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第五話   御山の中

 山々連なる渓谷の谷、今日もどこかで龍が啼く。






 おっす萩だ、萩さんだよ。前回年甲斐もなく泣きわめいた萩さんだぞ。年と言えば今、俺一体いくつなんだろうな、ハハッ。……恥ずかしい。




 まあ、それはさておき山吹様の修行ライフはまだまだ続いていた。相も変わらずよく分からないメニューばかりでそう、たとえば鬼ごっこ。




 俺が鬼になれば、軽やかに逃げ回る山吹様を永遠に追い掛け回す終わらない鬼ごっこに。山吹様が鬼の時は、神の威圧フルスロットルで本能が警笛を鳴らす死の鬼事に早変わり。


 前者はだいたい俺が木に衝突して池に強制送還されたり、長い体が絡まってにっちもさっちもいかなくなって終わる。後者は山に住む獣や虫、鳥が一目散にどこかへ去って行った後の誰もいない山の中で始まる恐怖の鬼事。逃げ回って逃げ回って山吹様に首辺りを銜えられて終了。


 いやあ、山吹様が鬼になった時は本当に命からがら、という感じだ。見つからぬよう息を殺し、目をギラギラと光らせながら俺の名を呼ぶ山吹様から隠れ通す恐ろしいあの時間。

 ちなみに俺の体は無臭で、臭いから探し出すことは不可能に等しいらしい。それがハンデだ! とかそんなようなことをうんちゃら言っていたけれど……やっぱり理不尽だ!!


 しかし体臭ゼロってのはいいことだ! 加齢臭に悩まされる心配もなし。




 少しでも物音を立てたのなら、もう終わりだ。バッとこちらを振り向く山吹様の姿を尻目に、一目散に雑木林を飛ぶ。やり過ごしたか、と思えば上から現れたり、横に並走していたり、前からぬっと出てきたり……最後に噛みつかれる辺りでは毎度毎度今生が終わったと錯覚するほどにはクる。しかも無限の体力の俺と山吹様。始まってしまっては、もう終わらない。3日目辺りで俺が(精神的に)力尽きる。そこまでずうっとぶっ通しである。




 それからだるまさんが転んだモドキ。モドキというのはこの修行……と言ってはいいのかわからないのだが、とにかく何かが違うのである。




 数日前のことだ。




 「萩よ」


 「何ですか?師匠」


 「お主、少し動き回れ」


 「へ? 動き回るって……」


 「ちょいとそこらを飛んでみい」


 「は、はぁ」



 唐突に山吹様によく分からないことを言われた。いきなり飛んで来いって……仕方がないので周りの木立の間を縫うように飛んで来たら、山吹様は満足そうな顔をしていた。



 「そうそう、そのような感じで飛び続けておれ。いいか? 我は今から後ろを向く。その間お主は先ほどのようになるべく派手な動きで動き回るのだ。だが、我が振り向いたときに動いておったらその時は鬼事と同じように追い掛け回すぞ」


 「えっ」


 「それ、開始じゃ」


 「ええーっそんないきなり……」


 「ああ、動いておらなくとも我はお主を追いかけるが……」


 「はいっ喜んでやらせていただきますぅぅぅ」




 と、まあこんな感じで始まっただるまさんが転んだモドキ。……長いからだるまモドキでいいや。俺はとにかくブンブン飛び回っていた。いつ掛け声が来てもおかしくないように、耳だけはじっとそばだてておきながら。しかし、特に意味もなくただただ飛ぶだけ、というのも退屈なもので、だんだん動きもハの字を書くような単調な動きへと変わってゆき、いい加減疲れてきた頃だった。




 ふと、山吹様の存在を思い出して下を見た。山吹様はこちらを見ていた。


 その口元がにやりと横に広がった時、体中を悪寒が走った。




 ゾクリ。




 逃げる。


 体が勝手に逃げることを選択する。


 さらに上空へ逃げようとして






 山吹色の瞳が目の前にあった。




 「ツカマエタ」






 その後に山中に俺の大絶叫が響き渡ったのは言うまでもない。何故最後山吹様がカタコトなのかって? 俺にはそういう風にしか聞こえなかったからだよ。体感だよ。今思い出してもちびりそうだよ。




