君の物は僕の物。僕の物は君の物。だから
人に頼られる事は嫌いではない。こんな非力な僕を頼ってくれるのは嬉しいし、其の相手が喜んだ顔が、僕に取っては数少ない宝物だから。
其の結果、「卑しきゴミクズが」とか言われたとしても、僕は。頼まれたことは全部正しいことだと思ってるし間違ったことじゃない。
それで、君もきっと僕を頼ることは悪いことじゃないと感じているんだろう。
でもそれ、本当に僕にだけに向けられた感情?他の人にそんな甘えるような特別な態度とったりしてる?僕以外の物ヒトに頼ってるところなんて見たくない。正直吐き気がするくらいだ。
だから、さ。
僕以外にそんな態度とったら、痛い目に見るからね。
ね?ネクト。
「…ねぇ、ネクト。」
自分が書いた日記をぱらぱらと左手で繰りながら声をかけるとやけに間延びした返事が帰ってくる。其の間延びした声が、僕だけに許された声だと噛み締めているのは露知らず。僕の隣に腰掛けてはぽんぽんと頭に手を置いて、僕が紡ぎ出す言葉を待ち構えている。
「……暇。何か楽しいことしよ。」
「そーだねー何か楽しいことねー」
なにがあるかなー、と間延びした声で呟く。其の声が本当に愛しくて。つい笑いが込み上げてくる。そんな僕に彼は不満があるのかなんだよー、と頬を膨らませて此方を見ている。嗚呼、其の顔すら愛しい。
彼の感情、表情、声。全てが僕の主食で、彼にとっての主食は僕に頼ること。きっと、いや、絶対にそうだ。
「むー、でもー、俺ー院長に頼まれ事があるからー、また後でねー。うんー」
院に戻ったらネクトに構って貰える。沢山頼って貰える。そう考えただけで口角が自然と上がる。でも、次に出たネクトの一言に僕の顔から笑みが消えた。
「……ふーん。ま、院長に頼まれたんなら仕方ないね。」
と、若干だが語気が拗ねた感じになってしまった。しかし、それを汲み取ってくれたのか僕の頭に手を置いて
「ごめんねーでもー終わったらたーくさん構ってあげるからー待っててねー」
とやはり間延びした声で僕を慰め、ぽんぽんと頭を撫でた。僕は、小さい声で返事をした。其の声が聞こえたのかは分からなかったが、ネクトは微笑んでいた。
君が僕を頼ってくれる事は僕にとっては主食と同じ。君は僕を頼っていればそれでいい。なのに。
どうしてあんたは他の人も頼るんだよ。そんなに僕が信用できない?
最初から黒かった心が益々どす黒くなっていく。吐き気がする。気持ち悪い。でも、あれ?何で僕はこんな気持ちなの?僕は、どうしてこんな思いをしてるの?誰のせい?どうして?こんな思いをして苦しんでいるのも、心がどんどん殺意でまみれてくるのも、全部全部、彼奴のせいだ。彼奴のせい。
あんたが…あんたが…。
「…どうしたのー?ライトー…?」
バタン、と音をたてて日記が閉じられる。ぐしゃり、と日記が汚く折られる。僕の意識はその日記には向いておらず、只虚空に向けられていた。
「ライトー?おーいー」
ネクトが日記を手にとって綺麗に折り目を延ばす。其の行為すらも僕に取ってはもう意識の外で。僕はネクトに見つめられているらしいが、それすらも全く気付かなくて。彼に抱いていた気持ち、言いたいことが全て肺の中でぐるぐると巡る。酸素と一緒に脳へと運ばれていく。ああ、僕はもう正しい人にはなれないのかなって。思った瞬間だった。
「ライトーねぇー、ねぇってばー」
何時もよりワントーン低いネクトの声。其の声でやっと、僕は意識を元に戻すことは出来た、が意識を元に戻した瞬間に僕の背筋は凍り付いた。不味い。僕が、頼りないところを見せた。もう、頼られない?ネクトに、頼ってもらえない?
「ライトー調子が悪いなら院長に言おー?」
その後の言葉がノイズがかかって聞き取れなかった。嫌だ。僕から離れないで。僕を一人に、しないで。
「…ねー? だからーここで待っててー」
待ってて、と言われてしゅん、と地面に視線を落とす。君の足音がどんどんと遠ざかる。“待って”という言葉すら詰まって音にならない。
無意識の内に僕は、彼の手首を掴んでいた。
「ネクト、」
苦しい。息が苦しい。見捨てられるんじゃないかって、苦しい。怖い。頼りない僕は、いらない?僕が、想ってる事を口に出したって。結局愛しくもあり、その気に障る間延びした声で“そうか”とあっさり流されてしまう。お見通しだ。そんなの嫌だ。嫌だ。
「んー?何ー?」
かさかさと足跡が此方へと近付く。ほら。やっぱりあんたは気にしない。僕がこんなに苦しい思いをしているのに。
「……なぁ。ネクトは僕の物なんだよね?」
君の瞳を見ることが出来ない。
君の顔を見ることが出来ない。
君の… あんたの姿を見ることが出来ない。見たくない。
「だから、君の物は僕の物。でも、僕の物は君の物、でしょう?」
こんなこと言ったって、彼には通じないのに。伝わらないのに。肺の中に、脳の中に、身体の中に溜まっていたどす黒い塊が堰を切って溢れた。
「僕は君が感じてる以上に君のことが好き。でも、君には伝わらない。僕にとってはあんたに頼られること、君の全ては主食。あんたにとっては僕に頼ることは主食でないと駄目なんだよ。どうして、僕じゃない人に頼るの?どうして?僕、そんなに頼りない?僕、弱そうに見える?非力?あんたが、頼って良かったって思えるのは僕だけで十分なんだよ。だから、だから僕以外は頼らないで。あんたには僕が必要だろ?だからね?あんたが僕を必要としてないんだったら、あんたを一生僕の物にしないといけなくなる。君の物は僕の物。僕の物は君の物。…だから。その代わりあんたは僕の物。」
思考回路が真っ黒になる。何も考えられなくなる。紡がれた言葉は支離滅裂で、解読不能な物だった。
彼はなんのことだかわからない。といった様子だったが、僕の頭に手を置いて一言。
『ごめんねー』
と言ってくれた。謝られても嬉しくない。僕は、君に頼られるためだけに。君に感謝されるためだけに生まれてきた。そうじゃなきゃ生きてる意味がない。
だから、どうか。どうか僕だけを頼っていて。
僕のこの真っ黒な左手が、あんたの首を絞めてしまう前に。




