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第6話 職種


 俺の反応を伺うように見て、ナイトの女性――ノエルさんは、おずおずと尋ねた。俺の気安い応対に、心の垣根が低く見えたのだろう。


 「あの――アサヒさんは、一体何の『病気』なんですか?」


 ――時が、止まった。


 少なくとも、前で御者をしてくれていた商人のおっさんは、ぎょっとしたように振り返っている。

 多分これ、異世界マナー的にかなり失礼なヤツである。殆ど初対面の相手に言うべきことではないと思われる。


 「――っあ、もちろん! もちろん、言いたくないのなら、無視して下さいね! す、すみません……あの身のこなしがどうしても、頭から離れなくて……」


 「そ、そうですか……ハハ。特に珍しくない職ですし、気にしないで下さいよ。俺の『祝福』――じゃない、間違えた――『病名』は、ハンターです。……あ、そうだ! 親父さん、カミングアウトついでに、良ければですが、街に着いたら買取の斡旋を、」


 「――ハンター!? そんな訳ないです!」


 せっかく話の流れを変えたというのに何故!?  し、しかも、ノエルさんのこの確信に満ちた声、何なんだ一体……!?

 っえ――もしかして、バレた? この人、一体何のジョブ持ちだ。アサシンの能力をフルに使っての、しがない狩人ロールプレイを見破ってくるとか、ちょっとありえない。な、なんとか口封じしないと……。


 ――どうやって?


 ――どうやって、って、そりゃあ……。


 ごくり、と息を呑む。拝み倒す? そんな程度のことで黙っていてくれるのだろうか? 大体、時と共に思いなんて風化していくだろう。今は命の恩人だってことで黙っても、将来は金目当てにぺろっと喋ってしまうかもしれない。


 ――ならいっそ、ここに居るやつら、全員ころ、


 「待て待て待て」


 ど、ど、ど、どうした俺!? 大分おかしくなってるのは察してたけどそれはマズいぞ!?

 なまじ出来てしまう実力があるだけ、性質が悪い。銃社会とは縁遠かったからか、手元に凶器がある時の適切な対応がいまいち分からない。どうやって自制するんだ? こんなの、魔が差してウッカリ……とか、通り魔的犯行ってやつが起こりまくっちゃうだろ!

 そもそも、現状はそんなに切羽詰ってないだろーが!? 殺意の波動に目覚めるには早すぎるって、俺!


 「……? ま、待てと言うならそうします! で、でも、とにかく、あなたはハンターなんかじゃありません。私はそう思います」


 「い、いや、違っ……わないです。……あの、何でそう思ったんですか? じゃあ、あなたから見て、俺って何の『病気』に見えたんですか?」


 「それは、分からないですけど。私の父はハンターで、四十歳まで生きましたが……あなたのような――あの素晴らしい、軽やかな身のこなしは見たことがなかったんです」


 「え? あ、それだけ、ですか?」


 「それだけ、ですが――ですがそれでも! あなたはきっと、とても凄い人なんです!!」


 ノエルさんは身を乗り出して、俺の両肩に手をかけようとした。それをさりげなく交わして、苦笑する。なんだ……えらくグイグイくるから、演技がバレてしまったのかと思ったが、取り越し苦労だったようだ。


 「私はただの村娘でしたが、『病名』がナイトだったお陰で、女ではあるもののギルドに名を置かせていただいてます。だけど今、ナイトの方は所属する街には他に一人もいらっしゃらなくて……」


 腰に提げた剣を撫でると、華奢な少女は鉄の手甲に覆われた手で拳を作って、悔しそうに目を伏せた。平和ボケした俺には全く想像も出来ない領域なのだろうが、彼女には高潔な誇りがあるようだった。

 自負、自信、義務感……自分が誰かを守る、という強い意志が感じられて、俺は益々彼女の目を見られなくなる。


 誰かのために死ぬなんて、俺には出来そうもない。さっき狼を退けたのだって、自分の力量が具体的に分かっていないから、過信して、迂闊に挑戦しただけのことだ。

 あとは、この人たちが居れば街の方角がわかるし、運が良ければ馬車にも乗せてもらえる――なんて、そういう打算が働いただけだ。救出が間に合わなくても馬だけは拝借しようとか考えてた。だって、俺はヒーローじゃないから。


 急いでも間に合わないだろう、とか。誰か俺以外のヒーローが助けてあげれればいいのになあ、とか。

 ――そんなことを思いながら走ったのだ。諦め半分の救済はドブのような色をしているというのに、一体この俺の何が凄いというのか。ノエルさんの澄んだ正義と比べるべくもない。


 まるで全てが夢見心地で、現実を信じていないからこそ、あんなに軽率なことが出来る。

 ここが元の世界なら、あんなことは出来なかっただろう。


 Q,貴方の前には野犬六匹に襲われている人間が居ます。貴方は自分のものではないナイフを無数に持っており、記憶にはありませんが投擲技術がどうやら(・・・・)優れているようです。

 どうしますか?


