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亜人の国

 第三王子セオドアとマレックの会談は当日夜に行われた。

 同席者はアーニーのみ。


 ソファに座っているのはマレックとアーニー。反対側にセオドアだ。

 セオドアの挨拶と正式な謝罪、そして王の書簡が渡された。


 王子自ら来ることにマレックも驚いたが、アーニーを兄さんと呼ぶ王子をみて、呆れた視線をアーニーに向けていた。

 アーニーはそっと視線を逸らすのが精一杯だった。


「ロドニーは市中引き回しの上、磔のち火あぶりか。ふむ。悪くない処置だ」

 王都市街を馬に乗せられ周回し、さらし者に。その後刑されたのだ。


「ありがとうございます。王としても名も無い町との対立を望んでおりません。賠償金という問題になりますので、三年の無税で講和を希望しております」

「少なくないか? 五年が妥当だろう」

「では、無税期間五年で。私の権限で条約を執行いたします」

 セオドアは書面を取り出し、サインする。マレックも同様にサインを行い、賠償問題も解決された。


「これで野暮用も済んだってところか。俺は帰っていいかな?」

 アーニーが二人に聞いた。


「いえ。これからが本題でして」

「帰りたかった」

「どんな要件かな?」

「単刀直入にいいましょうか。僕はこの名も無い町が欲しい」

 沈黙が降りた。


 アーニーがぎょっとしてマレックをみる。意外なことにマレックは微笑を浮かべていた。


「マレック、怒らないのか?」

「第三王子セオドア――私も聞いている。大変聡明な王子だと。そしてロドニーの真相も知っているはず。何か考えがあるはずだ。まずは話を聞こう。くだらなかったら怒るがね」

「お前どうして」

 まさか自分がいるから、とは言うまい。そこまで愚かな男ではない。


「続けたまえ」


 マレックに促され、テディはにっこりと笑った。


「ありがとうございます。町が欲しいと言っても大義名分的なことでして。私はこの町が欲しい。そして、公国として成立させたいのです」

「――町一つで国は無理だ」

「何を仰る。すでにこの町は首都機能に近いものを持っている。近いうちにこの町を中心に、様々な町が生まれるでしょう」

「では国を作る目的はなんだ? それこそ王国にメリットはないだろう」

「王国は関係ありません。亜人の国を作るのです」


 再度、沈黙が降りた。


「国の成立に必要なものは、主権、人、領地。主権を手に入れることでこの町は国として成立します」

「可能なのかね」

「統治権をもって政治的にグフィーネ王国より独立できます。公国としてグフィーネ王国に属しますが。僕が代表になることで、血統的なものや正当性は確保できるでしょう」

「必要なものは?」

「すでにあります。独立できるほどの経済性。災害級の闇の飛龍を討伐し【大暴走】を撃退できるほどの軍事力。王に謝罪させるほどの政治力」

「なるほど。亜人を守るための公国。案は悪くない」

「マレック様はそのままこの町を治めていただければよいのです。僕はちょっと大きめの屋敷でそれらしくすればよいですから。爵位でいえば公爵になりますか」

「君は何故そのようなことを? 君のメリットはあまりないように思える」

「ありますよ。我が身の振り方をさっさと決めてしまいたいのです。王位など興味ないのに長兄次兄の嫉妬が凄くて、いつ殺されるやら。なら兄さんや先生たちのいるこの町の力になるためにも、最善の案を考えたのです」

「この町が栄えたら、それはそれで恨みを買うかもだぞ?」


 そのとき初めて悪い顔の笑みが、テディに浮かんだ。


「――だから王国にも帝国にも負けない亜人の国を作る必要がありましょう? そのための主権確立と、暴力装置たる軍隊です」

 暴力装置というのは政治用語の一種だ。国家の暴力装置が作動しなければ、国は守れない。


「この町は条約を結ぶこともできるし、それをもって帝国相手にも同格の主権をもつことになる。もちろん王国にも」

「悪くはない。悪くはないな」


 マレックはこの町を国にしようと思ったことはない。

 しかし、主権が確立できるなら――亜人たちを守れる場所。ウリカの両親が描いた夢の実現。


セオドアは遠い目をした。いつかみた光景を思い出し、マレックに告げる。


「兄さんについて亜人解放戦争に参加しました。まだ10歳にも満たない僕には衝撃的でした。長生きだからといって、殺される人々。生け捕りにあうエルフ。両足を切り落とされて物を作るだけの装置にされたドワーフ。人を食べないために自決したハイオーガ。色んな亜人をみました」

