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甘いものなんていらないくらいに

作者: 藤崎珠里

 デパートのチョコ売り場にて。女性たちがせわしなくチョコを買い求める声を聞きながら、私は立ち尽くしていた。


「あー……」


 呻き声が口から漏れる。幸いなことに、このざわめきのおかげで誰にも不審な目で見られていない。

 ……不覚。真鍋(まなべ)(ひな)、一生の不覚です。

 そういえば私の好きな子は、甘いものが苦手でした。しかも去年のバレンタイン、色々もらいすぎててバレンタインというイベントそのものを恨めしく思っている感じでした。


 う、浮かれていた……。完全に浮かれていた。そんな大事なことを、ここに来るまで忘れていたなんて。

 告白しようとしていた気持ちが、急速にしぼんでいく。……最悪、友チョコとか義理チョコとして誤魔化すつもりだったけど、それさえ困らせちゃいそう。


 うなだれながら、来た道を戻る。

 バレンタインなら、普段よりはまだ告白の難易度が低いと思ったのだけど。また無理そうだなぁ。


     * * *


 私が彼――折本(おりもと)夏樹(なつき)くんを好きになったのは、去年の夏のこと。

 うちの高校は割と文化祭に力を入れているので、夏休みに色々作業をしなければならなかった。そしてその作業をやるにあたって、クラスで決めたリーダーが折本くんだった。


 私は教室の隅っこで本を読んでいるかスマホをいじっているタイプ。

 折本くんは、クラスの中心でみんなとわいわいしているタイプ。


 だから、最初はちょっと敬遠していた。タイプが違いすぎて、仲良くなれる気がしなかったのだ。

 だけど何の間違いか、仲良くなれてしまった。

 うちのクラスの人は……なんていえばいいのか、サボリ魔が多かったのだ。作業日にほぼ毎回来るのは折本くんと私くらいで、あとはほんの数人がいるかいないか。二人きりで作業したこともある。

 そうなれば距離が近づくのも当然だったし、苦手意識がなくなるのも当然だった。そして格好よくて優しいとなれば、その……私が折本くんを好きになってしまうのも当然なわけで。


 残念ながら、二年生に上がるときのクラス替えでクラスは離れてしまったのだが、廊下ですれ違うときには必ず声をかけてくれるし、たまにメッセージアプリで話しかけてきてくれることもある。

 単純な私はそれだけで、もしかして脈がある……? と思ってしまうけど、そんなわけがない。リア充系、とでも言うんだろうか、そういう感じの折本くんにとって、女子とのメッセージのやりとりなんて別に大したことがないんだろう。クラスカースト下位な私からしたら、こわ……って感じ。こわい。


 とにかく、そんな経緯で私は折本くんを好きになった。片思い期間はすごく楽しかったけど、このまま何も行動に移さないのは駄目だな、と奮起して、バレンタインに告白しようと思い立ったというわけだ。

 そこで手作りチョコじゃなくて既製品を買おうとしたのは、ひとえに私が不器用すぎるのが問題でして……。ただ溶かして固めるだけでも、失敗しない自信がない。

 結局、既製品さえ買えなくてすごすご帰ってきてしまったのだけど。


 自分の部屋でベッドに座りながら、はー、とため息をつく。

 ……告白、どうしよう。イベントとか何かしらのきっかけがないと勇気が出ない。なんでもないときに、どうやって告白したらいいのか。三年の文化祭を狙ってみる? いやでも、それじゃあ後半年以上もうじうじ片思いすることになってしまう。


「うーん……」


 うなだれていると、ぶー、とスマホが振動した。何の通知だろ、と画面に目をやって固まる。折本くんからだった。


『バレンタインって、真鍋さん何か作ったりするの?』


 ……い、意図は何!? こんなのもしかしてって期待してしまうんだけど、これは何!?

 あわあわとスマホのロックを解除するが、まだアプリは開かないでおく。こんな早くに既読をつけてしまうのはちょっと恥ずかしいし、まだどう返信すべきかもわかってないのだ。


『あ、いきなりごめんね!』


 出てきた通知バナーを反射的にしゅっと上にスライドしてしまった。しかし、続けてまたメッセージが送られてくる。


『もし作るなら、俺も欲しいなー、なんて…』

『真鍋さんがよければ、なんだけど』


 ………………!? ?? ???



