第十五話 川遊び
あゆがたべたいぃ
さわ、さわり。
風もないのに背後の木が震える。そして目の前の子天狗もまた、顔を覆って震えていた。
オッス萩だよ萩さんだよ。最近の出来事が濃すぎて、少しさっぱりしたものが食べたくなってきている萩さんだよ。ああ、そうだ後でヤマモモ食べに行こう。甘酸っぱくてやぁらかい初夏の味。ウンウン。
まさか。
まさかこの目の前にいるこの小さな後輩君が、この目の前の木だなんて思いもしなかった。
そういえば前に山吹様、この木の名前、教えていてくれたなぁ……クヌギって。
その時点で気づくべきだったなぁ。だってあれだ。今俺が盛大にやらかしていたことは、後輩君の褒め殺しである。たぶん瞑想時の霊力に乗って気持ちが直に伝わってしまったのだろう。褒めて褒めて褒めて……そりゃあこうもなるわな。俺がやられてもこうなるわ。
「あー、椚さん」
「ひゃいい!」
「あのー、ごめんなさい?」
「あのっあのあのあのそんなっ」
そして再び真っ赤になってしまった椚。あー……なんか可愛い。
あ、
「そうです! 椚さん、一緒に魚を取りに参りましょう!!」
「ひぇ、さ、さかなぁ?」
「はい! 冷たい水につかれば少しは気がまぎれるはずですよ!」
「い、行ってみとうございます!」
「よし! ならばさっそく参りましょう! いざいざ!」
「は、はい!」
……ちょっと気まずい。言葉のあちこちが上がったり下がったり。歩いている現時点でもロボット歩きでがっくがく。
そんなふうにぎくしゃくとしながらも、ようやく川にたどり着けば、ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ。なんと、何時もは穏やかに流れている山の川が轟々と流れているではないか!
俺だ。
「……ごめんちょっとまってて」
そうだね。この川、俺からつながる本流だものね。俺の心を映していてもなんらおかしくはないよね。あふれ出る萌を表していてもしょうがないよね!
瞑想だよコンチクショウ!! 意地でも沈めてやらァッ!!
「……ふう、落ち着き、ました……」
「あの、なんかごめんなさい……」
「いえ、これくらい、お茶の子、さいさい、ですよ、ええ」
気を取り直して。
「こういう岩の影などに、魚は隠れているのです。ほら」
岩で流れが緩やかになっているそこへ向けて素早く手を差し込めば、ぴちり。
「おおおお!」
「ふふん。なかなかの大物です」
太陽の光を受けて、頬の横の金の追星がきらりと輝く。20センチはあろう金アユである。ほんのり、スイカのようなにおいもする。これはうまいぞ。
「さて、これは神域に取り込むとして」
自分の神域を開いてアユを放り込む。こういう時に神域は便利である。新鮮なままに後で火であぶれば……うう、今は我慢である。ときどきこうやって使っているのだ。
「い、今のはッ!?」
「ん? ってうおぉ」
キラキラキラ。そんな擬音が聞こえてくるが、これは空耳だろうか?
こちらを見上げる我が後輩。目が非常に輝いていらっしゃる。
「今の、宙にあらわれたッあれはッ!?」
「あ、ああ。あれは神域と言いましてね。そのうち山吹様に教えてもらえるんじゃあないのでしょうか」
「本当ですかッ!? あれは僕にもできるようになるのですかッ!?」
「そ、そうだと思いますよ」
「やったぁぁああぁあ!!」
キャーキャー。そう川の水を跳ねさせながらはしゃぐその姿は、到底齢おおよそ百には見えない。ほう、これをショタ爺というのか……。と、すれば俺もショタ爺か? 軽く数百年存在しているが見た目が……オゥッ。くそう、自分の傷を自分で抉ってしまった……何気に落ち込むぜ……。
「萩様、見てください! 魚、とれました!」
「お、すごいですね! 貸してください。それも神域に取り入れますから」
椚が握る、これまた大きな金アユを神域に放り投げる。というかすごい。アユは俺に住んでいた時代じゃあ絶滅危惧種になっていた。ところがどっこい、ここじゃあ見かける魚はみんな金アユ。アユじゃねぇ、金アユだ。エサをたくさん食って丸々肥えたうまそうな金アユだ。いやあ、すごいねぇ。
ま、それも俺という池の水がとってもキレイなことがいいんじゃないんですかねぇ!?