 で、何が言いたかったのかと言えば、振り向くときの掛け声がないのである。だるまモドキはいつ山吹様が振り返るのかもわからないドッキドキのとても心臓に悪い修行だ。動くのをあきらめたら恐怖の鬼事が始まり、振り向いたときに動いても絶叫の鬼事の始まり始まり。つまり、どうあがいても山吹様は追いかけてくるのだ。これは逃げようのない運命なんだッ! てか動くのをやめたこと、どうしてこちらを向いていない状態で分かるんでしょうね。化け物ですか。アッ神様でしたね失礼失礼。




 他にも”修行とは……”と思案してしまうようなものばかりで、山吹様が何を考えてるのかわからなくなったりはするのだか(というかそもそも俺ごときに考えが読めるわけもない)まあ、日々を楽しく暮らせているのかな、とは思う。






 そんな考え事をしながら俺は現在池の中にいるのである。なぜか。それは今日は山吹様が出張でいないから。どこへ行っているのかは知らないが、知神(ちじん)に会いに行っているらしい。鈴というそのどこぞの神様とは旧知の中で、こうして数十年おきに会いに行くのが千年前ぐらいからの習慣らしい。ケタが違うよ、想像もできんわ。




 というわけで俺は一人池をパシャパシャと泳いでいるのだが、ここ最近毎日修行が入っていたおかげで損失感というか……なんか、こう、つまらん。おそらく数日は戻らないだろうと山吹様は言っていた。その間俺はこの暇をどうやって潰せばいいんだ!! 一度充実してしまえば、その後に続く暇な時間が耐えられなくなるのが人間の心理なんだよ! 今は池なんだけどな!!




 ……はあ。


 それにしてもつまらない。なんせここはテレビもパソコンもゲームもない、地球かどうかさえ分からない世界のどこか山奥の池の中なのだから。




 体を崩してみたり、構築したり、ドルフィンジャンプをしてみたり、深く潜水してみたり。




 「……ヒマだ」


 「ヒマだよー」


 「ヒマなんだよぉぉぉうおうぉ!」




 空に向かって叫んでみたけれど、可愛い女の子はもちろん落ちてこないし、未確認飛行物体が突っ込んできたりもしなかった。至って快晴である。本日も晴天なり。




 「……よし、散歩に行こう!」







 と、いきり立ってやってきたは良いものの、すでにこの場所がどこかわからなくなってしまった。周り360度どこを見渡しても木々が連なるだけの木立の中。これで持ち物を一切持たずに方向感覚が狂わないというのならば、あっぱれと褒めたい気分である。帰りは一瞬なのだから、いけるところまで行ってみるのもいいかもしれない。


 とはいえ、進んでみても相変わらず木が生えているだけで何も変化がないのが現状である。空を進んでみるのも面白いのだが、あいにくそれはこの体を作って一日目に達成された。それから数か月とは言わず、数十年にわたってずっと空を楽しむことが出来たのだから、今度は地面に足をついてゆっくりと探検したい気分なのである。


 そこで疑問に思うことがあるだろう。そんな数十年も森を探索する期間はあったはずなのに、なぜ今だに迷ってしまうのか。確かに俺の記憶力が悪い方というのも一理あるとは思うが、さすがに数十年間も同じところをぐるぐる回っているだけなら俺だってさすがに覚える。


 ではなぜ覚えられていないのか。それは景色が変わる(・・・・・・)から。




 俺はいたってまともである。数十年単位で年月が動けば、周りの景色はどんどん移り変わって行ってしまうもの。俺の感覚はおかしくはなっていないはずだ。時間の感覚にぶってるとかそんなことはどうでもいいのだ。


 ここに木の新芽がある。と覚えてしばらくたって来てみれば、それは周りの木々とほぼ変わらないものになっていたし、でかい石が空地の目印。と覚えてまたやってきてみればそこに石はなかった。なぜならそれには苔がびっしりと覆い尽くして辺りと判別がつかなくなってしまっていたのである。目印の意味なし。


 ともかく、”なんか来たことある……でもここがどこなのかわからない”という奇妙な感覚を味わいつつ(前世の記憶がほぼないのに、二重に思い出せないというのも妙だが)俺の果てしなき冒険(ただし山吹様が帰ってくるまでの期間に限る)が今、始まったのであった……なんちて。






 「あっるっこーうあっるっこぉぉぉ!わたっしはーげんきぃぃぃ!」




 普段俺はいつも浮いている。何故ってそれは歩くよりも断然効率がいいから。俺の脚は胴が長いのに対して短く細い。そのため歩くのが少し困難なのである。そして俺は今絶賛歩いていた。思い出せば久しぶりに大地を踏みしめたような気がする。俺が地面に触るときって大体倒れ込んだ時か食事の時、それから瞑想の時だけだったもんな。それ以外は常に浮いていて……アレっ!? 俺、最後にきちんと歩いたのいつだっけ?