 ……はっ、言葉を失っていた。

 ど、ど、どうしようどうしよう、どうすればいい!? さすがにもう、これは確定じゃない!? もしかして両想いだったりしちゃったり!? しちゃったり!? しますか!?

 どきどきしながら画面を見るも、もうメッセージは届かない。私の返信待ちのようだ。

 え、っと。自惚れて、いいんでしょうか。

 だって、折本くんは甘いものが苦手で、バレンタイン自体も嫌いだ。去年はもらったお菓子の山にげんなりとしていたし。それなのにわざわざこんなことを言ってくるって、私のなら欲しいってこと、だよね?

 さすがにこんな思わせぶりなことを言っておいて、他意はありませんでしたー、なんてなったら泣きます。折本くんはそんなひどいことしないと思う……。

 けどやっぱり、両想いだなんて信じられなくて、これまでの彼とのやり取りを思い出してみる。特別な好意を感じるような記憶があれば、少しは自信が持てるんだけど。


 そこでふと、去年のバレンタインが頭に蘇る。

 ちょうどあのとき、私と折本くんは隣の席だった。義理チョコ友チョコで溢れた机(たぶん本命もこっそり紛れてたと思う)を前に、折本くんは困り果てた顔をしていて。


「……大変だね。甘いもの苦手って、前言ってたよね?」

「あー、うん……。でも別にそれ、特に普段から言うようなことでもないじゃん? だから知らない子のほうが多いんだよね……にしても、まさかこんなもらうとは思ってなかったな」

「人気者ですね……。さすが折本くん」


 感心して言えば、数秒の沈黙の後、折本くんはちらりとこちらを見た。


「真鍋さんは、もう誰かにあげたの?」

「うん、って言っても、手作りじゃないんだけどね。既製品詰め合わせたやつを、何人かに」

「……友だちに?」

「うん、そうだよ」

「余ったりはしてない?」

「人数分しか持ってこなかったからねー。あ、でも、余ってても折本くんに押し付けたりしないから大丈夫だよ」

「……そっかー」


 そんな会話を、した、覚えが。

 あのときも、もしかして私が誰かに本命渡したんじゃないか、とか気にしてる? なんてちょっと思ってしまって、いやいや、それはないだろうという結論に至ったんだけど。

 今思い返せば、あの、やっぱり、自惚れではなかった……? え、ほんとに?


 なんかこう、嬉しさやら驚きやら恥ずかしさやらで、頭の中がめちゃくちゃだった。深呼吸を繰り返して、何とか気持ちを落ち着かせる。

 う、うん。十中八九自惚れではないんだろうけど、とりあえずさりげなーく確認してみよう。震える指先で返信を打つ。


『こんにちはー』

『今年も既製品の予定だったんだけど、折本くん、甘いもの苦手だったなーって思い出して、何も買わずに帰ってきちゃいました』


 一瞬で既読がついて、『!?』という返信。


『もともと俺にくれるつもりだったってこと!?』


 ……あっ。

 送った文面を見返して、全然さりげなくなかったことに気づく。う、うわ、うわっ。


『いつもお世話になってるので!!』

『友チョコをあげたいなって!』


 慌ててごまかしてみたが、もしかしてごまかさないほうがよかったんだろうか。でも告白は面と向かってやりたいし、ここで完全にばれてしまうわけにはいかない。

 既読はすぐについたが、返信は三分後だった。


『そっかー、ありがとう』


 ……ちょっと落ち込んでらっしゃる?

 えっと、えーっと、えっと。


『…私、めちゃくちゃ不器用で、たぶんおいしいもの作れないんだけど、それでもいいかな?』

『それでいいなら、何か作っていきたい』

『と思うんですがどうでしょうか…』


 既読がついて五分、ようやく返信がくる。


『お願いしてもいいでしょうか』


 うっ、となりながらも、『了解しました』と返して、スマホの画面をロックする。

 たぶん、折本くんももう私の気持ちに気づいているだろう。それでもお互い決定的なことを言わずに、こんなやり取り。……ううう、なんかめちゃくちゃ恥ずかしいなぁ。

 ほてった顔を両手で押さえる。バレンタインまであと三日。練習してる暇もない。早急に手立てを考えなければ。


     * * *


 バレンタイン当日、私は朝からそわそわしてしまっていた。

 いつのタイミングで渡しにいこう。渡しやすいのは昼休みだけど、告白もするとなると目立ってしまうだろうし……やっぱり放課後かな。もしその前に折本くんのほうから来てしまったらどうしようか。渡すだけ渡して、告白はまた後日……? いやでも、先延ばしにしたらこのままずるずるいってしまいそう。

