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第参話   修行開始

 遠い遠いその地には、一帯の御山があったという。






 おっす俺だ、萩さんだよ。前回池になったと思ったら龍になっちまってて、さらに山神を召喚しちまった萩さんだよ!






 ……改めて思うが濃いなー。俺の人生にゃ、後どれだけこんなドッキリが訪れてくれやがりますのでしょうか。願っても終われない、この気の遠くなると思われる人生の中では何が起きてもおかしくはないよねぇ。あーあ、一帯この先どうなるのやら。




 「喝ぁぁああぁぁああぁあッ!」


 「ひょえぇぇえ!?」


 「また何か考え事をしていたであろう? もっと心を無に保つのだ!」


 「は、はいいい!!」



 俺は今、ここらで一番大きな木の根元で座禅をさせられていた。座禅と言っても俺の場合はとぐろを巻いているにすぎないからとぐろ禅か? 木の前にはきれいな池が広がっていて、実はこの池は地下水脈でつながった俺の一部だったりするのだが、そこは現時点では省かせてもらおう。なんせ今は……。



 「喝ぁぁぁぁぁあああぁああッ!!」


 「ひィいぃぃぃぃぃいいぃ!」


 「全然なっておらぬ! もっと邪念を消し去るのだ!」


 「はいぃ、がんばりますぅ」






 何があったのか。それは俺が山吹様と出会ったあの時に遡る。


 その時山吹様は浮かれていた。そして俺は困惑していた。




 「ふふふ。我は前から弟子を設けたいと思っておったのだ。どれ、お主。我を師匠と呼ばないか?」


 「あれ、俺何で……勝手に言葉が……ハッ

 あ、何、え……お、お師匠様?」


 「うむむ、この響き……よいのう! 萩よ、これからは我を師匠(・・)として敬うのだぞ!」


 「完全に無意識だった……なら何故……ハッ

 そう、そうですねお師匠様!!」


 「うむ! 我を敬うがよいぞ! なんせ我はこのあたり一帯で一番高位の神であるからな!」


 「はい! お師匠様!

 ……その線でいくと、ああでもないし、こうでもないし……」




 とまあこんな感じでさくさくと事は進んでいったのだ。俺が”何故意識していなかった言葉があんなにすらすらと出てきたのか”について思案しているうちに、俺はいつの間にか山吹様の眷属兼弟子になっており、いつの間にか修行が始まっていた。そして結局その思考は無駄になったのだ。




 修行はよく分からないものばかりであった。今やっているこの座禅はまあ分かる。しかし、ほとんどの”修業”は何をどう修行しているのか俺には理解不能であった。神様にしか分からない何かというものなのだろうか。




 まあそれは置いておくとして、俺の中では”妖怪=魔法っぽいの使える”という式が成り立っていた。そしてそれはどうやら間違ってはいないようだった。




 それはあくる日の晩。月はいずこ、星明りだけが頼りの暗い暗い夜のことであった。山吹様は夜の山を教えてくれていた。簡単に言えば、”ナイトハイキング特別授業”であろうか。俺たちは足元も見えないほど暗い夜道を歩きながら会話を弾ませていた。




 「お師匠様、暗くて何も見えません」


 「そうよのう」


 「それなのに、どうしてお師匠様はそんなにすいすいと行動できるのですか」


 「うむ。感覚だの」



 そう告げる山吹様は、まるで昼間にこの獣道を通るときのように進んでいるようであった。俺なんかは山吹様の声のする方向へ、やっとのことでついて行っているというのにこの方は……。夜目というものは完全な暗闇では意味がないのである。微量な星明りもこの雑木林の中では完全シャットアウトだ。そして目の前に広がるのは完全な闇である。(いや、若干のシルエットぐらいは見えているのだが)山吹様も夜目は効いていないはずなのに、どうしてだろう。



 「こんな月のない夜は、妖者たちの動きも活発になるのだ」


 「えっじゃあ危ないじゃないですか!」


 「たとえばのう、こんな藪の隙間など怪しいのう。ほれ、こっちだ」



 山吹様は俺を前方へと呼び寄せる。暗くて方向など分かったもんじゃない。それでもやっとのことでその藪があると思われる場所へたどり着いた。しかし、わずかに見えるその陰の隙間を覗き込もうにも、暗くて何も見えはしない。山吹様の意図を測りかねて、後ろへ問う。



 「お師匠様、何もいないですよ」



 しかし、その声にこたえる者は夜風に葉を揺らす森の木々。時折、正体不明の何者かの鳴き声が混じるが、肝心のよく知る白い狼のものは何一つとして入り混じってはなかったのである。



