第1話 生還クエスト
「あ~何日ぶりだろ……ログボ逃したなぁ」
ぼやきつつも手をつけたのは、三年前からやっているソーシャルゲームだ。名前は、『リーベルタース・フロム・エンピリオン』という、まあ王道のファンタジーものRPGである。サービス初期からやっているだけあって、無課金だがレベルは上限に達している。
最初のガチャでSSR装備が出たのもあって、何だか止め時がわからないまま、中堅ギルドで後輩のレベリングなんかを手伝ってあげたりと、割と古参の部類になってしまった。
さてはて、そんな愛着あるゲームの一週間連続ログインボーナスが無残に散ってしまったようだ。勿体ないことに、SR以上確定のレアガチャ券があと一日で貰えたのだが、テスト期間と被ってしまい。気がつけば折角の機会を逃してしまっていたらしい。
テスト期間とはいっても、そんなに真面目に勉強をするタイプではなかったのだが、一日空くとなんだか引っ込みがつかなくなって、また一日、また一日と延びて、今日が凡そ二週間ぶりのログインである。
「こんな装備してたっけ……刀どこ行った? ……ん? しかも何かのクエストを保留してる……」
装備欄に視線をさ迷わせると、一番最後の記憶に残っていたSSRの装備が、ダガーの海に沈んでポツンと存在していた。
記憶にないが、過去の自分がそうするのだから何か理由があるのだろうと、装備させるのはやめて拠点に置いておく――のも、いざ必要になった時に、取りに戻るのも面倒くさい。
家族共用のタブレット端末から、別アカウントを立ち上げ、そちらのキャラクターに譲渡して装備させた。メインで操作するキャラクターの滞在する街とは遠いが、まあ拠点ギルドよりは近い。
久しぶりのログインなので、記憶を遡ろうとクエスト画面を開くと、そこには『生還クエスト』と書かれていた。このゲームを三年やっている間、一度も見た覚えのない表記である。
このゲームには二つのタイプのクエストがある。
一つは『ワールドクエスト』。ゲームストーリーの根幹に深く関わるクエストである。所謂レイドバトルであり、そのダメージ量で、報酬が変化する。
対して、『ノーマルクエスト』。クリアによってアイテムを手に入れられたり、賞金が与えられるクエストだ。NPCとの会話によって発生したりする。
しかし生還とは、また物騒な単語である。何やらワクワクしてきて、少し目を輝かせた。
知らぬ間に大型イベントでも始まったのだろうか。制服を着替えもせず、そのまま座り込んで、ぽちっと液晶をタッチ。
クエストの吹き出しマークにチェックが入り、受諾の効果音が鳴り響く。
『クエストが開始されます。暫くお待ちください』
その文字が表示されてすぐに、期待で膨らむ胸は急速に萎んでいった。
なぜなら――その文字が浮かぶや否や、画面が真っ白になり、突如全てのブラウザが閉じてしまったのだ!
「えっ、嘘やん……」
しかも、白紙のような画面の中には未だ『クエストが開始されます。暫くお待ちください』の文字が鎮座しており、何が何だかわからない。ゲームを開いていたブラウザも閉じられているのに、バグだろうか?
スマートフォンの液晶を幾らタッチしても、ぐるぐると線が円を描くだけだ。再起動とかの時、表示されるやつである。おいおい何の作業中だ何の。インターネットウイルスにでもやられたのだろうか。
困惑しながら父母に助けを求めるために席を立つ。
机の上のスマートフォンへ背を向け、扉へ手を伸ばしたその時、文字がポンと形を変えていたのも知らずに。
『クエストを開始します。ご武運を』
一瞬、キィンと耳鳴りがしたかと思えば、視界が縮み、極彩色に溶けていく。
貧血に似た症状だった。目眩と吐き気に襲われて、目を閉じて口元を抑える。
「っ、うぁ……」
屈みこんでも目眩は治まらない。次第に視界が暗く狭まっていき、やがて――俺は意識を失った。
――貴方の生還を期待しています――
Now Loading……
Now Loading……
Now Loading……
……complete!
鳥の鳴き声が聞こえる。風に靡き擦れ合う葉の音や、少しひんやりした地面が背中にあった。
どう考えても屋外です。本当にありがとうございまし――はあ!?
「え? え? 嘘、……え? うそだろ?」
立ち上がろうと地に突いた手に、何か違和感を覚える。違和感というか、変だ。全然形が違うし、ゴツゴツしてるし、見覚えのないタコやマメが出来ている。まるで職人の手だ。
「お、俺の手じゃない。俺の、声じゃない」
いざ立ってみると、視点さえ違う。いつもより高い位置。服装も、見覚えのなさすぎる荒い生地のケープを羽織っているし、その内側には――え? う、内側には、何故か――小さなナイフがたくさん入っている。
あまりのショックで立ち尽くす。
俺に、何が起こったんだ?