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神明裁判

王都では裁判が始まっていた。

 裁判官は王その人である。


 通常軽犯罪では選任の裁判官がいる。今回は司祭や司教が同席する神明裁判であるが、とくに重罪案件だ。

 王の他に王子、貴族、そして司教が同席していた。


 被告はロドニー。

 

 罪状は討伐の資金横領、禁足地の略奪未遂、そして冒険者大量失踪の責任についてだ。

 冒険者には貴族の子息も多い。嫡子ではないが、愛情がないわけではないのだ。

 貴族たちも殺気立っていた。

 

 ロドニーは気力がいささか回復してきていた。弁舌も達者だった。要塞戦の敗北、そして名も無い町の正体を切々と訴えた。彼ができる唯一の復讐だった。

 嘘は魔法で見抜かれる。そのための司祭なのだ。

 事実だけをうまく繋げ、都合の悪いことは黙秘した。


 そして裁判中に自分の罪を認めるものの、名も無い町への討伐を訴え出た。


「俺は死刑を覚悟しています。ですが、あの悪魔の町は王国全軍を持って攻め滅ぼすべきです」


 死刑にしてくれたほうが楽なぐらい、苦痛に苛まされている。相打ちなら上等だった。


「私を含めて我が仲間は蘇りは殺され続け、ついにロストに至ったのです。私見ですがいつか王国に仇なすに違いありません」


 王や大公は沈黙を守っていた。

 彼らはマレックが直接会った者たちだ。

 その恐ろしさも、そして名も無い町からの納税額も知っている。かの町に害をなすなら、個々でとっくに殺されているだろう。


 だが自分たちの子供を殺された貴族たちは違った。

 名も無い町討つべし、と声があがった。

 亜人中心の町だということが気にくわない者も多い。

 

 討伐隊を買ってでた子爵がおり、今にも討伐隊が結成されそうな雰囲気だった。


 そこに一人の騎士が入室し、王に耳打ちをする。

 王は頷いて兵士に何事か命じた。


「これより新しい証人が入廷する」

 

 貴族たちがざわついた。


 その後、二人の入室した。二人とも純白の衣装に身を包んでいる。

 ロドニーは息を飲んだ。死んだと思ったヘスターとキャシーだった。


「お前たち…… 生きていたのか」

 二人はロドニーに視線さえも合わせようとしなかった。


「かつての『鋼の雄牛』に所属していた魔法使いヘスターと、司祭のキャシーだな」

 王が問うた。


「相違ございません」

 キャシーが応え、二人は頭を下げる。


「では裁判の説明を聞いたと思う。現地の名も無い町の冒険者と抗争を起こしたのが発端。その後神々がテストしていた【城塞戦】に突入し、仕様の抜け道を駆使され敗北し軒並み虐殺され【消失(ロスト)】した。名も無い町の領主は悪魔だったと。相違ないか?」

 王は二人に確認した。


「違います」

 ヘスターが応えた。まったく顔に感情がない。ロドニーの顔に怒りが浮かんだ。


「ほう。申してみよ」

「まず最初の発端は、性欲解消のために冒険者組合と併設している酒場に行き、女冒険者を拉致したことです。女冒険者は領主の娘であり、阻止しようとした別の女性冒険者へ危害を加え無力化。冒険者組合職員ならび、助力を行おうとした冒険者たちを私の【眠りの雲】で無力化し拉致したのが発端です」


 貴族たちがざわめいた。

 領主の娘を性欲解消のために拉致など、正気の沙汰ではない。冒険者組合への狼藉は言語道断だ。あの組織は世界中にあるのだ。王国の非が問われてもおかしくない。


「彼女たちも真実を話しております」

 司教が言葉を添える。


「ふむ。続けよ」

「その後も町の住人と交戦、領主の娘の婚約者と【城塞戦】に至ります。仕様の穴をつかれ殺害されたことは事実ですが、そもそもロドニーが【城塞戦】はなんでもあり、と宣言し、度重なる放言を重ねた上で、拒否する町の住人を【城塞戦】に持ち込みました。城塞戦はで男はロスト、女性を死なない性奴隷として陵辱する目的でした」

「ヘスター! お前!」

 叫ぼうとするロドニーを、兵士たちが取り押さえる。


「放言とはなにか」

「町のエルフ女性を性奴隷に、ドワーフやハイオーガを労働力に。住人の財産も略奪もし放題。仕様を悪用し死なないことをいいことに、レイド討伐隊全軍を町に侵攻する案もありました。辺境地での新たな王国領を作るのが目的です」

「この言葉も真実にてございます……」

 冷や汗を垂らしながら司教が伝えた。


 場に沈黙が降りた。

 ロドニーを見る王の目が明らかに冷ややかだった。


「かの町は禁足地としっておったのか?」

「存じておりました。その後の惨状はロドニーが王にお話した通りです。ですが我らは領主様の慈悲により、ロスト寸前に多くの冒険者は救助されました。傷の治療と食事を与えられ、王都に送り返されました。かのお方は悪魔ではありません」

