第十八話 レッツゴー出雲②
射的で五発中四つ当てて景品も四つ貰ったことある(自慢)
その身にまとわりつく霞が警告をする。今すぐにでもここから立ち去れと。
オッス萩だよ萩さんだよ。椚を止めることが出来ずに保護者としてついてきてしまった萩さんだよ。いや、ヤバいよここ。ホントに、ガーッでバーッな感じのヤッベェとこだよここは!!
思わず語学力が低下するのも無理はない。それくらいに緊張しているのだ。本能が警告をする。この先へ進んではならないと。
「椚。今ならまだ間に合います。本当に、この先へ行きたいのですか」
「あ、兄様……、僕はいきますよ! 絶対に行きますから!」
そういう椚の声は震えている。ああ、もう。怖いなら怖いって言っちまえよ。そしたらすぐにでも帰るんだからさぁ。ってか帰らせて! 俺をここから渓谷山に帰してっ!
このまま龍の形でいるのはためらわれた。龍の姿はでかいから目立つのである。よく動物は体を大きく見せることで相手を威嚇するという。ガキンチョモードならば何も知らずに迷い込んでしまったかわいそうな低級と言う演出が出来る。というか、そうしないとどんな目にあったものか! せめてまでの俺からの全面降伏のメッセージである。
「全く、本当に何が起こっても知りませんからね!」
「は、萩兄様……」
と、霞がだんだん薄くなり、視界が開けてくる。
「わ、あ……」
道の先にあったモノ。
無数に蠢く何かの影。色とりどりの灯がまばらに浮かぶ。空には満月と太陽が共に鎮座する。まっすぐに伸びた一本道のその間をこの世の物ならざる者たちが闊歩する。
それは、異界。
「わっ! ってめ、」
「ん? どうした、ってくぬぅううぅぅうぅう!?」
不意に隣で声がする。そちらを振り向けば、明らかに格上の存在にメンチをきる椚の姿があった。椚が尻もちをついているところからして、大方ぶつかって跳ね飛ばされでもしたのだろう。
「んぁ。なんだ、貴様」
「なんだってオマエがふがもごぉ」
「すみませんっすみませんっどうかこの者の無礼をお許し下さい!」
おい椚、何やってんだよ椚。この二足歩行カエル殿はどう見たって俺らよりは格上だろうが。ここに正式に呼ばれてんだぞ? 俺らみたいなちんけな連中とは大違いなんだぞ!?
「萩兄様、だってこのアホガエルがむぐもごむぐ」
「わぁあああぁぁあああ!!! お、おおお許し下さりませぇええぇえ!!」
「き、貴様ぁ……ッ!?」
わ、わあああああああああ!! さっそくカエルの旦那を怒らせちまったぜぃ!! どうしてくれんだ椚このやろー!?
「なんであやまる必よもごもごむぐ」
ぎぃやああぁああ!! もうお前はだまっとれや!!
「ごめんなさいっ! 弟が、すみません!!」
ハイ土下座。土下座ですよ。日本人最終奥義、DOGEZAであります。おら椚、頭地面に強く打ちつけたからってこっちを睨むんじゃありません。謝る必要性? 大ありだ。このカエル様は神様なんだぞ!?
「きっさまらぁ……、許せぬ。許さぬぞぉ……!」
ですよねー! 知ってたー!!
カエル様ののどの奥に閃光が見える。ヤッベ、マジか。この公衆の面前でそれ打つつもりかよ。動物型の怪、必殺奥義息吹をこんな神聖なところで繰り出していいものなの!? 周りの影響考えてる? やだ、この神様ちはやぶりすぎぃ……!
