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第十四話   弟弟子

どんぐりころころどんぐりこー

 早朝。


 小鳥がかわいらしく朝を告げる。朝日が山から覗き、真っ暗な闇に閉ざされていた森に光が差す。結局昨日は池本体に戻ることはせず、自分磨きに励んでいると、いつの間にか日が差し込み今日になってしまった。さぁて、それではいざ参ろうか。






 オッス萩だよ萩さんだよ。池にして龍にして、先輩となった萩さんだよ。




 いやあ、昨日の今日で事態が進展しすぎな気もするけれど、普通はそんなものなのだろうか。お山暮らしの長い自分では分からなくなってきてしまったよ。


 イメージトレーニングはばっちりである。どう子天狗君の前でふるまうか。おおよそ100パターンは考えた。先輩になるのだったら、それぐらいは常識であろう。そういえば子天狗君の名はどうなったのであろうか。霊力をたどってみるに、山吹様たちは昨日のあの位置から動いてはいないようだ。ふむ。さては、お泊り会でもして親睦を深めたのだろう。




 今日も今日とて”変化”で歩く。そういえば最近は”擬態”を使っていないな……。あまり使わないせいでできなくなるとかそんなことはないと思いたい。




 てくてくてくと森を歩く。今日も山は平和だ。


 木々ドッスンドッスン事件の真相も分かったことであるし、特に事件もない平和なお山である。そう、何もなさ過ぎて時間間隔の狂うお山でもある。果たして、俺は池として生まれてから何歳となったのだろうか……? 軽く数百歳越えであろうこのわが身(精神年齢)は、いまだ小学校中学年ほどしかないのである。ウッ頭が……。


 俺と山吹様のハートフル(ボッコ)生活に三人目が加わる今日この日。いやあ、実に楽しみですなあ。




 小川を超えて、大岩を超え。丸太橋を渡って、谷を越え。空地を抜けて藪を抜け。そうして見えた昨日の広場では、何やらもそもそと声が聞こえてくるのであった。


 こちらが近づけば、そちらも話していた首をこちらへ向ける。



 「おお、萩よ。待っておったぞ」


 「!! お、おはようございます……」



 振り向いたその二つの顔に、嫌なものは感じない。これは二人とも和睦をしたということであっているのだろうか。それと、子天狗君も昨日ほどはおびえを感じない。よかったよかった。一時はどうなることかと。



 「おはようございます。それで、どうなったのですか?」



 いきなり本題へと入る。


 しょうがない。気になるのだから。溢れ出すドキドキに、力が漲りおちおち池に戻ることもはばかった昨日の夜更け。これが、恋!?


 萩さんギンギンだよ、さえわたっているよ。



 「ふはは、開口一番それか。そう急かすものでもない。まあ落ち着いてそこへ座すがよい」



 そういわれたので、地面にどっかりと寝そべる山吹様の横へと腰を落とした。ちょうど真正面に子天狗君が座っている。緊張のせいか、背筋をぴんと伸ばして硬い表情である。



 「あれからのう、我も少し考えての。萩よ、お主の考えも悪くはないと思ったのだ。そこで昨日、この者に名を与えした。そら、名乗るがよい。汝が得しその名を」



 山吹様は、子天狗君にそっと催促をする。子天狗君は震えながらもこちらの目をしかと見た。



 「ぼ、


 ”僕は渓谷山に根付く大樹の化身、椚太郎(くぬぎたろう)と申します”!!」



 そう声高々に言い切った。


 そうか。椚、と言うのか……。



 「”私は渓谷山に宿りし豊穣の神、大狼山吹神の眷属たる水面上萩と申します”


 良い名をもらえてよかったですね、椚さん」


 「……! は、はい!!」



 子天狗君、もとい椚はうれしそうにはにかんだ。えっ何この子天使なの? 黒い翼生えた天使なの? あっ天狗でしたねすみません。神様仏様おエライ様、俺の後輩がこんなにもかわいいです!


