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第九話   術の失敗

そういえば皆さんヤマモモ食べたことあります?うちの小学校にヤマモモの木が生えていて、最初食べる時には結構抵抗があったのですが、あれ普通においしいですよ。

 目を閉じ、深く深呼吸をする。意識を無に落とし、”感じる”。

 音がする、聞こえる。香る。混じる。それは自然との一体感。ただただ感じるのだ。


 しだいに体を巡る”流”を感じる。”流”はしだいにその範囲を伸ばしてゆく。それはこの樹木であったり、池をめぐって、空にも森にもこの大地にも。確かにそれは存在している。そしてこの山の一体感はただ一つのとても大きな気の元へと集まっている。目を開く。視界に映るは白狼。ここら一帯のすべての源だ。






 オッス萩だよ萩さんだよ。前回厨ニ病アイタタタ、とようやく自覚できた萩さんだよ! いやー、改めて自分の言動を思い出せば顔がトュメィトォウみたいに真っ赤になってしまうね! まあ顔中若干青みがかった白い鱗まみれなんだけどなハッハッハ! ドラゴノスだのデスデーモニクスだの言ってた頃が懐かし……イタッアイタタタタ、唐突に体中が痛くなってきやがったぜ……!


 ともかくあれは黒歴史決定事項だ。二度としてはならない。絶対にだ。確実に大恥をかく羽目となる。やらかしたが最後、引かれるのがオチなのだ。ギャグとしてやったのに、クラス中から絶対零度の冷たい視線がふりそそぐんだ……。




 ハッ俺は一体!? って今の思考回路は何だったんだろう。鮮明にシーンが浮かんできた。あの凍てついた重苦しくいたたまれない気持ちになるあの空気まで、ひしひと。そう、まるで自分が過去に本当にやらかしてこの状況を経験したかのよ


 この話はやめよう。




 あれから心を改め、素直に山吹様の指示に従った。すると見えてくる見えてくる。自力で霊力の流れを確認することが出来、さらに自分だけではなく周りの気の流れまで感じ得ることが出来るようになったのだ。改めて山吹様の偉大さを実感したよ。こうしてみれば山吹様も大変である。こんな勝手な思い込みでヘソを曲げたり、反抗期マックスで一人で突っ走ったりする、泣き虫の患った子龍を弟子に持つなんてさ。


 そんな扱いにくいガキの面倒を見てくれるのだから改めて思うね。



 山吹様マジ母さん。



 出会った時は”すごく神聖ですごい厳格なるものすごい神”というのが俺の見解だった。しかし、共に年月を重ね、修行したり、語り合ったり、面倒を見てもらったりしているうちに俺は自然とそう思う様になった。心の中で母と慕うようになった。


 その温かい山吹色の瞳が。あの真っ白で俺をすっぽりと包みこんでしまう毛皮が。あのゆったりと包み込むような少し低めの声が。見た目は美しいの一言のくせに、中身がちょっぴり抜けていたりするその茶目っ気たっぷりのその性格が。




 もう顔も名前も思い出せない俺の”母さん”を思い出させるのだ。


 俺の脳みその中には基礎的な知識は全部詰まっている。それこそ人間社会のどうのこうのやパソコンにゲームにカップラーメンの作り方、学校のことやら昼ドラ関係。それからどうでもいい雑学やら豆知識の数々。そういった生活の知識や一般常識と呼ばれるものは持っている。


 けれど、自分の周辺のことについてはきれいさっぱり抜け落ちているのだ。一応姿自体はなんとなく覚えているのだが、自分の名前はもちろん、性別さえも思い出せない。




 ……性別に関しては一人称が俺だし、無駄にそういう大人の雑誌やらそういった知識がたんまり詰め込まれているから男だった可能性が高……いや、ほぼ百パーセント男のような……そういえば俺男だった気がするわ、うん。男だな、俺。思い出せる自分の容姿もなんとなく男っぽかったし。ウンキットソウダヨ。




 忘れてしまったのは自分のことだけではない。家族が何人いたのかも分からないし、友達の存在も思い出せない。




 友達はいたはずだ。俺はボッチじゃない。決してボッチではない。


 まあそんなわけで、俺は心の片隅でひそかに山吹様のことを母さんと思っていたりするのだが、これは未来永劫内緒のことである。






 あの術の修行を始めた時から少しばかりの時がたち、俺は自身の霊力を瞑想していないときでも感じることが出来るようになっていた。最近ではその霊力を動かす練習をしているのだが、これがまた難しいったら。


 うねーっと力の波を持ち上げてみても、すぐに元に戻ってしまう。気分としてはUFOキャッチャーでつかみあげた商品を、落とし口ギリギリで落とした時のあの感覚。実にイライラする。


 しかし俺は、”焦ってはならぬ”という山吹様の言葉をしっかりと守り、静かなる凪のような心持でしっかりと修行に励んでいた……。




 なんてことはもちろんなく、小心者でチキンでおまけに器の小さな俺が、そんな寛大な御心を一夜二夜でマスターすることなど天地がひっくり返ってもないだろう。


 実にムシャクシャ、キーッと簡単に沸点に達してしまった俺は、心を落ち着かせるために、そこら辺でかき集めた木の実という木の実を貪り食っていた。こういう時は食に限る。




 ゴガガガ、ゴガ、ガバババァッ!! そんな音が山に響く。



 お世辞にもきれいな食べ方とは言えないが、やけ食いなんてそんなもんである。頭を直接木の実の中に突っ込むおかげで、口の周りが木の実の汁で真っ赤に染まってワイルドなんだぜぇ。


 うん。口の中に広がるさわやかフルーティーな香り。甘酸っぱくてうまい! 何の植物の実かは知らないが、大量の木の実と草の実は山吹様にもらったバスケットにドドーンとてんこ盛りに積まれている。


