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6話「ユキとの出会い」


 俺たちは、石造りの堅固な要塞らしき場所に連れてこられた。もし、俺一人だけでこんないかにも怪しいところに連れてこられたならば死を覚悟してしまうような不気味な場所だが、周囲には何十人も人がいる。


 それもそのはず、ここは「BATTLE GROUND」参加者の待機広場なのだ。


 しかし、悲しいことにその場にいる人のほとんどが男だ。その中で唯一知っているのは、俺のすぐ隣に立っているこの華奢な少女しかいない。


 ここまで連れてこられる道中の馬車の中でも、彼女はほとんど口を開くことはなかった。


 俺も、その少女と話さなければならないことがたくさんあるのに、言葉を発することでさえ苦しかった。


 そう、まさかこんなことに陥るなんて思ってもいなかったんだ……。


 

 俺がこの子を救うためには、この「BGバトルグラウンド」に勝利するしかない。

 勝利して、5000兆ジンバブーを得て、そのお金でこの子を解放するんだ。三次元の世界での戦いになんて慣れてないこの俺であっても、たとえ俺一人でも、絶対に勝つしかないんだ。

 

 勝算は0ではない。バトルロワイヤルなら、最悪逃げ回って、運で、神様の気まぐれで、どうにかなるかもしれない――。


 だが、その曖昧過ぎる計画は、既にとん挫してしまっている。

 

 俺は、この少女とともに参戦することになってしまったのだ。彼女自身が全く嫌がらなかったのと、間髪入れずにこの場に連れてこられたせいで、この少女のBG参戦を止めることができなかった。

 今更ながら、なんて無能なんだ俺は……!


 ふと少女を見つめる。150センチあるかないかの小柄で華奢な体格。薄くてすす汚れた質素な服装。腰までかかるほどの綺麗な銀髪……。

そして何よりも目を引くのが、彼女の細い首に付けられた金属の輪だった。


 いくら何でも、こんな子を巻き込むことなんてできるわけない。早いうちにリタイヤしてしまおうか。

 でも、それでは彼女はまた「あの」男の元に連れ戻されてしまう。ゲブ・アクラブ――だったか、あんな暴力的で狂っている男の手に、こんな純真な子が置かれるなんて……。

 

 そうだ……こんなこと、ただのお節介だったんだ。俺は、この子の名前すらしらないのに、勝手にこんな肩入れしてしまって、それで結局この子を危険な目に巻き込もうとして……!!


 「……なあ、名前、なんていうんだ……?」

俺は唐突に問いを投げた。混乱した自分の頭を整理するための気休めのつもりだった。けれど、俺の予想に反して彼女は消えてしまいそうな声だったけれど、確かに答えてくれた。


 「…………ユキ……」


 ずっと下を向いて、顔を見せることすら無かった少女が、俺の顔を見上げてそう言った。


 「ユキ、です。よろしく……、お兄さん」

彼女の声を、俺は初めて聞いた。澄んでいて、落ち着いた声だった。雨上がりの空気のような、綺麗な声。

「……なんか、すごいその名前合ってる。」

俺はじっと顔を見上げてくるその少女にテンパってしまった。自分でもよくわからないことを口にしてしまう。



 「みなさぁーーん!! 待ちくたびれた事でしょぉ、簡単なルール説明のお時間ですぅ」


 見覚えのある人間が、石造りのホール前方にある高台に現れた。白髭で長身のあの男は――。


 「ワタクシはしがない商人、そしてこの『BG』の最大スポンサー……アヌン・ヘテプでございますぅ」


 彼の言葉の後、このホールに集められた50余名は一斉に雄叫びをあげた。元々暑かったその場所が、更なる熱気に包まれていく。

 その隅で、場違いのようにじっとしている二人組が、俺らだった。隣のユキは、右手で自身の左腕をギュッと掴みながら、高台の白髭の男から目線を逸らすかのように再び俯き続けている。


 「ルールは何と言っても簡単ですぅ! ここから陥没地帯へ降りたところにぐるりと360度一周分引かれたトロッコがありますので、それに乗っていただきますぅ。そして各々のチームが等間隔で外周に配置されたところからスタートォ!!!」

 年齢と容姿に見合わず大きな声を出していたその白髭の男が、一呼吸置くとさらに大きな声で続けた。

 「残念ですが、武器は持ち込み禁止ですぅ。ナイフもマチェテもライフルも拳銃もフィールドに落ちているものを使ってくださぁい。弾薬も現地調達でございます。それと――人殺しもダメですねぇ。命は何よりも大切ですからぁ。ただし――」


 その男は、突然に口調を変えた。


 「意図せず相手が死んでしまったときは、敵が弱すぎたのが悪いのですからお気になさらず。皆、参加者は覚悟の上でしょうからねぇ」


 アヌン・ヘテプは楽しそうな表情で怖いこと口にした。やはり、この男も狂ってる。


 その場に妙な空気が蔓延し始めた。張り詰めた緊張感とこの時を待っていたといわんばかりの高揚感が満ちていく。

 屈強な大男らは皆、目を爛々とさせていた。


「ユキ……本当にごめんな……」

ここまで来てしまった以上、リタイヤは恐らく認めてもらえない。でも、このままこの子を連れて行くわけにはいかない。どさくさに紛れて逃亡する? いや、断崖絶壁に囲まれたあの陥没地帯に一度降りてしまえば、それは無理なことだ。どうすれば……。


