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第9話 害虫駆除


 風が吹く。風下に彼らの装備か、毒の匂いが香る。じりじりとした焦りが沸き上がって、気分が悪い。せりあがった焦燥が胸で這い回った。


 ――どうしよう。このままだと、ラルフさんが死んじゃうよな。


 繰り返し見た悪夢が浮かぶ。動物の頭は血まみれで、濁った眼が俺をにらんでいる。今度はそれが、人の顔になるのだろうか。

 ラルフさんの顔か、それとも、見知らぬ暗殺者たちの顔か。


 なんだか泣きたくなってきた。どうしよう、どうしよう、どうしよう。嫌だ、見殺しにしたくなんかないに決まってる! でも、そのために五人も殺すなんて、それこそありえないだろう!?


 「さて、報酬はいつも通りに」


 「ああ、“中央”から出される手筈だ。生き残った者は各々受け取りに行け」


 ……報酬?


 は? え、なに、言ってんの、あの人たち。


 殺して、金を貰うのか? 他人の命と引き換えで、俺がおっさんを守ったときみたいに、お金を貰って、俺と同じようにパンを買うって?

 そうだ、確かに仕方ないことだろう。世界にそうあれかしと定められたのだから、それ以外できないに決まっている。でも、俺は暗殺者だけど獣を狩れた。バレないようにいろんな人から隠れて、一人で、危なっかしく頑張った。

 だが彼らは、人を殺す。なぜ?


 ――そっちの方が、楽だからだ。


 夜目は利くし、足は速いし、投げナイフなんて死角から投げれば一発だ。知ってるよ、だって俺もそうだ。できる、殺せる、そうやって動物は死んだ。人間だって死ぬだろう。


 そうやって、何人も何人も何人も何人も当たり前に殺してきたのだろう。そして、今度は、ラルフさんを殺そうとしているんだろう。それが、狭められた選択の中、彼らが選んだ生き方なのだろう。


 ――『記憶を取り戻したら、一番に私へと知らせるのだぞ』


 乾いた手が俺の頭を戯れにかき回したこともあった。金銭感覚の危なっかしい俺にいろんなことを教えてくれた。ほんの少しの間しかいなかった。

 そんなわずかな時間だけでも、少ししか話していなくても、彼は良い人だった。職務に忠実で、国家に仕え、ノエルさんのような後進の騎士を指導できる人だった。


 そんな彼の功績も、未来も、存在価値すらも加味せず――ただ、命を啜って、食い潰そうとしているのか。


 「……なんだよ。あんなの、ただの害虫じゃん」


 ぽつり、と零れた言葉を合図にしたかのように、今まで硬く強張っていた腕が滑らかに動き出す。くん、と糸を引き、投げナイフを二本、指に挟んで構えた。


 ――大丈夫だ、怖がることなんて何もない。


 ――『アサヒさん! 訓練をお願いします!』

 ――『相変わらずだな、アサヒ。鮮やかなお手並みだ』


 「俺は、今”アサヒ”で、暗殺者なんだから。こんなの簡単に決まってる。時間も、たっぷりある。罪悪感なんて、すぐになくなる」


 不思議なことに、殺すと決めた途端彼らが人間に見えなくなってしまった。まるで、動物を殺すときみたいに。


 相手をただ生きている物体とだけ捉えて、相手の気持ちとか、感情とかは考えもせず、思考だけをトレースするように頭が切り替わる。

 “ヒト”が五体在る。天候は曇り。雲の切れ目から月光が差し込む。近くに木が数本あり、右には蝙蝠の群れが一休みしているようだ。

 まずは、左に行こう。


 幹を蹴り上げ、太い枝に飛び乗り、葉擦れの音が不自然に鳴らないよう、風に合わせて体を動かす。葉の隙間から暗殺者を覗き見て、何の感慨もなく――指に挟んだナイフを投げた。


 ――よし、頭に当たった。


 次の枝に飛び移る。そこでは投擲せず、更に違う木の枝へと移動してから、今度は蝙蝠たちの居る方にナイフを投げる。

 慌てて逃げ出す蝙蝠が空を埋め尽くし、夜より暗い天井が一瞬だけ出来上がった。


 蝙蝠の鳴き声で、葉が立てる音がかく乱される。それに乗じて、月を背に出来る木へと移り、相手からは逆光の状態で、ナイフを投げて一人を殺す。

 相手はきっと、ケープのおかげも相まって、おおまかな身型しか分からなかっただろう。指輪や腕輪の文様なんてもっての外。エンチャントのかかったアクセサリーは、対人においての生命線だ。情報は伏せるに越したことはない。

 早速反撃として返ってきた矢を交わすため、幹を思い切り後ろ足で蹴って、月光から逃げるよう、元の木に跳ね戻った。


 「何者だ!?」


 あと、三人だ。


 枝を掴み、体を捻って木の裏側へ行き、すぐさま木を滑り降りる。

 暗殺者たちから離れるため、姿勢を低くして走り距離を取った。

 次に、闇に溶け込みながら、円を描くように反対側から回り込む。途中から匍匐前進に切り替える。足元によほど気を遣っていなければまずバレないだろう。


 もとから負傷している女は置いておいておこう。あと二人の男は、一番仲が悪そうで不審に満ちていたから、連携なんて取れるはずがない。


 木に背を預けて辺りを伺う男の片割れに、腰の小瓶の中身――毒を塗った吹矢を放つ。すかさず生き残っている二人がダガーを飛ばしてきたが、吹矢の発射元なんて分かるわけもないから、てんでバラバラだ。


 かといって、吹矢が来ると分かっていれば対策のしようもある。もとより外套で殆ど覆われていた顔を、さらにフードを深く被り、せわしなく常に首を巡らせている。布に阻まれ、針は刺さらなくなってしまったが、あと二人になった。


 地に伏せたまま、腰の後ろの短剣を確かめるように握って、次に備えた。

 反対の左手には投げナイフを持ち、構える。腕を独特の型で婉曲させて放つと、軌道が奇妙に変わり、俺の居る場所よりも幾分か北側から放たれたかのように見せかける。

 二人はその音に反応し、実際の居場所とはズレた場所にダガーを放る。俺はそれとほぼ同時に立ち上がり、男の頭へと、弧を描くように吸い込まれていく投げナイフを追うように、ショートカットで二人の元へ駆けた。

 あと、1.5人。


 男の呻きが聞こえる頃には、俺は負傷した女の元へたどり着いていた。彼女はこちらに短剣を投擲した姿勢を立て直そうとしている所で、こちらの出方を必死で観察して、攻撃を避けようと試みている。


 だが無駄だ。彼女のケガは右腕にあり、俺は一般的な成人男性以上に筋力がある。右からの攻撃、崩れた態勢では受け流せまい。

 刺突ではなく、大ぶりな斬撃を仕掛ける。一撃では仕留められない可能性があったが、刺突だと残る左腕で受け流されるかもしれないし。


 右腕にずっと掴んだままだった短剣の柄を引き抜いて、月光を弾く刃を振りかざした。

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