 ……ま、まあそれは置いておこう。木々の間を通ってハイキング気分だ。なんといったってここは山。もちろん傾斜はある。それもどちらかと言えば激しい方だと思う。普段浮いているせいで分かりにくかったけれど、改めて思えばここ、山だもんなあ。傾斜の概念がなかったものだから足場に爪をひっかけて体を持ち上げる感じが楽しい。




 しばらく歩けば森の動物たちと出会った。たとえば鹿に熊、それから狐や狸にウサギなどの小動物。それから、山犬。


 この時代、山で見かける白っぽい毛皮の犬と言えばアレだろう。ニホンオオカミだ。前に博物館で見た剥製そのまんまだ。山吹様にも形は似ている。大きさは全く違うけれど。


 体長は小柄で一メートルを超えるぐらい、集団で狩りをして大きな鹿を仕留めた時は思わず感心して歓声を上げた。ちなみにその時群れの頭領っぽい山犬が取れたて鹿生首のおすそ分けを持ってきたけれど、ありがたく断らせていただきました。さすがに無理だった。



 さくさく、さく



 足元に積もる落ち葉たちを踏みしめると、なんだか軽快な気分になる。木立の中ではあるが、直接太陽光が差し込むことこそないものの、明るい。光は頭上に茂る木の葉で分散され、足元に落ちる木漏れ日が何とも言えない良い雰囲気を作り出している。


 つい最近まで草の影などに残っていた雪もポカポカと温かくなってきた今日この頃、もうすっかり溶けきって、野兎の毛も茶色に変わってしまったようだ。


 辺りには濃い緑の香りが立ち込め、枝の先には新芽たちが太陽の光を浴びて淡いエメラルドの光を放っている。みずみずしい下草たちも勢力を上げて、ひと月ほど前と比べて景色ががらりと変わってしまった一面の緑。植物ってすごいなあ。




 「さっかみちぃ~とんねぇるーくーさーあーっぱらぁー」




 探検しているのは林じゃなくて森だけど。


 パソコンやゲームがないのは少々、いや大分きついが、




 ……かなーり辛かったりすることもあるが。


 グリーンな森林浴もいいものだ。クリーンだしね。……グリーンだけにクリーン。いいな、メモメモ……って、メモするものがないんだよなあ……。




 それでだ、前世俺が山と言えば市街地とは違って空気がおいしくて、新鮮な空気ーだのマイナスイオンーだの感じていた事を覚えている。しかし、この森は違う。何もかもがハイレベル、前世の森などくらべものにもならないこの空間。




 きれいすぎるのだ。




 きれいすぎてそれはもう、神々しささえ感じるほどである。汚点など一つも感じられない、すべてが山に取り込まれていく。そして広がる山吹様の濃い神気。山中どこに至って山吹様の気を感じられる。今、山吹様はこの山の外に外にいるというのに、だ。そうしてみれば、俺が池であるのと同じように、山吹様はこの偉大なる山の化身であることを強く実感する。それはそれは、強く。そして、どこか懐かしい気配のするこの森が俺は大好きだ。




 「くぅものぉすくぐってぇー、くっだりっみっちぃー」




 蜘蛛の巣こそ無けれ、樹木の間にかかっていたツタのカーテンを抜ければそこに坂道が現れた。今まで通ってきた道も急ではあったが、この道はそれ以上。少しでも足を滑らせたのならそのままゴロゴロ転がり落ちてしまう。




 ほ、本当に行くのですか、萩隊長!? ああ、そうに決まっているだろう、萩隊員よ。で、ですが足を滑らせれば……。萩隊員! こんなことに怖気づいていては水面上探検隊は務まらぬぞ! た、隊長……よ、よし、行きましょう! どんなに危険な道でも挑戦し、乗り越えてゆく。それが水面上探検隊の進むべき道です! そうですね、萩隊長! ああ、そうともさ。行くぞ、萩隊員!!




 「水面上探検隊は行く!」




 自分の中で自問自答。ようやく一歩前に踏み出すことのできた、その瞬間であった。信頼していた踏み出した前足の先、ではなく重心を置いていた足元の落ち葉が俺を裏切り、ものの見事につるりと滑ってみせたのだ。

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