迷宮引き籠もりはガチャ廃ソロ専冒険者
石竜の迷宮。ここは中堅冒険者が訪れる、人工物のモンスター中心のダンジョンだ。
天然の洞窟ではなく、壁自体がかすかに発光する、人工の迷宮だった。
「ん? あそこにいるのはガーチャーか?」
冒険者四人組が通りかかった時、一人で戦闘している男の姿を見かけた。
外套を深く被っており、その顔は見ることができない。
男はガーゴイルと一人で戦闘している。
気が付くほどには有名人らしい。
「あのソロ専の変わり者ね」
隣にいた女冒険者も頷く。
「確か、盗賊系魔法戦士、みたいな変わった職らしい。中途半端な万能職はパーティの居場所がないからな」
「こんな中難易度の迷宮をソロできるのに」
「ガチャを回すために効率追求でソロしてるらしい。そっとしておこうぜ」
「ある程度尖ってないと、パーティはどうしてもね」
彼らとて、万能職を入れる余裕などない。
「倒れてたら拾ってやろう。それぐらいはな」
「そうね」
彼らはそうして先に進んだ。
一人の少女が、駆け抜ける。外套を目深くかぶっている。顔はよくみえない。
華奢な体つきはとても冒険者には見えない。
背後には、ガーゴイル――悪魔をかたどった石像型のモンスターが追いかける。
少女が通路の端を曲がると――小さな部屋。つまり行き止まりだ。
絶望の表情を浮かべ、壁を背に、ガーゴイルの到来を待つ。敵は多分、ここが行き止まりだと知っていたのだろう。
「助けが必要か?」
男性の声がした。
通路に面した壁に一人の男が壁を背に、座っていた。
彼女と同じように外套をかぶり、口下しかわからない。
少女は頷いた。壁から離れようとして、男が手をあげ押しとどめた。
「そこにいろ」
少女は頷き、目を瞑った。
男の考えがわかったからだ。
バサッバサッ
石の翼を大きく羽ばたかせるガーゴイル。
追っていた少女が正面にいる。息の根をとどめるべく、近づく――
男が外套を脱ぎ、呪文詠唱に入る。黒髪だ。精悍な顔つきだが、線は細い印象を受けた。
「【四式・魔法の矢】」
ガーゴイルは背後から突然光の乱舞が見舞われた。
魔法の矢、といはいったが、魔法の矢はせいぜい3、4本である。こんな10本以上の魔法の矢は魔法の矢ではない。矢の爆発だ。
半身が溶けたような状態のガーゴイルが背後を振り返ると、座ったままの男がいた。ちょうど部屋の入り口であり、少女を殺すことに夢中で気付かなかったのだ。
男が両手を組み合わせる。
「【九式・魔法の槍】」
空中から輝く柱が生まれ、ガーゴイルを貫く。
ガーゴイルは音もなく消えた。
少女はその光景を呆然とみていた。一人でこんな迷宮で? どうして? 数々の疑問が浮かぶが、やるべきことはある。
「あ、あの。ありがとうございました」
男は手をひらひらさせた。礼など不要ということだろうか。
「すごい魔法でした。魔法使いの方がここでソロですか?」
一人での探索は珍しい。
「ソロだな。魔法使いではないが」
「あんなすごい魔法なのに?」
「嘘じゃない。見るか? 俺のギルドカード」
男は懐に、ギルドカードと呼ばれるものを取り出して掲げた。
冒険者に発行されるもので、そこにはこう書かれていた。
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名前:アーネスト・アーリス
種族:人間
職業:先鋒
魂位:☆☆(UC/魂位2)
属性:-
加護:○
パラメータ
筋力:☆☆
体力:☆☆
知力:☆☆
器用:☆☆
敏捷:☆☆
精神:☆☆
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アンコモンにしては高いが、極めて平均的な能力だ。
「なにこれ」
呟いてから自分の失礼な物言いに、顔を真っ赤にした。
「ごめんなさい」
「初めてみたか」
青年の口下に笑みが浮かんでる。いたずらが成功した子供のように。
「とくにこのクラス、先鋒って…… はじめてみました」
「珍しいだろ? 工兵――戦争職だからな」
「工兵?」
「超マイナーな派生職だ。魔法依りの魔法戦士……なんていいもんじゃないな。盗賊とか探索者並みにもろい前衛だ」
「それは……」
「いうな。わかってる。希少職だからといって強いわけじゃない」
青年は苦笑した。
「私もあまり人に言えたような職ではないですが。――アーネストさん、とお呼びしていいですか?」
「アーニーでいい。俺のことより君のことだ。どうしてこんなところを一人でいるんだ。見たところ、回復系だろう」
「……恥ずかしい話なのですが、初めて冒険者組合に顔を出したところ、私がまだ未所属の回復系の術士としったパーティに強引に連れ出されてしまいました」
「回復系も楽じゃないな。――なんていうかお疲れ様、だな。で、そのパーティは」
前衛余りはこの世界共通。
「私が未熟なのだからでしょうか。連れ出されたものの、パーティにいれてもらえず、迷宮で放置されてしまって…… あげく飛び出したモンスターに狙われる始末で今のありさまです」
ショックからか、表情は暗く、恐怖も入り交じっている。
パーティなのにパーティに入れてもらえない。普通にあることではない。
アーニーは心当たりはあったが、推測通りだとかなりの外道行為になる。今彼女に言うべきことではなかったので胸の内にしまっておいた。
「災難だったな。一人で出ることはできるか?」
「無理です。ここが何処かも分かりません……」
消え入るような声。
「じゃあいくか。外まで送っていこう」
「いいんですか?」
「ここで見殺しにするほど鬼じゃないぞ」
苦笑しながら迷宮を歩き始める青年。少女は慌てて追いかけた。
二人は洞窟の外にでた。かなりの距離を歩いたが、青年が手慣れていたのだ。
安全と思われる森の近くまで移動する。
「本当にありがとうございました」
「気にするな」
「気にします。あの、遅れましたが私の名前は――」
アーニーが止める。貸しを作るために助けたのではないのだ。
「いいって。お節介だが。一つパーティ選びの忠告だ。今回のようにいきなり連れてこられないためにも」
「はい」
「あんたと組みたいといってくれる人と組め。いなければ、あんたが組みたいと思えると人間と冒険するといい。――都合の良い後衛職になりたくなければ、な」
「はい。心に刻みます」
「大げさだ」
アーニーは苦笑した。
「これやるよ」
アーニーがポーチの中から、いくつか細長い容器を取り出す。ガラスに似た物質に入った容器だ。彼女も知っている。ポーションだ。
「?」
小首をかしげながら受け取る。
「こ、こんなにもらえませんよ!」
渡されたのは効果の大きい回復アイテムやMPポーションばかりだった。安くはない貴重品だ。
「あまりもんだ、もらっとけ。ヒーラーとはいえ、いやヒーラーだからこそ回復薬は持っておけ。――うるさいパーティが多いからな」
少女が深々と礼をした。
頭をあげたときには、彼はもういなかった。
予想はしていた。少女は嘆息しつつも、思い出して笑みを浮かべた。
「アーニーさん。また逢えると、いいな」
願いを込めて。