第十七話 レッツゴー出雲
本日より一か月二話投稿!!
タイトル改めさせていただきました。
旧)それでも水は廻る
ついでにあらすじもチェーンジ☆
いつものお山、いつもの風景。響くは山神の怒鳴り声と二つの眷属の悲鳴。
実にのどかな秋の日の光景である。
そんな日常のさなかに、ひらりひらりと紅の蝶が舞い込む。
オッス萩だよ萩さんだよ。お酒をたんまり飲んで、おいしくヤマモモを齧って大満足な萩さんだよ。酒の泉はあの後、数日ほどで枯れてしまった。山吹様によれば、またいつかどこかにひょっこり湧くとのことである。酒はその場所場所で違った味わいとなり、二度と同じ味の酒は湧くことが無いのだという。ううーん、次の酒が楽しみである。
今日も今日とて何時もの修行。椚の成長の速いこと。はじめから霊力をスムーズに動かせるとはなんとまあ……お兄ちゃん、嫉妬しちゃうぞ! 俺なんか、ちっともできなかった挙句に数十年間おねんねするハメになったというのに……。
まあそれはさておき、本日の修行は瞑想である。椚の本体の下にて座禅を組む。人型になれるようになって、ようやく見た目も座禅らしくなったこの修行。椚はこの修行は苦手なようであった。座ってからしばらくは大丈夫なのであるが、数分もすればどこかがピコピコ動き出す。その度に山吹様は落ち着きがないと言って喝を入れる。
数分に一回、隣に喝が入れられるこの修行。一層難易度も上がっておもしろい。というのも、瞑想一回につき霊力がどんどんたまっていくような気がして楽しくなってくるのだ。どんどんスムーズに霊力を流せるようになる。霊力良ければ体調も良し、元気も湧いてまさにいいこと三昧なのである。
そんなことを考えながら世界に溶け込んでいると、ふとかぎなれない霊力の結晶を感じた。質的には神力だろうか……?
最近ではだいぶ余裕もでき、瞑想傍ら考え事やら身の回りのサーチまで朝飯前である。
目を開けば、その霊力の塊―――術―――は、ちょど山吹様の上をくるくると飛んでいるところであった。赤い蝶の形をしている。山吹様はしかめ面はしているものの、祓ったりはしようとしない。害のあるものではないのだろう。
と、蝶が声を発した。
『コノ蝶ヲ受ケ取リシ者、ヨク聞ケ』
アイエエエエエ!? シャベッタアアアアア!? 驚き、隣でいまだウンウン唸っている椚を小突く。
「へぁッ!? な、なんです「シッ静かに」うぐぅ……」
『本日ヨリ五ツ目ノ日ガ沈ミシ時、出雲ノ地ニテ宴開カレリ。我、諸君イカニモ来タモウ事ヲ願フ』
言い終わるなり蝶はその場で燃え尽きる。ぽかんと口を開けていば、山吹様のボヤキが聞こえる。
「今年も来たか……また面倒な……」
「な、なななななんですか今の術!? 喋べりましたよ!?」
興奮して山吹様に詰めよれば、顔をひきつらせながらも答えてくれる。
「ちこうぞ萩よ。なぁに、出雲より神々の招集が行われているまでよ。ここ数百年は音沙汰なしであったが、どうやら今年は開かれるようだの」
「い、出雲ですって!?」
出雲だって!? 出雲って出雲!? 神無月に神有月と呼ばれる、あの出雲だってぇ!?
と、椚がおずおずと手を挙げる。
「その……いずも、って場所はどこにあるのですか?」
「ふむ。ここよりもずっとずっと西にある地である。先の蝶が道案内をするのだ」
「え、でも今蝶は燃え尽きてしまいましたよね?」
「蝶が我の周りを飛び回っておったであろう? あのときに我は道案内の術を受けたのだ。出雲の地へは蝶を受け取った者以外たどり着けぬというわけだ」
「ええーっ! では、僕らはどうなるのですか!?」
「それはもちろん、留守番であるの」
「そんなぁ」
こんなことも前にあった。山吹様は友の神の元へ遊びに行き、俺一人山を散策したあの時だ。あの桜の宴はきれいだったな。今も毎年見に行くけれど、毎回毎回”見事”の一言に尽きる。椚にも見せてやったら、そのあまりの美しい光景に絶句していた。
今の季節は秋。紅葉が見事である。ちょいと進んだところになっている山ブドウでも椚に食べさせてやろう。出雲に行けないと知ってものすごく落ち込んでいる。
「それではちょっくら行ってくるぞ」
「お気をつけて」
「いってらっしゃい! 山吹様ー!!」
それからしばらくして、山吹様は出雲へ向けて旅立った。空をふわりふわり、飛んでゆく。椚は最初の二日辺りはものすごく落ち込んでいたのだが、その後何事もなかったように元気になった。いや、むしろいつもよりも元気だ。山ブドウすげぇ。
ぷかりぷかりと空に浮かぶ山吹様の姿が見えなくなったとき、椚はくるりと事らを振り向いた。
「さて、兄様、出雲へまいりましょう!」
「そうですねぇえぇ!? ちょ、ま、えぇぇ……」
「僕、どうしても出雲に行きたいのです。行きましょうよ!」
「だめです」
「えぇー、なんでですか!? 絶対楽しいですよ!」
椚が俺に飛びつき講義をする。でもダメなものはダメ。
「だいたいですね、あんなところ位の高い者たちの寄せ集めですよ。私たちみたいなのが同じ空気を吸っていいのかさえはばかれるような土地なんですよ。それを何の計画性もなく……だいたいどうやって行こうと言うのですか。もしもたどり着いた後でその後のことは考えているんですか。それにたどり着いたところで追い返されるのがオチでしょうよ」