 ちなみにいくら大切に保管してあるとはいえ籠は籠。何故山吹様のバスケットが風化していないのかと言えば、それは俺の神域の中で常に保管されているからなのである。




 神域。


 それは”怪”と呼ばれるモノたちの中でも、上位の物に贈られる空間のことである。平たく言えばプライベートルーム。個人空間。


 贈られる、とはいっても実際のところは自分で亜空間を創り上げる、もしくは強引に自分の存在を”狭間”にねじ込む……とにかく力技で成されるものだということか。




 創り方はこうだ。まずは自分となじみやすいところを探す。(俺は()の上あたりの空間だった)それからがんばって空間に傷をつけて”狭間”を創る。そこにどうにか自分の体の一部をねじ込み、切り離す。


 ここで勘違いしないでいただきたいのが、俺たちは肉ではなく霊力100%でできているということだ。その霊力の質を神力に変換させて体から離れて行ったその一部は、力の循環がなくなり形を保てなくなりその場で雲散する。こうすることで”狭間”の中を超濃密な己の神気が満たし、神域の完成に至るわけだ。




 空間の傷つけや霊力の質の変換こそ山吹様に手伝ってもらったものの、その他は自分で創り上げた神域。マイルームの完成である。


 体の一部を切り離す辺りは、ただ単純に俺が霊力の操作が出来ず、その代用としてこの体を使ったまでのことである。つまり、俺はまだ上位の怪には達していないのに、無理矢理神域を創り上げてしまったということであり、逆に普通は体を使うなんてことはしないようだ。


 ちなみに腕を捥ぎ取ったときに痛みは全く感じなかった。どうやら自分で自分を害するときには痛みを感じない模様らしい。無駄なスペックを発見した。


 いや、それには助かったんだけど、それだったら山吹様にブン投げられてどこかに衝突した時のショックを和らげて欲しいなって……それでも前世と比べるとものすごく鈍かったりするのだが。




 まあそんなこんなで出来上がったマイ神域。神域に使われた霊力がカギとなり、招き入れた物を例外としてその中に他のモノ達が入ることは不可能なんだそう。そして一度神域を創れば二度と別の神域は作れないらしい。ここは何故だか知らないが、天上のとってもすごい神様も一つしか神域を持てなかったらしく、自然の摂理なんだと思うことにした。この業界は深く考えたら負けなのです。


 とは言え、広く大きくしたりするのは各自自由のようだ。しかしそれに比例して、使う力もウナギ上りに上昇していくのだそうだ。考えるのも恐ろしい。まあ、まず霊力を操れないとい俺にとってはそれ以前の問題なのだが。




 一度作った神域ならば、今度はどこでも呼びだせるようになるらしい。これも自然の摂理だと思うことにした。そう、すべてはネイチャーでできているのだ……。


 俺の神域の中はまさに水中。上に行っても下に行っても水の中。しかし、どこへ行ってもなぜかほんのりと明るく、そして水の程よく冷たい感じはあるのに濡れない。しかも物を入れても風化しない上に腐らない。まるで時が止まってしまったかのようにだ。やれやれ、またナチュラルの出番か……。


 それをいいことに俺の貯蔵癖が始まったことは置いておく。しっかしまあ便利なものだね神域は。




 モグモグモグ。今度はゆっくりと、果実一粒一粒を噛みしめる。



 先ほどまでは犬食いをしていた俺なのだが、やっとこ気分は落ち着いてきた。地面に寝転がってヒゲを使って実をつまむ。やっぱりヒゲは便利だ。感度良好、臭いが分かれば味も分かり、空気の流れまで感じ取るミラクルおヒゲである。


 あーあ、なんで霊力が練れないかなー。イメージは抜群だと思うのだけれど。

 寝転がりながら霊力を練ってみる。


 ……やっぱりだめかあ。




 空を見上げれば、青空に雲がぽっかりと浮いていた。雲はゆっくりと風に流されてゆく。




 そういえば物語に出てくるドラゴンは、何時も口からビームを出していたような。あれって俺にもできないかなぁ。龍だし。一応近い部類ではあると思うんだけれど。


 思い立てば、興味が湧いてきた。体を起こしてこの平らな地面を踏みしめる。急斜面な山にも平らな土地はいくつかあるものなのである。ビームか……考えたこともなかったな。


 口をぱっかりと開けて大きく息を吸い込む。おお、なんだか空気以外の成分がのどの奥にたまっていく感覚がある。……ホコリじゃないよな……?


 ……? 自分の霊力がのどの奥に寄って行く……これは、外からの成分に引き寄せられているのか!


 ぐいぐいと互いの力が前に行く。それは霊力と成分が混ざりあった、その瞬間。




 キュィィィィィイ。甲高い、タービンが回る時のような音が辺りに響き渡る。



 「!?」



 のどの奥からとてつもない力の波動を感じる……! すばらしい勢いで成分が口に吸い込まれてゆくのが分かる。




 イィィィィィィィィィィィィィィィィイン。なおも続く、耳をつんざくような音。



 「う、うぐっ……!」



 どんどん大きくなってゆくエネルギー。口の奥から閃光が見え隠れする。く、苦しいッ! のどが引き裂かれそうだ! い、痛ぃいだいぃ!!!



 「萩ッ!それを今すぐ止めるのだッ!」



 遠くから山吹様の声が聞こえる。とめる……? とめるってどうやってやればいいのか分からない……!



 「う、うぐぁああ゛ぁッ!!!」



 だめだ、のどが、いたい



 「萩いぃぃィィッ!!!」






 その日。あるところのとある山で。




 一筋の光が、天を穿った。

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