主でな」
「三ヶ月で。兄上たちには禁足地へ僕を放逐ということに」
「よかろう。他には?」
「建国時の支援があれば、グフィーネ王国と王族の印象もさぞ良くなるでしょうね。長命の亜人にはとくに」
「渋るだけ損ということじゃな。賭けるからには全乗せか。マレック殿にも王として返答したい。したためる文面は、今日の夜、一緒に考えてくれ」
「もちろんです。父上」
「歴史に残る、いや、歴史そのものだ。どれ、世紀の悪役にでもなるとするか。余も成功するよう、全力を尽くす。頼んだぞ」
国を運営するというのは難行だ。王は身にしみて知っている。
だが、彼の息子は建国に挑むのだ。
それがとても誇らしかった。
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