「場所は山吹様の通った後にできる、霊力の筋をたどれば問題ありませんよ! それに兄様、考えてもみてくださいよ。このお山の中で山吹様の次に強い者は誰だと思うのです? 兄様ですよ! そしてその次は僕! 素質なら十分にあるはずです!」
「で? 見張りがいたら、どう通過するつもりなのですか?」
「うぐぅ、それは……隠れながら進めばなんとかなりますよぅ! それに僕、兄様が行きとうないと思われていたとしても絶対に行きます! 兄様はこられませぬか?」
椚はこちらをうかがっている。もうすでに背中の翼は開いており、今すぐにでも飛び立つつもりのようだ。ああ、もう止められない。
「はぁ……。しょうがないですね、どうせ止めても行く気なのでしょう?全く……もう準備はできているのですか。何か持ってくものがあるなら早く持ってらっしゃい」
「兄様……! やったー! この椚、持ち物などありませぬゆえ、今すぐにでもここを発てます!」
「私も必要なものはいつも神域の中にありますから大丈夫です。もう、本当は許されざることなのですよ。もし見つかったら殺されるかもしれぬし、無事に帰ったところで山吹様にばれて殺されるかもしれないのですよ。分かってます?」
「分かっておりますとも! でも、ちょっと危険を冒した方が心ときめきませぬか?」
そう、目を輝かせる椚。大丈夫なのかコイツ……。本当、根っからの悪ガキだなぁ。
「はぁ……本当に……。むぅ、少し待っててくださいね」
椚から少し離れる。どうせ行くならばやっぱり空からであろう。
「”解除”」
そう唱えれば、自分にかかっている術―――変化―――の解除が行われる。体の形がいったん崩れ、再構築される。それは水のように縮み、長く伸びる。再び体が出来た時には、目線は少し高くなり、全身の感覚が変わる。目を見開き固まっている弟のアホ面に一言。
「さて、行きましょうか」
空を飛ぶ。
この感覚、やはりいい。この、飛ぶという手段はここ百年、たまに山の上を移動するときにしか用いていない。こうやって思いっきり飛んだのは本当に久しぶりのことである。ある時は池としてボーっと空を見上げ、ある時は”変化”で人の姿に。そしてまたある時は”擬態”で肉の範疇に納まっていた。
隣を見れば、椚がその背についた小さな羽を忙しくはばたかせている。アレでどうやって体を持ち上げることが出来ているというのか。まぁ、それは俺も同じようなことなのだろうが。
「そういえば、椚にこの姿を見せるのは初めてのような気がしますね」
俺が修行に遅れて行った時も、椚はいつも瞑想に入り部立っているせいで回りのことなんか見えていなかったろう。
「はい! 兄様は龍だったのですね! かっこいいです!」
「まぁ、正確には前に椚と一緒に魚を捕まえたあの川の源なのですけどね」
「えっ!」
椚がバッとこちららを振り向く。その目はまん丸だ。
「椚は永く山に根付いた大樹、私は永く雨水が山に滲みこみできた湧水。なんだか私たち、似てませんか?」
「わ、わぁあぁ! ほんとですね! まるで、本物の兄弟みたいです!」
「おや、私は椚を本物の弟だと思っていましたが、どうやら独りよがりだったようですね……」
「ち、違います! そんなつもりじゃなかったんです! あ、兄様ぁ……」
「ふふふっ! 冗談ですよ。どぉれ椚、私の角につかまりなさぁい!」
「ってわ、わあぁっ!?」
椚を首元に乗せ、一段と加速する。
どうせ山吹様のスピードにはどう頑張ったって追いつけないのだ。ならば別に本気を出して飛んでみたっていいだろう。椚も素早い。そりゃあもう、修行を始めたころの俺なんかは一緒んで取り残されてしまうほどには速い。しかし、椚は修行を始めたばかり。この素早さ勝負、数百年間みっちりしごかれた俺の方がまだ勝っている。とはいえそのうち追い越されるかもしれないことであるし、今のうちに高速ジェットハギドラ号にご乗車いただこうではないか!
「う、うわぁああぁあぁぁ!?」
「ふふふーどうです、速いでしょう。でも安心してください。椚ならばこのくらいの速さくらい、すぐに出せるようになりますよ」
「あ、にさまに、の、乗るだなんて、恐れ多いですぅわぁあぁぁああああぁぁあぁあ!?」
「私に乗るのがなんですって? これくらい頼んでくれればすぐにやってあげますよっと!」
「きゃぁああぁああぁ!!」
ただの直線飛行から、垂直落下、雲を突きぬけきりもみ回転。
最初は遠慮からか、戸惑ったような悲鳴の連続であったが、そのうち背中からきゃらきゃらと笑い声が漏れるようになった。同じ空を飛ぶ者同士、本当は垂直落下もきりもみ回転も怖くなどないのだ。
進むうちに、いくつか集落を見つけた。あそこには人が住んでいるのだろうか。
こうして山吹様の霊力を追って飛び続け、太陽が少し傾いてきた頃。俺たちはその場所へたどり着いたのだ。
とある地点にたどり着いた時、霧がさぁっと立ち込め濃密な神気に包み込まれた。その瞬間、理解した。俺たちは踏み入ってはいけない場所へ入り込んでしまったのだ、と。
ひゃらひゃらと笛太鼓。
いる。そのさきにはイル。
神気の霞のその奥に。
そうだ出雲、行こう。




