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第7話 アサシン

ブクマに評価ありがとうございます! 励みになります


 海千山千っぽいベテランの宿屋のオバちゃんに、記憶喪失のことと、自分がハンターのジョブ持ちであることを話して、今後の展望が見えない旨を相談してみると、害獣駆除ギルド――いや、オブラートに包むのはよそう。


 ――俺は、冒険者ギルドに所属することになった。


 魔法の水晶? オーブ? を使用すれば、国内のギルド全てと情報を送受信出来るらしく、俺は登録料を支払い、自分の身元を調べてもらった。


 内心、このアバターに『俺』が宿る前の足取りとか、掴めるんじゃないかなー、掴めるといいなー……なんて思っていたが、全然駄目。俺はギルドには登録されていない人間だった。


 裏社会のギルドとかには登録されていそうな雰囲気はプンプンさせているが、とりあえず指名手配もされていなかったので、まあよしとする。

 その際、「この中に見覚えのある人物は居ますか?」と指名手配犯の顔が浮かぶ半透明の板――魔法で出来てる掲示板らしい――を見せてもらったが、全く既視感などはなかった。


 おや、と思ったのは、明らかにプレイヤーだろう人物たちが数名載っていたことだ。

 『ワロス』とか、『ググレカス』とか、『ミックミクニスル』など、お前それ名乗っちゃったの? みたいな名前の人が何人か居た。

 多分、偽名なんだろうけど。


 三日ほど森と街を往復して、ギルドで依頼されている害獣……討伐対象のモンスターたちを殺したり、その毛皮を買い取ってもらったり。腕の良い狩人として、俺はギルド内で結構評価してもらっていた。


 「アサヒさんはこんなに凄腕の狩人ですし、きっと貴方を探している人が居ますよ」


 受け付け嬢のお姉さんが優しく微笑みながら、俺の持つ熊の頭部を検分した。この人の『祝福』は生物学者で、研究者として国に飼い殺しされるなんて真っ平だった彼女は、単身国外へ来て、こうして受け付け嬢兼鑑定人をしているらしい。


 「またナイフで一撃ですね。猟銃を使わないのには何かこだわりでも?」


 お姉さんは片手に水晶で文字を打ち込みながら、行方不明者リストに載っている俺のプロフィールに「銃を使わない狩人」と書き込むか否かを、俺へ視線で問うた。

 俺は無言で首を振り、肩を竦めて苦笑する。


 「自分探しの旅の、世界一周のための貯金中なんですよ。猟銃はちょっとお高いので……」


 俺のスローイングナイフは、腰の短剣よりかは柔らかいが、レベル40未満のモンスターの頭蓋骨程度では曲がらない。つまり再利用可能。とってもエコロジー。


 「なるほど、確かに手入れにも手がかかりますし、旅には不向きな道具かもしれませんね」


 雨が降っている時や湿地なんかじゃ、火も着きませんし、と付け加えられて、初めてはっとする。


 ――あ、そっか。ここはゲームだけど、ゲームじゃないから、気候の変化とかも考えないといけないのか……。


 四日後、宿の最終日にはこの街を発つ予定だったが、また新たに購入するものが増えた。雨合羽とか、傘とか、なんかそういうやつも必要だろう。

 頭の中で所持金から幾らか引いていく。特に、別アカのいるだろうカリドゥスという街はヨーロッパを意識しているのか、レンガの町並みに、よく雨の降るフィールドだった。


 「はい、今回の報酬です。アサヒさんのお陰で大助かりですよ。首都から派遣された方々はお強いのですが、お値段が……」


 アハハ、と笑うと、彼女は俺の背後を見た。そこには、歴戦の猛者っぽい、顔に傷のある鎧騎士へと、教えを請うノエルさんの姿がある。

 彼女の街には、あのような派遣騎士が駐在していないらしく、おっさんが地元に商品を持ち帰る際の護衛に再度就くまでの間は、ああして彼に指導してもらっているらしい。


 ギルドで獲物を金と交換している時に、彼女に訓練してくれアタックを受けたこともあったが、俺が「すみません……記憶が曖昧で、何をどうしていたのやら……」と説明し、罪悪感で口ごもった彼女を派遣騎士へと横流ししたのは俺だけど。


 なんなら俺も指導してもらいたいぐらいだったが、一週間は流石に短いので断念した。暫く見ていると、不意に視線が交わった。反射的にぺこりと頭を下げると彼はフッと口端を上げ、こちらへと歩いてくる。


 「アサヒ、また大物を仕留めたな」


 「こんにちは、ラルフさん。ノエルさん。まあ、あと四日で旅立つので、なるべく蓄えておこうと思いまして」


 ラルフさんは貴族出身で、歴代の誰かがレベルキャップを解放したらしく、80までレベルを上げられる人間が――70代後半まで生きる長寿な人間が時折生まれるエリート一家らしい。

 ラルフさんは現在45レベル。年齢は、マークスマンのスキルによると28歳なので、これからまだまだ鍛えれば、この世界では珍しく70代くらいまでは生きられるかもしれない。