 と、山吹様が口を開く。



 「ふふん。まだ儀式は済んでおらぬぞ。


 ”我は渓谷山に宿りし豊穣の神、大狼山吹神と申す”


 我の名とその名を用いてこれより汝を我が眷属と致すッ!」



 そう告げた瞬間であった。山吹様と椚の間に、しっかと何かが結ばれたのが分かった。俺と山吹様との間にあるものと同じ、”縁”である。



 「うむ。よきかな。これで正式に椚も我の眷属と相成った。萩に続き椚と、我にも二人の眷属が出来た……。いや、実によきかな」



 そうしてにかっと口角を上げたのであった。



 「そしてお主らよ、儀式も終わったことであるしさっそく本日の修行を開始する」


 「い、いきなりですか……」



 そう俺が思わずツッコめば、



 「はいっ! せっかく命をもらった所存、どこまでもついて行きとうございます!」



 と椚が返し、



 「ほう、その言葉忘れまいぞ。我についてくるのだッ!」



 と言ったが側から、一陣の風となって山の向こうへと飛んでゆく我が師匠。



 「はいッ!!」



 と潔く返事をして小さな羽を広げたかと思えば、もう米粒のように小さくなった後輩の後ろ姿。



 そしてひとり取り残された、俺。



 「……脳筋かな?」



 そう漏らした俺は悪くないと思う。












 俺が山吹様たちが向かった先、椚池についた時にはもう修業は始まっていた。




 「む、ようやく来たか。遅いぞ、萩」


 「すみません、お師匠様。お二人とも行動が早すぎて、呆けているうちに取り残されてしまったのです」



 人の姿に”変化”しながら言い訳をする。そういえば久々に本性にもどった気がするなあ。最近はずっとガキモードだったからな。現在進行形で。




 「でも、なつかしいです」



 椚は、あの木下で足を組まされうんうんうなっていた。瞑想の修行である。眉間にしわが寄っている。おそらく、うまくコツがつかめないのであろう。ふふ、前の俺もあんな風だったのかな。あれからもう百年ぐらいたっているんだよなぁ。



 「ふむ。我に言わせればお主もまだまだ、よの」


 「承知しておりますよ!」



 5000歳の大ババ様と比べられたって敵いっこないなんてことはあたりまえのことですよーっと!



 「では私もあの木の元で瞑想をしてまいりたいと思います」


 「うむ。では我はキイチゴの実を齧ってくることとしよう。……なぁに、お主らの分もきちんと拾ってこようぞ」


 「はい! 楽しみにしておりますね!」



 山吹様を見送った後、瞑想の木の元へ行く。俺がすぐ目の前にいるのを知ってか知らずか、椚は相変わらずしかめっ面で唸っている。



 「どっこいせ」



 俺が横に座ってもまだ反応はない。一生懸命である。見た目が見た目のために、ほほえましい気持ちになる。と、言っても俺も同じようなものなのだろうが。




 目を閉じて集中する。


 せっかく後輩が頑張っているのだ、先輩の俺が何もしないという手だてはない。ならば、いつものように修行を始めるまでのことである。




 深く意識を落とせば、始めに感じるのはこの木の存在。


 大地に力強く這った根が、地中よりエネルギーを吸い取り、その力を使って上へ上へと天高く突き抜ける。そして横に広がっている枝の先の葉の隅々まで張り巡らされたこの活気。なんと生命力にあふれた木なのだろう!


 いつもいつも思うのだ。毎度のことながら思うのだ。このただここに座っているだけの俺にまで、その生命力の余波がビシバシと伝わってくる。


 何と雄々しい木なのであろうか!


 俺はこの木が大好きである。俺がまだ形を取って間もないころからずっと元気をもらってきた。この木にずっと励まされてきた。


 もしも。もしもこの木が俺みたく形どったのだとしたら、それはそれは力強く。そして、とても優しい存在になるのだろうなぁ。




 ふと、視線を感じて振り向いた。そこでは真っ赤な顔をした椚がこちらをまじまじと見つめていた。



 「どうしたのです?」


 「!! ……そ、そのッ」



 しどろもどろの椚。はっはーん。これは瞑想を力みすぎて結局失敗してふと横を見れば凛々しい先輩がいてドキッとした時の顔だな。ふふん。俺は別に失敗したことについては何にも思わんからな。どれ、話でもして落ち着かせてあげようじゃないか。



 「ふふ。それにしても、この木は立派ですよね」


 「ひぃ」


 「こうやってそばにいるだけでもこんなに満ち足りた気分になる。本当に素晴らしいですよ、この木は」


 「ひぇっ」


 「私ね、このお山の中でこの木がいっっっちばん好きなんです」


 「あのっ」


 「ん? どうかしましたか? なんだか、先ほどより顔が……」


 「あのっあのですねっ!!」


 「はい」


 「ぼ、僕です!!」


 「……はい?」


 「この木、僕です!!」


 「えっと……?」


 「この木、僕なんですッ!!」






 ゑ






 「えぇええぇッ!?」






 ざわざわざわ



 ただ、背後の木が枝を揺らして、どこか落ち着きなさげにそびえるのみ。

どんぐりはアクが強いのですが、シイなどの仲間は炒ってパンなどに練り込めば、おいしいどんぐりパンの出来上がり。

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