「――」

「悪いこともしてないのに、酷いよな。だから、できる範囲で守りたいなあと兄さんはつぶやきました。そして一夜城を作り、数少ない義勇兵をまとめあげ、亜人たちを助けた。今でも僕の心に残っています」

 

 アーニーも無言。居心地が悪そうだった。マレックはそんなアーニーとセオドアをみて、薄く微笑んだ。


「それが原点かね」

「はい。だからこそ僕は、【古代将軍】インペラトルになる道を選んだのです」

「【古代将軍】だと? 君がか?!」

 マレックが驚愕した。彼が生きた時代の将軍だ。能力はよく知っている。


「そうです。僕はいわば爆弾なんですよ。このまま、ですとね。まさか国一つ左右するスキルになるとは思わなくて」

「――だからこそ、闇の飛龍を撃退できた」

「アーニー。お前五回行動になったか」

「ああ」


 マレックは目を瞑った。


「【皇帝(エンペラー)】になることもできるぞ? グフィーネ王国の王になり、全権を駆使し、様々な国に攻め入れば、大帝国を興せる」

「望みません」

「そうか。――しかし第三王子を迎えるとなると、ウリカをやるわけにはいかないしな」

「そんな恐ろしいことをいわないでください。いっそ妹を兄さんの妾にしようかなと思いましたが。兄さんを王に。ウリカさんが妃で」

「頼むからやめてください。お願いします」

「町長を嫌がる男が王になどなるわけがない」

 マレックが苦笑した。テディは本気のようで、じっとアーニーを見ている。


「父君はその話を存じているのかね?」

「いえ、知りません。この発想を思い立ったのは闇の飛龍討伐中ですから」

「なんでまた」

 アーニーが呆れた。あの死闘中、テディの負担は相当だったはずだ。


「どこの世界に【大暴走(スタンピート)】と最上位級の強襲(レイド)モンスター両方の襲撃を撃退できる国があるのですか。それを町一つでですよ? 闇の飛龍討伐は、王国に恩を売ることになります。この大きな戦果を活かせないか考えたとき、公国案を思いついたのです」

「確かに神々の接続障害のなか、これだけの実績を残したのだ。何かに利用しないと、勿体ないな」

 マレックは満足げだ。

 眼の前の若者は大きな有望株だ。


「君の考えはわかった。私としても検討させてもらおう」

「ありがとうございます」


 二人の階段は終わった。先にセオドアは退出した。


「亜人の国、か」

「すまないな。俺の弟分がとんでもないことを言い出して」

「何。彼に任せるのも一興だ」

「本気か?」

「本気だとも。常々いっているだろう。不死者に統治させるなと。そうだな。私は学校の校長に専念するのもよいかもな」

「セオドアは悪い奴じゃない。ただ、発想が普通の王族と違うんだ」

「切れ者だな。魔法帝国なら即刻暗殺対象になりそうな男だ。命を狙われるというのも頷ける。お前が連れてくる連中は面白い者ばかりだ」

「誰一人呼んでないんだがな」

「人徳かね? しかしこの町も私がいなくなった場合のことも考えねばならん。セオドアとお前がいたら、杞憂も薄れる」

「おいおい、消えるようなフラグ立てないでくれ。接続障害で気が滅入っているのか?」

「そうかもな? あまり心配はしていないんだよ。彼がお前のデメリットになるようなことはすまい」


 この町の未来を思ってマレックは考えた。

 一人の冒険者によって、道しるべが生まれようとしていた。


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