 そんな感じでずっと考えていたので、今日の授業はただぼんやり板書をノートに書き写すだけになってしまった。普段なら先生の雑談もメモったりするんだけど、そこまでの余裕がなかった。


 昼休みは友だちに配るだけにとどめ、放課後を迎える。

 結局私が作ったのは、塩味のポップコーン。貴重なしょっぱいお菓子なので友だちにはすごい感謝されたけど、出来ばえは微妙。ポップコーンの豆を買ってきて、ネットで確認した方法で作ってみたはいいものの、フライパンの蓋を閉め忘れてぽんぽんっと飛び散ってしまったり、フライパンを振るのが上手くいかなくてこげてしまったり。塩味も、濃すぎるところ薄すぎるところ、ちょうどいいところがあって、特においしくはない。

 おいしくはない、けど。

 こんなものでも頑張って作ったので、折本くんにあげたいなぁ、と思ってしまった。


 六時間目が終わってすぐに、私は折本くんに連絡を取った。


『今、渡しにいってもいいかな?』


 今日は水曜で、折本くんの所属するテニス部はオフの日だ。掃除当番でなければ、もう帰り支度を始めていて、しばらくスマホを確認しないかもしれない。せめて昼休みに言っておけばよかった、とちょっと後悔したが、折本くんも、今日私が何かを渡しにくることはわかっているはずだ。

 だからたぶん待っててくれてる、と思った瞬間には既読がついて、『もちろん!』『教室で待ってるね』『あ、俺が行ったほうがいい?』と返信が。は、早い。

 ふー、と息を吐いて、『今から行くから、教室で待っててください』と打ってから、荷物を持って歩き出す。


 隣の隣のクラスなので、そう時間はかからない。入り口前に着いたところで、うるさく鳴る心臓近くを手で押さえ、深呼吸。……よし。

 ドアは開きっぱなしで、ほとんどが帰り始めている中、何人かが掃除をしているのが見える。そうっと中を覗き込めば、教室の後ろのほうで立っていた折本くんがすぐにこちらに気づき、ぱあっと顔を輝かせた。あうっ、そんな反応をされてしまうと、こんなポップコーンを渡すことに対して罪悪感が……。

 リュックを背負った折本くんが、私のもとへやってくる。


「真鍋さん! えっと、い、一緒に帰らない?」

「え、あ……か、帰りましょう、か」


 初っ端から予想外なお誘いが来てしまった! 去年の文化祭で二人きりで作業していた日の帰りだって、男子と二人で帰るというのが気恥ずかしくて、わざわざ時間をずらしてたのに……。

 昇降口まで、二人して無言で歩く。折本くんが緊張しているのがわかるから、当然こっちの緊張も伝わっていることだろう。恥ずかしい。そんな緊張しているのに私に歩幅を合わせてくれているのも、なんだかちょっと恥ずかしい。

 靴を履き替え、ちょっと歩いたところで沈黙に耐え切れなくなって、「あの!」と隣の折本くんの顔を見上げる。


「こ、今年は、どれくらいチョコもらった……? 去年はいっぱいもらってたよね」

「……今年は、その、受け取るのは一人だけにしようって決めてて。だから、まだ一個ももらってない、よ?」


 うひゃっ……す、すごいことを言われてしまった。そうなんだ、と相槌を打とうとしても口が開かないくらいの衝撃だった。

 学校から駅までは、徒歩十五分ほど。それまでにポップコーンの受け渡しと告白を終えなければならない。が、がが、頑張る。頑張ります! もう両想いはほぼ確定なのだし、怖いものなんてない! はず! 怖いけど!