現実逃避している暇はない。こんなのもろに食らってしまったら、俺らのような低級共は一瞬のうちにかき消されることとなろう。すぐさま結界を展開しなくてはやられる。とはいえ、正式に出雲へ呼び出されたそれなりに高位のはずの神と、紛れこまされた哀れな池の主では力の格など火を見るよりも明らかである。一瞬持つかどうか。しかし威力は軽減されることだろう。それに耐えられなければ俺たちは。
「この餓鬼共がぁ! これでもくらえッ!!”蛙ノ息吹”」
「椚、俺の後ろへ下がれッ”水ノ結界”!!」
ガキィィイィィィィイィン。
鈍い音が辺りに響く。カエル様の息吹と俺の結界がぶつかり合う。
「な、なにぃ!?」
「あれっ」
意外なことに結界はその姿を維持していた。これは、まさかカエル様の攻撃を防ぐことが出来たということなのか……? うっそんこのカエル様も迷える子蛙だったということなのか? いや、そんなことはあるはずがない。山吹様直伝の術式って……すごいんだなぁ。
「こ、んのぉうぅ……!!」
カエル様ののどに再び光が集まる。しかし、そのパワーは先ほどとはくらべものにもならない。あ、さっきはやっぱり手加減してくれてたのね。それならば、あんなに全力のガチガチの結界なんて張らずにそこそこの結界を張っておいて、わざとダメージをうけりゃぁよかった。それぐらいなら椚をかばいつつ俺一人に被害を抑えられただろうし、カエル様の誤飲もさがったろうに! これはミスったなぁ。
「ふぬぅおおぉお!!」
ええーっまだ威力あげるつもりぃ!? このカエル様、ガキ相手に容赦ねぇな。HAHAHA☆
ってそうじゃない。ヤバイ。この状況は間違いなくヤバい。あまりのエネルギーにカエル様を中心にとんでもない余波がビシバシ飛んでくる。オイ、通行人は見てないで助けろよ。
え、何だって? このカエル様はそこそこ名のある沼の主で並大抵の神は抗えないのに小僧どもは何をしでかしたのだろうって? 本当だよ。何しでかしてんだよ椚。このカエル様やっぱりヤバイ奴だったじゃねーか。マジ何やってんだよ椚ぃ!!
「うぬおぉぉおおぉ!!」
ぐ、これは……!
その重圧に足が震えて思うように力が入らない。これは、マズい。本気でマズい。ここから今すぐにでも逃げ出したい。恐怖のあまりすぐにでも本能が理性を上回りそうだ。しかし、今ここで背中を見せて見ろ。そんな無防備なところにこんな術を食らっちまったらその時が最後だ。ならば”変化”を解くか。だめだ。それは向こうをより逆上させかねねぇ。くっそこんな術、椚のような個々を確立したばかりの存在など一瞬で蒸発してしまうことだろう。萩、逃げるんじゃねぇ、術を展開しろ!! やれ!!
「うがぁああぁあぁぁあ!! ”蛙ノ息吹”ッ!!」
「クッソぉお……! ”水ノ結界”ッ!!」
ドォ―――――――――――ン。
大砲のような音が轟く。空気が揺れる。
「うわぁああぁああ!!」
今放てるだけの全霊力を神力に変換する。術式に展開する時間が惜しい。そのままつぎ込む。つぎ込む。
バキリ。
結界にひびが入る。だめだ、この”変化”で形を変えた体は霊力の循環が遅い。やはり龍の姿に戻るか、もう手段を考える時間はない。あの姿ならばもっとスムーズに力を放出できるッ!
「がぁああああぁぁあぁあぁ!!」
「しょうがねぇ……”解―――――」
刹那、黒い影が視界を覆う。
「そこまでだ」
影は両者へ制止を命じる。
「がぁああぁあぁあ!!」
「そこまでだ、と僕は言ったよ」
その制止の声にも我を忘れているのか、動じぬカエル様に影は何か術を仕掛けたようであった。カエル様は「あっ」と一言漏らしたとたん、ただの小さなカエルの姿となり、霧の中へと去って行った。
俺たちは助かったのか……? ”変化”が解けかけたせいで少量浮かび上がってしまっていた鱗を引っ込めながら考える。完全に解かなくてよかった……こんなところで龍の姿をさらして何かここの物を一つでも壊していればどうなっていたことか……。だってなんか怖いじゃん。ここ出雲だし。
目の前に立ちはだかる”ソレ”を見やる。背丈は俺よりも少し低い。背まで垂れるさらさらとした黒髪を下の方で束ねており、大変に高価そうな着物のような服をまとうその姿に、なぜだか言いようのない違和感を感じた。
くるり。”ソレ”が振り向く。思わず体がびくりとはねた。そんな緊張している俺とは裏腹に、”ソレ”はにこりと微笑んだ。
「やぁ、大丈夫だったかな」
「……! あ、その、助けていただきありがとうございます!」
急いで頭を下げる。あのカエル様に少し何かやっただけで追い払ってしまえるのだ。童の見た目をしてはいるが、相当な位の高さの神なのだろう。あああ、俺たちもやられるのだろうか。それならばせめて椚だけでも助けてもらわねば。
「お前、すごいな! あのアホガエルをビューンって! 兄様よりも小せぇのに!」
と、椚がいきなり”ソレ”に飛びついた。ちょ、またお前はぁああぁん!?
「椚ッ!! も、申し訳ございません! とんだ無礼を……」
「キミたち、なんだかおもしろいね」
「え、」
”ソレ”は笑っていた。
「見たところ、迷い込んだ子龍と子天狗といったところかな?」
にこり
人形のような美しい顔が歪む。