魚を捕る捕る。アユにウグイにオイカワ、カジカ。いずれもでかい素早いパワー良し。その表面のぬるぬるに、せっかく捕まえても身をくねらせて逃げてしまう。
「あっ、椚さん、そちらに逃げましたよ!」
「はいッ! っとっと……やった! つかまえってあぁ……」
ポチョン。魚は水に戻る。
「ふふ、残念でしたね……と、もうそろそろ捕りすぎな気もしてきましたので後一匹捕ったらやめにしましょうか」
「はい!」
最後を飾ったのは、ビッグなフナであった。うーん。フナって食えるんだろうか……? 生臭そうなイメージがある。
辺りの日もとんと暮れた。
辺りに落ちていた、乾燥した枯枝や枯葉を丸く並べた河原の石の中へ集める。これは生のまま魚を食おうとしていた椚が、実にすばらしいスピードでかき集めてくれた。川魚の生はダメだ。正しい捌き方をしなければ、どんな寄生虫がいるか知ったもんじゃねぇ。
まあ、俺らに寄生虫は寄生できないのかもしれないが……。
魚を俺の鱗で捌いて、はらわたを取り出し川の水できれいにすすぐ。こちとら子供舌である。川魚はたいてい、はらわたがとても苦いのである。しっかりすすがなくては。前に食った時、痛い目を見た。昔は好きだったんだがなぁ。
魚の処理をしている間、椚には最近拾って神域に放り込んだまま忘れ去られていた、岩塩を削って大きな木の葉の上に溜めておいてもらう。
ここからが大事なのである。この微妙な塩加減が、うまさを分けるのだ。
割と多めに塩を振る。魚の種類で量を変え、適度な塩加減に使い分ける。それを長く細い木の枝に縫いとめるように刺し、即席の囲炉裏の周りに並べる。
椚はと言えば、今から何が始まるのかとワクワクしている。そうかそうか。ならばド派手な演出込みでやってやりましょう。
「ふんっ」
”狐火”、発動。
霊力いつもの十倍増し。たくさんの狐火をくるくる回す。その色とりどりの炎が、薄暗い辺りを不思議に照らす。
椚の方を見れば、目を見開き口をぽかんとあけたまま固まってしまっていた。ふむ。どうやら”狐火”点火式は大成功のようだな。そのアホ面、思わずにやけてしまう。
しばしミラーボールのごとく、くるくると回転させていた狐火を一転に収縮させ、即席囲炉裏にぶち込めば、壮大な点火式の幕は閉じた。
パチ、パチリ、パチン
「ほんっとうにすごかったです!!! もう、ほんとにすごかったんですよ!!」
「え、ええ」
たき火でじわりじわり魚を焼く。表面に油が浮かび上がり、キュウーっと甲高い音を上げる。皮がはぜてパツリ。うまそうな匂いが広がる。
椚はと言えば、先の出来事に興奮してずっとこの話ばかりである。確かにちょっと驚かしてやろうとは思ったが、ここまでまっすぐに褒められると恥ずかしくなる。これじゃあ昼間の逆だなぁ。
ジュウッ
「ところで、萩様……このお魚は食べないのですか? さきほどからしずくがポタポタ垂れてますよ。それに、とーってもいいにおいです!」
「ふふふ。そうですね、もうそろそろでしょうかね」
魚の刺さった枝を一本取る。本日の大目玉にして、取れた魚のほぼすべてを占めている金アユである。一口ほふりとかじってみる。
「……椚さんも一つ食べてみてごらんなさい」
「はい!」
はくりとその小さな口がアユの背を食んだ瞬間であった。椚の動きが一瞬止まる。一瞬の静寂。そして―――
「ななな、なんなんですか、これはぁあああぁぁああ!!」
ひと声雄たけびを上げたと思えば、枝から魚を外して熱がりながらもまふまふとほおばり始める。
それもそのはずだろう。
じわり
その身が舌に触った瞬間、舌に広がる香ばしい香りと甘み。表面が白っぽく見えるほどかけた塩が、その旨味をぐっと後押しする。こういったシンプルな料理にはこれぐらいの塩加減がちょうどいい。少し残っていたはらわたの苦みが、これまたちょうど良いまろ味を与える。その腹側にこんもりと盛られた油が舌にまとわり、奥底からググッと濃厚な味を知らしめる。これは……!
ガガガガガガガ。周りは見もせず、一心に食らう。
ゆっくり食べろ? そんなことは知らない。だってそれが衝動。おいしいものに手がでるのはしょうがない。椚も俺も、我先にと焼けた魚を片っ端から飲み込んでゆく。焼いて食べて焼いて食べた。どれもこれもがとんでもなくうまい!
とうとう魚は最後の一匹になった。例のフナである。
「萩様がお食べください!」
「いいや、椚さんが食べていいのですよ」
「萩様が!」
「椚さんが!」
いや、その譲り合いの精神はすごく褒められることなんだよ。本当にいい子だよ椚は。きっと純粋な気持ちで譲ってくれているのであろう。だがしかしね、なんかあんまりフナってちょっと……。濁った池のそばで悪臭を放った死体があるのが浮かんでだな……。
「あー、もういいです! 半分です。半分こしましょう!」
「半分……?」
「そうです。半分です。そうすればどちらも食べられて、どちらも満足。そうでしょう?」
「半分……!」
頭としっぽで半分こ。椚、お前が頭の方な! 尻尾の方が無難なんだよ! 万が一まずかったとしても、そこまでダメージは食らわねぇ。
決心をして、齧る。
ほふり。
「わぁ……!」
淡白でよく締まっている。タイのような歯ごたえだ……!何だこれ、フナがこんなおいしいだなんて聞いていないぞ! あっ待って、知ってる。鮒寿司、ものすごくうまいもんな!
くっそう、脂ののった頭側だったらどんな味がしただろう! 臭み? そんなものは全くない! 染み渡った川のフナって、こんなにもおいしい物だったのか!
「おいしいですねっ!」
「そうですね」
ぱちりぱちりと炎は燃える。
もう日もすっかりと暮れた。真っ暗な空に浮かび上がるのは満天の星。空の端から端まで、雄大な天の川がかかる。それはもう、月がなくとも山肌を照らしあげるほどには輝いていた。
「萩様、お願いがあるのです。どうかお話をきいてはもらえませんか。一人ぼっちの木のお話を」
椚は語った。あるところに育った、とある木の物語を。それはそれは我儘で、まるで天狗のように鼻の高い木の物語を。
空を悠々と流れる巨大な河は、ただただそこにあり続ける。
あゆあゆあゆあゆあゆあゆあゆあゆあゆあゆあゆあゆあゆあゆあゆあ