 ――実は一つ、この街を発つ前に、彼に聞いてみたいことがあった。

 それは、騎士というジョブをカンストした際に、第二のジョブを選ぶ――新たな『祝福』を得る際に、女神からの接触があったのかどうか、あったなら、それはどんなものだったのか、というものだ。


 思ったより狩人業は儲かったので、当面の生活の目処がついたところで、図書館へその、こっそりとこう……端的に言うと、不法侵入して首都へと移送されるというエルフの古文書とか、この国の密書なんかを盗み見たのだ。

 この街、ゲームでは風妖精の加護を得た街としか表記されておらず、メニューも『ショップ』、『ギルド』の二つしかない場所だったが、このリアルでは、第二の首都として結構栄えているらしい。


 確かにショップの内容充実してたけども、まさか国の機密を一時でも保持している街だったとはラッキーである。

 アサシンの『罠壊し(トラップ・クラック)』というスキル――魔法陣に触れて、その中身を弄るモーションがあったので、その通りにしてみたら発動した――で、ドキドキしながら仕掛けられていた罠の回路を一部切断し、忍び込んだ俺は風妖精の倒し方とか、色々学ぶことが出来た。


 そこには、世界を破滅させんとする『祝福』への記述もあった。それによれば、レベルキャップを解放し、治療の成功した人間には次の『祝福』が与えられると書かれていたのだ。

 そこに、『自由』が与えられるとは書いていなかった。


 『生還クエスト』の手がかりになりそうだとしっかりと覚えておいたのだが、こればっかりは、見も心もこの世界原産の人間に聞くしかない。

 だがそこはとってもデリケートな問題。一週間でトンズラする俺が突っ込んで聞けるはずもなく、今日も爽やかに微笑を浮かべて、軽く談笑することしか出来ないのだった……手がかりかもしれないのに……。


 「相変わらず見事な腕前だ。お前がここまであからさまに怪しくなければ、騎士団へ推薦状を書けたものを。記憶を取り戻したら、一番に私へと知らせるのだぞ」


 「ははっ、ありがとうございます。努力はしますよ……」


 ギルドに参加した者には漏れなく文字列のコードが与えられ、それをギルドに置いてある水晶に打ち込むことで、いつでも連絡が取れる。

 そして俺は、ラルフという貴族の次男坊――それも、誰も彼もが早死にする世界で、長寿であることが確実な彼のギルドコードを、出会って一日で押し付けられたのである。肝が太いというか、なんというか。俺の方が冷や汗――実際には出ていないが、気分だ――をかいた。


 「私も! アサヒさんの記憶が戻ることを祈っています! 貴方とまた肩を並べられる日が来たのなら、今度こそ、微力ながら貴方を守らせていただきたいのです!!」


 絹糸のような髪を揺らした、深窓の令嬢にしか見えないノエルさんが、全身鎧のままフンス、と身を乗り出す。俺はさりげなく彼女の体を支えてやりながら――何せこの鎧、シルバーウルフの戦いで破損してから新調したものらしく、まだ彼女は重さに自覚的でないのだ――俺は笑いかける。


 「それは……すごく、光栄なことですね」


 本心がスルリと口から零れる。彼女に向けて言う言葉は、どうしてか偽りにくく、また、彼女の言葉自体が真っ直ぐなため、嘘を吐かなくて良い事が多いのだ。とても気が楽で、俺は彼女と話すのが存外嫌いではない。


 「って、っわわ!? す、すみません、また私、アサヒさんに体を支えてもらって――!」


 「いえいえ、お気になさらず」


 ちょっとそそっかしい所もあるけど。


 ノエルさんのドジに場が沸いたところまでがテンプレートだ。ラルフさんは彼女に騎士としての心得を教え込んでいるらしく、彼女の動きには無駄が大分減っていた。多分、レベル30は越えたんじゃなかろうか。


 少し気がかりなのは、ラルフさんと彼女のバトルスタイルがかなり異なっていることだが、そこまで親しくもない俺が口を出すべきではないだろう。

 ラルフさんの第二のジョブ、ノエルさんに生まれつきある明らかな『パラディン』としての才能……などなど、気がかりなことは多いが、矢張り俺には首を突っ込むことは出来ない。


 他人の人生を弄ることは、他人の歴史へと深く存在が刻み込まれるということだ。


 俺は、そんな迂闊なことをすべきではない。もっと溶けるように、希薄に、透明に――そこまで考えて、思考を無理矢理打ち切る。


 「闇に潜む死の影――だっけ、か」


 アサシンのジョブの説明に、そんな一文があった。


 ――理性によって己を支配し、暗躍する。其は闇に潜む死の影なり。


 そんな短い一文に、俺の無意識下の行動は左右されてしまっているのだろうか? それとも、この体にこびりついた習性か何かだろうか。


 だとすれば、余程寂しく生きてきたのだろう。誰にも爪痕を残さず、誰とも関わらない人間など、存在しないも同然なのだから。


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