第六話 宴
二話投稿!!
「へぶっ」
アゴを思いっきり打ったが、ふかふかの腐葉土の敷き詰められた道はショックを和らげ何の痛みも感じない。だがその水分を多く含む豊穣の土は、勢いを殺すことには向いてはいなかった。転んだショックは推進のエネルギーへと変換される。俺は勢いよく前へと滑り落ちて行ったのであった。
オッス萩だよ萩さんだよ。独り芝居していたら滑ってシューッの萩さんだよ。いや、びっくりしたよね。足滑らせた瞬間ゴーッですよ。というか……。
「あんぎゃああああああああ!」
すさまじい勢いで下へ向かって滑る滑る。止めようにも短い四肢は止めるどころかむしろ推進力のお手伝いをしてしまう。さながらジェットコースターのように一直線に下る。ドラゴンコースターハギ、間もなく……もう発射しておりまぁす! 誰か止めてくださいお願いいたします!!
「だぁれかぁぁあ止めてぇぇぇええ!!」
何とか四肢を起こすことが出来ても、またすぐに滑り落ちて速度はより増すばかり。このまま谷底まで落ちてしまうんだろうか……いやいやいや、そこまで落ち続けるのか俺!? ここまで来て池に戻るのはなんだか気に食わないからやらないにしても、落ちるところまで落ち続けるのも嫌です!
と、なんだか目の前の視界が開けてきたことに気が付いた。もう下についたのか! よかった、助かった。と、安堵したところでふと先を見た。
そこに、道は続いてはいなかった。
「え、ちょちょちょ、ま、わあぁぁああぁ!」
身をくねらせて全力で引き返そうとしても案の定戻れはしない。そんなことが出来たらとっくにやっている。そんなことを考えている内にもその場所はどんどん近づいてくる。そしてついにはポーンと勢いよく放り出された。一瞬の浮遊感。そして、落下。
「ぎゃぁあああぁぁぁあ!」
落ちる落ちるまだまだ落ちる。何故ってここは崖だから。投げ出された先にはお先真っ暗闇の深ーい崖でした。どうしましょう。これは池戻りルートかなぁぁぁぁ!? チクショウ、せっかくここまで来たってのに振出しに戻るなんて悔しいぜ……まあ、谷底に打ち付けられればおそらく強制池戻りが発動すると思うし、それまで何か得策がないかシンキングタイムだな……。
あー、というか崖から落ちている最中だというのに、パニックにならないところは人外じみてきたものだなぁ。浮遊感なんぞいつも味わっているしなあ。なんならもっと早く落ちれるし。
「ん? 待てよ、俺飛べばよくね?」
何でこんなことに気が付かなかったんだろうか俺の馬鹿ちん。思わずため息をついた。最初から飛べばよかったじゃん。山の斜面滑り落ちて崖から投げ出されて……あほらしい。
「いやいやいや、ばっからし! 今までのあの緊張感を返してほしいわ! てか何よ、解決方法は飛ぶことぉ!? 超簡単じゃん。あんなにウンウン考えちゃってさ……とんだおマヌケさんだよ俺は……」
プカプカ空中浮遊しながら再度大きなため息をつく。谷底からゆっくりと上昇しながら至高を放棄することに専念する。なんだかやるせない気持ちである。もやんもやんである。全く……アー、夕日がキレーだナー。
「ほんに、いつみてもまっこと美しい光景であるのう」
「ですよね。こうしてみるとお天道様に感謝の気持ちを伝えたく……って 貴方誰ですか!?」
本当に自然に聞こえてきた声。ナチュラルに返答を返してしまったが、驚いて後ろを振り向けば、そこには巨大な巌の上に仙人のような見た目の翁が座っていた。
「ふむ、儂のことは翁とでも呼んでくれ。そして、お主は……ふうむ。
お主もこの宴に参加しにきたのであるか?」
「……宴?」
俺が疑問で返すと、翁は笑って告げる。
「ほおう。宴を知らぬとはまだまだ新参者であるな。どれ、百聞は一見にしかず。ほうら、始まるぞい」
翁に言われ、再び前を向く。
一瞬目の前を小さな何かが通った気がした。特に気にも留めずにボーっと夕日の光を眺めていると、ひらり。今度は鼻筋の上にソレが舞い落ちてきた。
「ふんっ」
鼻息で吹き飛ばされたそれは、花びらのようであった。花びらか、へぇ。
ひらひら、ひらひらり
花びらは舞いおどる。そのうちの幾枚かが鼻をくすぐってゆく。
「へぇっくしょん! あーもう、うっとおしい! さっきから狙い澄ましたように顔ばっかり……」
ヒュオオオオオオオ
突如大きな風が吹く。思わず目をつぶった。吹き抜ける風でひげや鬣が煽られるとともに、何か小さい物が体を撫で過ぎ去ってゆく。風がやみ、目を開ければそこに作り出された光景に俺は言葉を失くした。
オレンジ色の夕日が見守るように優しく山肌を照らす。辺りを舞い踊るのは、金色に染め上げられた小さな花びらたち。ひらり、ひらりと風に舞う。眼下に映るは谷の向こうに広がる桜。花びらの道はそこから続く。底の見えない深い深い谷。吹き抜ける風に花は舞う。桜咲く、花開く。ひらり、ひらりと風は行く。満開の花、桜色。金の夕日に包みこまれる。雲が流れる。花の香り。光、温かい。それはまるで祝福。
ひらり、ひらりと春が来た。
命あふるる春への祝福。木々が贈るは花吹雪。風に舞い上げ光を照らし、天の神への感謝を送る。その祝宴に、俺は今立ち会っているのだ。これは山のものが贈る命の宴。輝きに満ち満ちた、春の宴だ。それは、とても
「ああ、きれいだ……」
静かな白の季節は過ぎ去り、変わって訪れたのは目覚めの季節。生き物たちの生きる喜びが、空気を伝わり山をも包む。あちこちで声が聞こえる。鳥は囀り獣は雄たけびを上げる。虫の音のなかで植物はさわさわと揺れ、溶けだした小川のせせらぎが命の目覚めを伝える。
すさまじいエネルギーに、俺も耐えることはできなかった。
グオオオオオオオオオオオオオオオオオオ
我を忘れたかのように叫んだ。吠えた。山が一丸となって春の喜びを味わうその時、山をより一層濃い神気が包んだ。中心から膨れ上がる莫大な力。そして放たれる、雄叫び。
ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン
声の主は山頂にただずんでいた。天へと放たれる咆哮。轟く振動。気づけば、その者以外の森の勢は皆静かに声に聞き入っていた。俺も、ただただ耳を澄ませ、大気に流れる力に身を任せていた。
春が来た。
春が来た。優しい春が来た。始まりの春。出発点の春。
けれど、やってくる。始まれば必ずやってくる。どこへ隠れようとも、地の果てまで逃げようとも必ず訪れる。どんなに泣き叫んでも悲しんでもたとえ怨もうともソレは必ずやってくる。
終わりはくる。
「あれ……?」
ふと気が付けば、翁の姿はもうそこにはなかった。
「……? 一体誰だったんだろう……」
ひらりひらりと桜が舞う。