 A,警察に連絡し、何処か安全な場所から石を投げる。


 ――ざっとこんなものだろうか。


 高校二年生に出来ることは無情にも何もないのである。何となく出来る気がする、なんて理由で誤射もありえるというのに(しかも真っ当な手段で入手してないし、真っ当な用途で使用してないと思われる)ナイフをブン投げたりとか、異世界で離人症でもこじらせないと成しえないことである。


 だけどノエルさんは違う。俺とは違って、培ってきた事実と、経験と、蓄積された自信がある。そして――多分、シルバーウルフを見た瞬間、彼女は悟ったはずだ。


 彼女では、この群れに勝てないことを。

 それでも彼女は残った――おっさんたちを守るために。


 「ノエルさんの方が、俺なんかよりずっと凄い。とても……とても、立派ですよ」


 「っへ!? こんな若輩者に何を……! アサヒさんこそ、あの身のこなし……相当な場数と訓練を踏んできたはずです! その歳で、もうあんな、」


 「ノ、ノエルさん!」


 「――あ……。わ、たし、また失礼なことを……」


 興奮気味だったノエルさんは、親父さんの一言で、水を被ったかのように顔を真っ白に染めた。罪悪感が半端ないが、まあ嘘じゃない。嘘じゃ。


 「気にしないでくださいって。俺も覚えてませんし、褒めてもらって、悪い気はしませんから」


 「すみません……本当に、ごめんなさい」


 花が萎れるように表情を曇らせて、ノエルさんはそれっきり黙ってしまった。ちらちらと視線を感じるものの、話の流れからして、戦闘の指導をしてくれ――なんて言われてしまう可能性が高く、そんなことを言われても困ってしまう。


 寧ろ俺が聞きたい。この肉体のパフォーマンスの維持が、今後の生命線となるだろう。が、この贅肉が一ミリもないような筋肉質の体。鳥のササミでも食ってれば良いのか? 筋トレとか? 走りこみ? ……検討もつかなかった。


 というか、今後の衣食住どうしようか……一人暮らしもしたことないのに、一人異世界暮らしとか、あんまりにもあんまりである。






 街に着いた後、おっさんは関所を通るのを手伝ってくれたし、なんなら殺した狼の毛皮を買い取ってくれた。貨幣価値とかイマイチ分かんないけど、「治るかは分からんが、これで病院にでも行ってみてくださいよ。あなたの時間が戻るのを俺も祈ってます」とどうやら色を付けて買ってくれたようだった。

 しかもそれとは別に護衛報酬も貰えた。相場とか分かんないけど。金貨とか銀貨とか、色々ある。


 「ありがとう、ございます。本当に……」


 じんわり暖かい硬貨がちゃらりと音をたてる。目に見える形の報酬と、おっさんの眼差しから伝わる感謝が、胸を軽くしていく。彼の役に立てたのだ、という実感が湧いて、感極まってしまった。


 「いいえ、こちらこそ。ノエルさんの報酬はギルドで払うことになってますので、ほら、今のうちに。さ、さ」


 気まずくなった車内での空気を慮って、おっさんは俺の背中を街の中央へと押した。ノエルさんに悪感情はないが、ホント、訓練なんて分からないので、ありがたくそれに従って、俺は雑踏へ身を紛れ込ませた。


 己と同じく旅装束を身に纏う人間を尾行して、それっぽい宿を見つける。四苦八苦しながら一週間分の部屋を借りて、俺はやっと揺れない地面に腰を落ち着けることが出来た。


 「はあ……とりあえず、どうしよう」


 言わずもがな、最優先の目標は別垢の身柄の確保である、が……。他にもプレイヤーが居て、俺がこの世界に飛ばされた原因であろう『生還クエスト』に取り組んでいるというのなら、やっぱり俺も、『生還』するのが良いのだろう。


 「そりゃあ、死ぬつもりはない。ある訳がない」


 だけど、生きてるだけで元の世界に戻れるなんて楽観は流石に無理だ。この現象に誰か――或いは何か――例えば神様とか悪魔とかそういう奴ら――の思惑があったとして、そんなに詰まらないことはないだろう。

 どうせなら、人同士殺しあったりとか、世界を救ったりとか、英雄になったりとか――そういう、目覚しい何かを成し遂げた人間を気に入る、はずだ。そっちの方がよっぽど見応えがあるに決まっている。モブなんて、一々異世界からつれてこなくても、この世界原産の人たちで十分だろう。


 何か、裏があるはずだ。俺たちが小市民的に、雇われアルバイトをしたり、宿に篭ったりと、そんな風に平和に過ごすことが許されないような、何かしらの悪意があるはずだ。


 「……考えすぎか? ま、それは置いておくとして、今後どうやって生きていくか……」


 人と金があれば、生産職を身につけていなくても、売られているものを買って食えば生きていける。自己生産出来ないのは本当にキツいが、おっさんのお陰で保存食を使い切ることなく街に到着できた。

 本当に助かった……おっさんが居なかったら、街の方角も分からず何日も絶食して彷徨っていたかもしれない。最悪、風妖精とエンカウントしてひいひい言いながら逃げる羽目になっていたかも。実態のない敵って、異世界で出くわしたくない度ナンバーワンである。


 「……異世界で、狩人デビューか」


 猟銃もないのに狩人。折角『マークスマン』を入手してるのになあ……。


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