 しばらく、また無言になる。歩きながら、無意味にいろんなところに視線を飛ばした。周りの人たちの声がやけに大きく聞こえる。

 ポップコーンが入った紙袋の持ち手をぎゅっと握る。もうこの袋の中には、折本くん用のポップコーンしか残っていない。


「…………あの、ね、折本くん」


 こくりとつばを飲む。

 目が合う。


「よければこれ、」


 紙袋の中から、透明な袋に入れたポップコーンを取り出す。ピンク色のリボンがひらりと揺れた。


「受け取ってください」


 耳を澄ましていなければ聞こえないほどの大きさで、はい、と返事をもらえて。

 受け取ってくれた折本くんは、それはそれは嬉しそうにはにかんだのだった。大事そうに両手で持って中身を見つめ、それからまた私のことを見て笑う。


「ありがとう」

「……こちらこそ、もらってくれてありがとう」


 えへへ、と笑い合うと、お互いの緊張が解けるのを感じた。


「ポップコーンって家でも作れるんだね。知らなかった」

「うん、簡単だよ。……私は結構、失敗しちゃったけど」


 苦笑いすれば、「そう?」と不思議そうに首をかしげられた。


「見た目じゃそんなにわかんないかもだけど、味が、その、微妙で。あっ、でも、まずいってほどじゃなくて! 頑張って作ったから、食べてくれると嬉しいな……」

「もちろん! 大事に食べる! これって、俺が甘いのダメだからポップコーンにしてくれたの?」


 それもあるけど、とちょっと口ごもってしまう。


「甘いものだけじゃ飽きちゃうでしょ? 折本くん、今年もいっぱいもらうんだろうなぁって思って。……でも私からしか受け取らないなら、あんまり意味なかった、かな……?」


 言っていて、顔に熱が上がってくる。今とってもとっても恥ずかしいことを言った気がする。わざわざ言うことじゃなかった。

 幸いにも、折本くんはそういう意味では気にした様子もなく、ぶんぶんと首を振る。


「意味ないとかないよ! 嬉しかったから!」

「な、ならよかった!」


 折本くん、ストレートに思っていることを言ってくれるから、嬉しいんだけどやっぱり恥ずかしい。褒め上手というかなんというか……同じクラスだった去年も、頻繁に褒められたし好意的なことをいっぱい言われた。

 ……あれ。もしかして、結構初期から両想い、だったりしたんだろうか。思い起こしてみれば、私以外には別にそこまででもなかったような……? き、気になるけど、それはまた後で訊こう。今はもっと優先すべきことがある。


「それで、ですね!」


 続けて告白に移ろうとしたら、慌てた様子で「わー!!」と声を出されてしまった。びくっとすれば、自分でもそんな声を出すつもりはなかったのか、折本くんはわずかに赤くなった顔で、ほんの少し視線を逸らす。