気づかぬ内に、俺の手は小刻みに震えていた。武者震いなんてかっこいいものじゃない。


 こんな今にも壊れてしまいそうな華奢な少女を巻き込んでしまったこと、自分の突っ走った愚かな行動が、怖かった。


 そんな俺の右手を、柔らかな何かがふんわりと包み込んだ。俺の手よりも小さいために、包み込んだという表現はおかしいかもしれない。

 でも、冷んやりとした表皮の感覚と、その奥に潜んだ暖かな感情を俺は確かに感じとることができた。


 その小さな手は、紛れもなくユキのそれだった。


 「大丈夫、ヒロ君は……ユキが守りますから」


 彼女ははっきりと、こう言った。

 それは、予想外のことだった。彼女だって……もっと絶望していると、恐怖に感じて呆れていると、俺のことを恨んでいると、そう思っていた。


 どうして……ユキはこんなにも前を向いていられるんだ。



 ホール前方、あの奴隷商が立っている高台のすぐ真下にあった大きな石の扉が、ゴゴゴゴゴゴという大きな摩擦音を出しながらゆっくりと開いていく。


 「お待たせいたしましたぁ、皆さん! それでは行ってらっしゃいませぇ……『戦場』へと。」


 活気に包まれた荒くれ者たちが、我先にとその扉へ向かう。その扉の先には長い階段があり、そのまま陥没地帯の下に繋がっているらしい。


 俺は、そんな活気ある人達と揉み合う勇気も度胸もなく、広場の奥で立ち止まっていた。まだ決断できないでいたのだ。俺の頭の中では、あのユキの言葉がぐるぐると流れ続けている。


 さっきの……あの、ユキの言葉はどういう意味だったのだろうか……。


 

 すっかり人も疎らになった石造のホールの中で、ユキは大きな扉の方をまっすぐ見つめていた。

 

 「見て、ヒロ君……あれを」


 ユキが落ち着いた足取りで扉の方へ進んでいく。俺もそれに続いた。

「……すごく、広いんですね……」

扉の向こうから光が差している。近づいて目を凝らすと……。


 そこには一面、広々とした雄大な景色が存在していた。今までには見たこともない光景だ。眼前に迫り来るのは、緑色の草花が均一に植生した広大な草原とそこに点在する森林、そして郷愁感じるような建築物の数々……。


 それは、俯瞰の風景だった。


 「綺麗……こんな景色、二度と見れないって思ってたのに……」

ユキがポツリと呟いた。その顔には、恐怖なんて感情は微塵も浮かんでいなかった。ただ、その場の広々とした風景に見惚れている。


「やっぱり勘違いじゃなかったみたい、よかった……」

ユキはこちらを見ると、にっこりと笑った。

「ユキね、その目が好き。ヒロ君の、ユキのことを見る目が好きなんです」


 「みんな、ユキのことを見るときに汚い目をする。ユキの力を手に入れようと躍起になってる乱暴な目、奴隷にして見下そうとする目、そんなユキのことを哀れんでいる悲しい目…………でも、ヒロ君は違う」


 ユキは、扉の向こう――遥か遠くまで広がる広大な景色を見ながら儚げな声で言った。だが、それは力強い言葉だった。ユキの声は小さかったが、俺の心には確かに感じられたのだ。


 「俺は……」

俺は最初この子を見たときに、どう思ったんだっけ……。可哀想だと思った。許せないと思った。でも、それ以上に――、


 蒼く澄んでいて、綺麗な目だと思った。


「ユキのことを、そんな目で見てくれたのはあなたが初めて……。だから、ユキね……この力をヒロ君のために使いたい」


 ユキが、「行こう」と言わんばかりに右手をこちらに差し出してきた。細い腕だけど、不思議と自信に満ち溢れていて、頼もしかった。


 そこで、俺は勇気を出してユキに近づいた。最初にあの奴隷市の広場で彼女に会ったときから、ずっと心に思っていたことを実行しようとして。


 ユキの服装はよく言っても質素だ……薄く質の悪い生地で作られた簡易な上下一体型の衣服。

少しでも激しく動けば破れてしまうだろう。


 俺は自分のパーカーを脱ぐと、そっと彼女の細い体に被せた。ユキがキョトンとした表情で俺の顔を見上げてくる。


 「あ、いや……。そのー、多分まだ綺麗だと思うしユキもその恰好じゃ危ないし、別に俺の安物のユ〇クロパーカーなんて汚しても破いてもいいからさ……それ着ていたらどうかなって……」

実行してから改めて恥ずかしくなってきた。こんなのお節介に決まってるのに……!


 ユキは返事をしなかった。じっと足元をみて、顔を合わせてくれない。

 パーカーの下に入ってしまった銀色のしなやかな髪をふわりと外に出す彼女の手つきが、年下の女の子なのに妙に色っぽくて、俺も無意識に目を逸らしてしまった。


「…………ありがと。ちょっとだぼだぼだけど」

下を向いたまま、その少女はかすれるような声で言った。

「あ、ごめん……」

俺は条件反射で謝ってしまう。



 これから苛烈な『ゲーム』に巻き込まれることも忘れて、俺たちはそんな他愛無いことを話していた。


 そして結局、その石の大きな扉をくぐって陥没地帯バトルフィールドへと最後に降りたのは、俺とユキのニ人だった。
















 

メインヒロイン予定の「ユキ」登場です。イメージ的には艦〇れの天津風くらいの体格に響の髪、顔のイメージです(あくまでイメージ)

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