第十一話 謎の怪現象
ブロッコリー
ズド――――――――――――――――ン……
山々が連なる山岳地帯。その中でもひときわ大きく目立つ山、渓谷山の奥にて、古き樹木が次々に倒れてゆく。
ズズ――――――――――――――――ン……
木立の隙間を黒い影が動く。
「ヒヒッ」
笑う。影は笑う。巨木が倒るるその時に。
ギギ、ズド――――――――――――――――ン
「キシシッ」
影は、嗤う。
妙である。
どうもおかしい。それも、ここ最近での出来事である。超自然現象が突発的に起きているのだ。
オッス萩だよ萩さんだよ。池になって龍になってヒューマンとなった萩さんだよ。
あれからまた少しばかりの時がたち、俺の”擬態”での姿はまた少ぅしばかり成長したようにも思えるのだがどうなのだろう。しかしこれだけは言える。依然としてガキの姿から抜け出せていないことである。
あーあ、俺はいつになったら大人になれるのだか。大人に早くなりたがっている子供たちの気持ちも、少し分かるような気がした。しかし、こっちは百年ぐらい子供ぞ? 年季の入ったガキぞ? 微量に成長しただけマシということなのだろうか……。
術の方もあまり進展はしておらず、中級の術がわずかばかりこなせるようになっただけなのである。
そんなもどかしい日々を送っている俺であるが、常に”擬態”の状態でいると、山暮らしには問題点も多いために修行以外は”変化”で人の姿に化けている次第である。
”変化”は龍の状態の時と形が変わっただけ―――つまりはあやふやな存在―――のために、自由に動ける。人の姿であるのはアレだ、獣姿じゃあできないことも多いってね。
……本当は人の姿でいる方がやっぱり好きなだけである。
だってもともと人だったんだもの! それぐらいはいいと思うんだよ!
”変化”の術は、思い描いたものに見た目の姿を変える術。俺は当然イケメンに化けようとしましたよ。ええ、そうですとも。しかし、イケメンにも種類はあるものなのである。
ただ、ひとくくりに”イケメン”という単語で抑えられれば、一見簡単なようには見える。だが、俺の脳裏に浮かび上がった”イケメン”の姿は、俺の前世の姿とはかけ離れており……。
つまりは怖くなったのである。
ここでその”イケメン”になるのはたやすいこと。”イケメン”には俺の思い描く理想の自分がたくさん詰まっているのだから、利点は多いはずだ。
しかし、その”イケメン”になってしまえば、俺が俺でなくなってしまうような気がして―――もちろんそののようなことはないのだが―――それはやめた。
俺は、ありのままを受け入れようと思った。もう、俺は怖がらない……。
さらばイケメンこんにちは前世……。
そう思って前世の姿―――つまり大きくなった今の俺を再現しようと、霊力を練り始めたその時であった。後ろの茂みががさがさと音を立てたのは。
「あっ山吹様聞い……」
「萩やー萩やー、見るのだ! この我の姿を! お主が人の姿を取るのを見ての、我も久しぶりに”変化”してみたくなったのだ」
「あ、あの」
「どうだどうだ? なかなかに上手くいったであろう?」
「すみません……」
「この艶やかな腕! 足! のう、萩よ?」
「誰ですか?」
「む?」
「あの、貴方、誰ですか?」
「む、むむ~!?」
そこにただずんでいたのは、おおよそ三十代ごろであろう女性であった。纏う空気は凛としており、身に着けている着物は美しい緋色。長く伸ばした黒髪は、これまた緋色の組みひもで下の方に一括りに結われている。そしてあろうことか、頭頂部から飛び出すは三角の耳。本来耳のある場所には何もなし。後ろ、腰帯の間からはこれまたふさふさと毛並みの良い尾が生えており、もこもこと気持ちよさそうである。
「わ、我だ、我だぞ!?」
