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第4話 病気


 俺たちが掲示板で『祝福(ギフト)』と俗に呼んでいたジョブのことを、NPCたちはみな『病気』だと自称していて、大抵の『ワールドクエスト』では、この『病気』を治療するためにレイドボスたちを倒すよう、学者や国王のNPCに依頼されるという導入部があった。

 そうしてドロップするアイテムによって、レベルキャップが解放されていき――つまり俺たちは治療されて行き――運営の定めた120という総合上限レベルまでは、好きなジョブをレベル一で習得し、育てていくことが出来た。


 俺が取ったジョブは『アサシン』、『マークスマン』、『エンチャンター』の三つ。

 全て生産職ではない。その類のジョブは別のアカウントで作ったキャラクターに習得させていた。


 「料理……出来ないのか? 確かに、森の中に居る割には鍋も、火種も持ってないけど……」


 RPGゲームなんかでは、よく旅人は鍋と火打石を持っていた。だがこの体はそんなものは持っていない。ということは、望み薄なのかも知れない。


 ゲームだからと享受していたペナルティが命の危機として迫ってきている訳だ。


 しかも今俺は、どんなことが出来て、どんなことが出来ないのか、自分でも分からないのだ。NPCの台詞やナレーションから世界観を必死で思い出そうとするが、細かいところまで一々覚えていたり出来るはずがない。

 食べたり、寝たりなどの生きていく内で必要なことは、特に問題なく行えたはずだ。それから……それから、『病気』と言うだけあって、『祝福』に強く縛られた者――つまり、アイテムの使用経験がなく、レベルキャップによりジョブを一つしか取得出来ていない者――は、寿命が短かった気がする。


 しかし――臭わせる程度の背景要素だ。NPCの子供が何歳で死んだかなんて、俺は覚えていなかった。少なくとも、俺はカンストしているし、寿命の点では心配要らない。……カンストではない他プレイヤーは、どうなってしまうのだろうか?


 「そんなこと、気にしてる場合じゃないけどな」


 寿命なんかより、餓えの方が切迫した問題だった。

 『アサシン』の能力によって、暗殺は可能だった。

 『マークスマン』は、相手のHPや状態を見ることの出来るロックオンのスキルがある。ゲームでは相手を見た瞬間に画面右上に数値が浮かんでいたが、今はどんな風になるのか、分からない。

 『エンチャンター』は、武器に属性を、敵に状態異常を、と能力を付与するジョブだったが、今MPを消費してしまうのは困る。今はどうだか知らないが、ゲームではMPがゼロになるとHPが毎秒削れるのだ。この世界では、生きたまま体がすり身になったりするのだろうか?


 と、まあ要するに――このアカウント()では、どう応用をしても料理が出来ないということ。

 他にも、生活において必要なことは何も出来ないだろうと思われる。


 「生産職用のアバター、何処に置いたっけ……?」


 もしも、アバターたちが元のゲーム中での位置をそのまま反映しているというのなら、(本垢)が今ふらついているのは『シルフィードの森』である。近くにあるシャーウッドという街と、ウェントゥスという街を繋ぐ街道沿いに広がっている、マジモンの風妖精(シルウィード)が出現するエリアだ。

 そして、別アカのアバターは、ここを離れたカリドゥスという街に待機している。はずだ。


 ……しかし、『俺』という自我がこっちに居る以上、向こうのアバターはどうなってる? もう一人『俺』が居るというのもぞっとしない話だが、もしかして、意識がないとか……死体になっていたり、するのだろうか? だったらもしかして、荼毘に付されたり、とか……ううう、最悪だ。

 どちらにせよ、カリドゥスには留まり続けてはいまい。早く向かわないと、合流出来ないかもしれない。


 フレンド登録しているユーザーの居場所なんて、ゲームだったら名前欄を押すだけで分かったのというのに。全くもって不便極まりない。……逆に、俺にもメリットはあるけど。

 他のプレイヤーだってこの世界に来ているだろう。善良でない人も、この世界に来てから善良でなくなった人も居るだろう。

 そんな人たちに、俺の居場所や、俺という人間がプレイヤーだと一瞥してバレないというのは大きい。


 「そういえば、友達も来てるのかな……」


 クラスメイトにも数名、このゲームをしている人間が居た。昨日まで、確かに俺は学生だったし、友人たちもテスト明けにゲームくらいするだろう。

 そう考えてみると、現状が途端に馬鹿馬鹿しくなってくる。何だこれ。ゲームのアバターに乗り移って、異世界行脚? しかもクラスメイトも居るって?


 「ラノベじゃん。主人公誰だよ」


 フィクションの世界なら、きっと誰も死なずに済む。ここが本当に本の中なら、少しは気が楽になるだろう。

 そうだ、全部偽物だったらいいのに。設定も、ジョブも……なんなら、世界だって。全部夢か幻ならよかった。


 「そうしたら――……」


 太い幹に背を預け、木の葉の隙間から遠くを見通す。ここから二キロは先だろうか――だから、何でそんなに遠くを、こんなにはっきり見れるんだっての。

 森の淵の、街道に面する方。赤茶色の毛皮をした狼――カッパーウルフだろう。上位存在にシルバーウルフとか、ゴールドウルフとか居るやつ――に襲われている人間が居た。

 カッパーウルフはそんなに強くない。レベル5くらいの魔物で、肉食動物に与えられる『祝福』で最もオーソドックスな“ハンター”のジョブを持っている。要するに、雑魚。


 そんな雑魚が六匹ほど群れて、鎧姿の女の人を囲んでいる。ジョブはなんだろうか? “ヴァルキリー”……の割には装備がお粗末だ。“パラディン”の装備は大体白系だし……彼女のジョブは初期の“ナイト”なのかもしれなかった。

 ナイトの女性は背後にひ弱そうな親子を二人庇っている。近くには荷馬車があって、横転したそこに頭目と思しきシルバーウルフが乗って部下の様子を見守っているようだ。


 「そうしたら――あれも、都合よくヒーローが助けてあげられるんだろうな」


 人間は全力疾走してもせいぜい分速150mくらいだ。この体で、このファンタジーワールドで走ったとしても、とても間に合うとは思えない。


 ……思えないが。ここがあまりにリアルすぎるせいか、それともさっき殺した猪――ヘビーボアが、ゲームではレベル40だったせいだろうか。


 俺に見捨てることは、出来そうもなかった。


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