 神明裁判に嘘は通じない。吸血鬼であり、悪魔では無いとい意味で、事実だけををヘスターは伝えた。


 他の貴族はそれを別の意味で捉えたのだった。


「そして王よ。これを」

 ヘスターは懐より書状を取り出し、近くの兵士に渡す。兵士は恐る恐る王へと渡す。

 王は書面を読んで青ざめた。


「この場にいる貴族諸侯に次ぐ。こたび、王国レイド討伐軍による名も無い町への侵攻。これを機に魔力付与の【達人】レクテナ、【巨匠(マエストロ)】姉妹である建築家のイリーネ、細工職人のロジーネは亜人を守るために名も無い町へ移住するとのことだ」

「なんと! その三人が! それだけでどれだけの損害が!」

 大公が悲鳴をあげた。


「考えたくもないわ!」

 吐き捨てた。


「つくづく愚かな男よ。ロドニー。どれだけの存在を敵に回したのだ。書面には彼女たちの仲間の怪我も書いている。冒険者組合で殺害されかかった女性冒険者はかつてS級冒険者を辞退したポーションのポーラだ。そなたらのなかにも世話になったものもいるだろう?」

 貴族たちがざわついた。愛嬌のあるまん丸顔のポーラは有名人だった。

 病気で苦しむ彼らは彼女の作るポーションを買いあさったものだ。S級冒険者は国の危機を救ったものでないと昇格できない。


「あいつが悪いんだ! あの化け物! あのアーニーって奴が!」

 ロドニーが再び叫ぶ。そして兵士に制圧された。


「アーニーだと! どんな男か話せ!」

 裁判席の端にいた若い王子が叫んだ。


「レンジャー風の、うだつのあがらない風貌の男だった。そのくせ、ひときわ町を含め人望が厚い、いけすかない野郎さ」

「うだつのあがらない風貌だと! 父上! 間違いありません」

 王子は心当たりがあるのだろうか、王と目配せを交わした。


 王は一度深呼吸し、切り出した。


「皆の者。よく聞くが良い。我が末娘のが三歳の頃誘拐された事件を覚えているのもおるだろう。盗賊ギルドさえ手をこまねいていた麻薬密売組織が壊滅。我が娘が助け出された。そのときの我が剣がアーニーという男。彼は私にとって、最大の断罪の剣である。かの組織を殲滅することができるほどの、な」

 

 貴族たちはまったく沈黙した。事件は有名だし、当時の麻薬密売組織に囚われそうになった貴族も少なくない。

 

 そして王の断罪の剣。それはアーニーが王にとって正義そのものであることを示していた。アーニーが聞いたら青ざめ全力で過大な評価を拒否することだろう。


「名も無い町への進軍は我が名において一切許さぬ。生存できなかった者は可哀想だが、略奪者として天罰が下ったのだ。どこの世界に本来の任務であるレイド討伐をほったらかしにして、町中で性欲処理のために領主の娘をさらう軍があろうか。それは悪である」

 切り捨てた。貴族たちは異論を唱える者はいない。


「司祭よ。異論はあるか?」

「ありませぬ。王の言葉はまことに事実。嘘はございません。そしてアーニーなる者。我らも存じております。人知れず邪神の徒を打ち破りこの世界を守護した者として、神々より啓示を受けております」

「ほう。邪神の徒を。それはしらなんだ。あとで詳細を聞かせてもらおう。――神々から啓示とは、さすがよな。あの男は」

 目をやると王子が何故か胸を張って自慢げだった。


 ロドニーはその髪と同じく顔面も蒼白だった。自分が敵に回した相手が、まさしく化け物だと思い知った。


「ロドニー。貴様の言い分はわかった。次の裁判で決を下す。下がれ」

 ロドニーはひきずられながら退廷した。彼はもう自分では歩けない。強制退廷させられた。 


「これにて閉廷を宣言する。次回は三日後だ。生存者は私が直々に預かっておる。親族がいる者は騎士団長のもとへ」

 王の言葉より、貴族たちの数人が慌てて退席した。


 王もまた、退席する。王子と合流し、部屋で話し合うことにした。


「ロドニーめ。なんてことをしてくれたのだ」

 深いため息をついた。


「父上」

 先ほどの王子――第三王子セオドアが入室していた。美しいブロンドに柔らかな瞳。王子を体現するような美青年だ。


「婚約者がいるとしったらマノンが卒倒しそうじゃなあ」

 王女にとって、死の間際救出してくれたアーニーは幼心に残る白馬の王子だ。未だに彼を探しているのは知っていた。


「マノンはいい加減現実をみるべきかと。僕は一度いってみようと思います」

「止めても聞かんじゃろ。いってこい。あとこちらに敵対の意思はないと伝えておくれ。書簡も渡そう。マレック殿の手紙には処罰希望としか書かれていなかったが」

 この王子はお忍びで外出中にアーニーと知り合い、様々な冒険をした。彼を実の兄より兄と慕っていることを王は知っている。


「ありがとうございます。マレック殿への謝罪もお任せください」

 王子は意気込んでいた。

 彼にとって、アーニーとの再会は悲願だったのだ。

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