「我我詐欺にはごまかされませんよ」
「なっ、我は山吹であるぞ!?」
「私の知っている山吹様は狼の姿です。お帰り下さい」
「くぅ、しょうがない。ここは真言を使ってしんぜようぞ。
”我は渓谷山に宿りし豊穣の神、大狼山吹神と申す”
どうだ、これで分かったであろう?」
「存じ上げません。お帰り下さい」
「なぁっ!? 萩やぁ、我は真の真に山吹なのだ……」
本当は、こんな茶番を挟まなくたって分かっているのだ。むしろ隠そうとしても雰囲気でモロバレである。しかし、分かっていても認めたくはないのである。
今の山吹様の姿は”花の盛り”というのには無理があるが、”美”という言葉の似合う女性である。なんというか、アダルティーなのだ。すごく、大人の女性です。願わくば、白衣にメガネで保健室の先生をやってほし……ゲフンゲフン。
俺は練っていた霊力をはじけさせた。スパアアアアアンと乾いた音が、衝撃波とともに雲散してゆく。
「知らない! 山吹様なんて知らないです!」
「萩やぁ、今日は一体全体どうしたというのだ……」
「知らないです! 知りませんからぁ! うわぁあああん!!」
ダァンッ! 地響きを鳴らして、こぶしを地面に打ち付けた。知らねっっぇよ!! クソがぁッ!!
山吹様の”変化”は、大層な器量よしであった。美しい女性であった。対して俺の前世ときたら……普通だよッ! 至極全く平均値な日本男児のお顔だよッ! 普通なんだよ……よくて普通の顔、悪くてモブ顔なんだよぉおおぉぉ……!!
美人な山吹様の横に平均値をたたき出した俺。わぁ、とっても不釣り合いですねありがとうございましたぁ!!
「知らねぇよ……いったい俺が何したっていうんだよ……」
「ふむ。今日は萩の情緒不安定の日であったか。そっとしておかねばな」
「ウワアアアアアアア!!」
「ほう、何時もの鱗顔でも面白いものがあるが、こうしてみれば幼子が駄々をこねているようにしか見えなくなってしもうた。うむうむ、良きかな良きかな」
「アアアアアアアアア!!」
と、このようなことがあり、俺はせめて”擬態”の術が大きくなるまでの間は正々堂々と真正面から子供ライフを受け止めてやろうと、不本意ながらも納得したのであった。なお、ここまで現在進行形である。
――――――――――
「む……」
「俺は悪くねぇ、悪くねぇんだ……」
「萩よ、たった今例のあれが起きた……」
「俺はっ俺はぁ……ぅくっ!?」
背筋に悪寒が走る。
腕の隙間から山吹様をそっと覗けば、ちらと視界に映るその顔は険しいものである。ここ最近の山吹様はいつになく気が立っている状態だ。それは、特に超自然現象―――と、俺は勝手に思っている―――が発生したその時にうかがえる。
何時もののほほんとどこか気の抜けたような空気は雲散し、代わりに冷や汗を掻くような重苦しい圧とともに、ビシリと張り巡る殺気。その凛とした風格と相成って、見る者がどうどと卒倒してゆきそうな気恐ろしきものがある。
「萩よ、我は行く。お主は……
いや、ではな」
山吹様は踵を返すと、轟。一陣の風となって去って行ってしまった。
「山、吹様……」
俺がこんなさびしいこの空間の中でおとなしく待っているとでも?
”子供”は風の子元気の子、ってね。
「くっ……」
白狼は憎々しげに牙をむき出す。その先には無残に倒るる古木たち。
「おのれ……」
その風格、一切の慈悲なし。並々ならぬ威圧にて、生ける者は皆息を殺してただ待つばかり。
ガサリ。茂みが音を立てる。
「何奴ッ」
不意に藪から影が樹上へと飛び出す。
「キシシッ」
笑う。影は嗤う。心底おかしそうに見下ろす。
「貴様かッ!」
唸る。神は怒る。粛清の牙をむき出し睨む。
風が吹く。
木々がざわめく。
森が揺れる。