「その先は、俺が言ってもいい? いや、これで間違ってたらめちゃくちゃ恥ずかしいんだけど、間違ってない、と思うので」

「そう、ですね……たぶん間違ってないです……」


 他人事のように言ってしまった。がちん、と身体が硬くなる。まさかそのパターンがあるとは思っていなかったので、心の準備ができていない。ひええ……。

 駅が見えてきた。確か折本くんは私と反対方面だったはずだから、あと数分で別れることになる。


 緊張が戻ってきた。今日一日だけでどれくらい心臓を酷使しているだろう。

 じっと、隣を歩く折本くんの顔を見る。真剣な表情。また、目が合う。自然と、二人とも足が止まった。



「――真鍋さんのことが好きです。俺と、付き合ってください」



 シンプルな告白に、心臓がひときわ大きく跳ねた。

 息を一瞬止めて、それから、「私も、」と答える。声は少しだけ、震えてしまった。


「私も、折本くんのことが好きです。こんな私でもよければ、付き合ってください」

「……ありがとう。よろしくお願いします」


 そこまでは真剣な表情を保っていたのに、言い終わった途端に思いきりぎゅっと目をつぶって大きく息を吐いた。


「ああああ……よかったぁ……。これで俺の勘違いだったらほんと恥ずかった」

「うん、ほんとに……。私も、もし私の勘違いだったら、ってこれ作ってる間ずっと思ってた」


 十中八九といったって、十中十じゃないと不安なものは不安だ。二人同時に安堵のため息をついて、ふふ、と笑う。

 いつまでも立ち止まっているのも通行の邪魔なので、どちらともなく歩き出す。

 とにかく、ええっと。つまり、今この瞬間、私たちは恋人としてお付き合いを始めた、ってことでいいんだよね。


「……こ、こういうの初めてなんだけど、私は今どうしたらいい? 何かしたほうがいい?」


 情けないことにおろおろしてしまう。恋愛に縁がなかったせいで、ここからどうしたらいいのか全然わからなかった。

 そんな私の反応に、折本くんはぷっと吹き出す。けれどすぐに、ちょっと困ったように眉を下げた。


「実は俺も初めてだからよくわかってないんだけど、ちょっと今思ってることがあって」

「初めてなの!?」


 何か言葉が続くことは予測できたのに、びっくりしてつい遮ってしまった。


「あ、なにその反応ー。俺ってそんなに彼女いたように見える?」

「最低でも三人くらいいたかなって……」

「嬉しいことに、真鍋さんが初めての彼女ですね」

「……こ、光栄です。私も、折本くんが初めての彼氏だよ」

「……それもめっちゃ嬉しい」


 二人して照れてしまった。

 ちょうどそこで、駅前の横断歩道で赤信号につかまる。立ち止まったところで、「って違う違う」と折本くんははっとしたように言う。


「まっすぐ家に帰ると、もう今日はあとちょっとしか一緒にいられないじゃん? それは残念だなー、寂しいなーって思うんだけど、どうかな? っていうのを言いたくて」

「私も、同じこと思ってた!」


 さっきから何回『私も』って言ってるんだろう。でも本当に、私もそうなのだからしょうがない。

 折本くんは嬉しそうに笑って、小さく首をかしげた。


「じゃあ、どこか寄っていい?」

「うん、寄っていきたいな」


 私としては、折本くんの家方面の電車に乗って、どこかいい感じの場所を探すのでもいいんだけど。折本くんはきっと、それは申し訳ない、と言ってくるだろう。

 何も揉めずにどこかに行くのなら、電車に乗らないでこの辺りを探したほうがいい。

 折本くんも同じ結論を出したらしく、青信号に変わった横断歩道には足を踏み出さず、「じゃあ」と私に手を差し出した。


「学校と駅の間に、カフェあるでしょ。赤い屋根の」

「あー、あった。いつか行ってみたいと思ってたんだよね」

「俺も! よかったー、そこでいい?」

「……うん」


 そうっと自分の手を重ねれば、ぎゅっと握られて、微笑まれる。その笑顔がすごく優しいものだったから、自然と私も笑っていた。

 ひんやりとしたその手は、歩いているうちにすぐに熱を持つ。きっとそれは、ただ手と手がふれているから、という理由だけではないんだろうなぁ、と思う。


 だって、平然としているように見える彼の顔は、すごく赤くなっているから。

 そして私の顔も、たぶんおんなじように赤いんだろう。






真鍋(まなべ)(ひな)

 少女漫画が大好きなので、高校生になったらああいう恋をしたいなぁと憧れていた。が、まさか折本みたいな人気者を好きになるとは思わなかったし、付き合えるなんて夢にも思っていなかった。

 来年こそはちゃんとおいしいものをあげたい! と丸一年かけて料理の腕を上げようと決心。目的が折本に喜んでもらうことなので、スイーツ作りの腕は上がらないが、料理はそれなりにできるようになる。折本がスイーツ作りが得意だと知ったときは結構ショックを受けた。


「な、夏樹くん! そんな失敗作まで食べなくていいんだよ!?」



折本(おりもと)夏樹(なつき)

 今まで周りには派手めな女子が多かったので、雛といると癒される。入学時からひそかに気になっていたが、文化祭準備期間中に完全に落ちた。頑張り屋だし笑顔が可愛いしで、もっと一緒にいたいなぁと思うように。

 それなりにアピールしたつもりだったし、たぶん好意は持ってもらえてるけどこれはどういう意味の好意だ? と大分悩んだ。バレンタイン直前に勇気を出して意図丸わかりなメッセージを送ったら、予想外の返信に頭が真っ白になって返信が遅れた。

 甘いものは苦手だが、甘いもの好きな姉に昔から作らされてきたので、作るのは得意。ホワイトデーに手作りマカロンを持っていったら落ち込まれてしまって、めちゃくちゃ慌てた。


「だって雛の作ったものなら全部おいしいし……」



・お題台詞

 「甘いものだけじゃ飽きちゃうでしょ?」

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