 「ぉ、お師匠様……?」



 ザワザワザワと風の音。



 「お師匠さまぁ……」



 チキチキチキチキ、辺りに響く鳴き声。



 「ッ……おししょうさまっ!」



 アオーン。響く獣の声。辺りを見渡しても黒い影意外に見えるものは無し。



 「!!!おししょうさま……?」



 と、背後より突如何かが襲い掛かる。



 「うがおおおおおおおおおおおおおッ」


 「ぎぃやああぁぁああぁあ!!!」


 「ひっひっひ、見事に腰を抜かしおって。まるで尻尾を踏まれた猫のような悲鳴だったのう」


 「だっだれかっ山吹様助けてええええぇえええ!!」


 「うおっまて萩!! 我だ、山吹は我だぞ! おい萩よ!」


 「アーーーーーッだれかぁぁああぁあッ! 山吹様ぁぁあああぁぁあああん」




 と、この後またひと悶着もふた悶着もあったが、この話は、俺が山吹様の胴体を俺の体で全力で締め上げていた時に、ようやく状況に気づいたことでケリがついた。全力で俺が謝り倒したところまでがオチである。そしてここまでは前振り、実は本題に触れてすらいなかったりする。


 その後も恐怖の暗闇ハイキングは続いた。相変わらずの一面の闇で、前世だったらシルエットさえも見えはしない完全な暗闇であっただろうこの空間を、ただひたすらに進んでいた。




 「お師匠様」


 「何じゃ萩よ」


 「暗いです。何も見えません」


 「ふむ。先にも同じようなことを言っていたの。そうじゃのう……おっ!」


 「本当に、先ほどは怖かったんですよ。こんなどこかも分からぬ真っ暗な只中に私一人おいて……どうせ楽しんでいたのでしょうええそうでしょうともわかりますよそんなことぐらいねぇもうそのぐらい分かるようになりましたとも

 ってぎゃあああああッ」



 いきなり目の前が真っ白になったのだ。



 「ぎゃぁぁああぁぁあ目がぁぁああぁあ!」


 「うむ。やはり光とは良きものじゃの。そうは思わぬかの、萩よ」


 「目があぁ」


 「は、萩!? どうしたのだ!? 腹が痛いのか、萩、萩やぁぁあああ!」


 「うぉぉおおおぉ」



 暗闇の中で光がはじけ飛ぶ。当然そんなことになっては目が使い物にならなくなる。何も見えていなかったおかげで光の生まれるその瞬間を見逃していた俺だが、後日明るい時間帯に再度ソレをやってもらったのであった。




 山吹様の体に浮かび上がる文様が一瞬赤く輝いたかと思えば、その体を中心に光の球がいくつも浮かび上がり、くるくると回り出した。


 それに驚いて声も出ない俺に、山吹様は”してやったり”、ニヤリと笑った。



 「これは”狐火”という」

 

 「狐……?」


 「そうだ。我が使っても、お主が使っても、”狐火”だ」




 その時俺は、初めて術の存在を知ったわけである。それからの俺は早かった。すぐさま山吹様に修行を申し出たのである。雉も鳴かずば撃たれまい、なぜ俺はあの時動いてしまったのだろう。ああ、好奇心猫をも殺すとも言うな。全く、それからの山吹様の豹変ぶりはすごかった。


 なんせ、今の山吹様ときたら……鬼! 悪魔!! まっしろしろすけ!!!




 「喝ああぁぁぁあぁああぁぁぁぁぁああぁぁぁあああッ!!!」


 「ひゃぁぁあぁあぁぁ」


 「まーた何事か考えておったのだろう?」


 「ごめなさぃ……」



 コレ読心術だろ!? 絶対そうだろ!?



 「ほれ、あとまだ四刻と半刻も残っておるぞ」


 「そ、そんな殺生な……」


 「喝ぁぁぁぁああぁぁぁあああぁぁぁあぁああぁぁぁぁああ!!!!!」


 「が、がんばりますうぅううぅぅ!!」




 恐怖の座禅は、あともう少しだけ続く。










 「やっと、やっと終わった……」


 「ふむ。まだまだ、だの」



 ようやく、ようやく俺は解放された。やっとである。この世時間でどれだけ絞られたことか……。



 「じゆう、じゆうだってあだだ、あだだだだだだ」



 突如、下半身に痺れが行く。これは、あの正座の痺れと同じような……あだだだ、あだ、あだー!!



 「おお、これぞ真の蛇の固結び」


 「見てないで助けてくださいよぅ!」


 「どれどれ、仕方のない奴……つんっ」


 「ひぎゃッ! ちょっと、山吹さ、あぎゃッ!」


 「我は”師匠”であるぞ? つんつん」


 「突かッうぎゃッ突かないでください! ししょ、いッ~~!!」


 「ほれほれ、つんつくのつんっ!」


 「し、ししょ、やめッ……止めろっつってんだですよッ!!」


 「ほっほっほ、悔しければ捕まえてみるのだ!」


 「この、っつぅ……! ま、まだ痺れが……」


 「始めたからにはしっかりと稽古をつけさせてもらうぞ、また明日だ。ではの!」



 そういったが否か、山吹様は一陣の風となって山奥へと吹き抜けてゆく。




 あ、あす……あすって明日!?




 「嘘でしょ山吹様ぁああぁああぁぁあぁ!?」




 俺の鈍い思考回路がようやくその事実に気づいた時にはもう山吹様のその真っ白な姿はもうどこにも見当たらず、俺の悲鳴がむなしく山中に響き渡ったのであった。

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