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4話「決断」

 ――直径およそ1㎞、外周8810m、内側面積617ヘクタールに及ぶ大規模な陥没地帯。

 

 地上から下ること100mの半地下。

 広大なその区画には、市街、古びた荷車の物資ターミナル、赤レンガ造りの廃工房といった人工物……そして、林間部や草原、岩地と言った自然を模したもの……これらが至る所に配置されている。

 言わば、この陥没地帯そのものが一つの大規模なフィールドであり、ウプサーラ最大のランドマーク――。


 ウプサーラ南部大射撃演習場――「BATTLE GROUND」会場である。


 

 「こんな、こんなものが……この世界に!?」

ウプサーラ市街から続いた道の途上で、俺たちは陥没地帯を見下ろしていた。

「そうですよ! これぞ、ウプサーラが田舎街なのに帝国内でもそこそこ有名な理由。そして――この巨大で珍しい地形を利用して、バトルロワイヤルをする。それこそが、『BGバトルグラウンド』です!!」

クリスは何やら嬉しそうだ。確かに、道ですれ違う人々も活気がある。元の世界で言うところの野球とか、サッカーとかの大きな大会が開かれているのと同じようなものなのか。

 

 俺の頭の中は複雑だった。今は新しい発見や新鮮な面白いモノにたくさん出会えて楽しい。だが、さっきは衝撃的なシーンに出くわしてしまった。未だにあの残酷な光景が、目を離れないのだ。

 しかし考えてみれば、このくらいの時代の世界観、奴隷制度があってもおかしくはない。

 それに、それだってこの国やこの世界の文化であり伝統なのだ。あの無慈悲な隊列を見てからずっと、俺はそう思い込む努力をしてきた。

 

 でも、それでも……俺はあの少女の蒼い悲しみの瞳を忘れることができなかった。


 「それじゃ、ちょっとこっちの方行ってましょーよ! 出店とかあるんですよ!」

クリスが俺の右袖をぐいぐいと引っ張った。彼女は嬉しそうだ、本当にこの「お祭り」が楽しみだったんだなと思える。


 「ウチの働いてるパン工房も出店しているんですよ!」

そういえばこの人パン工房で働いているんだっけか。その歳でちゃんと働いているなんて素直にすごい。


 「そういえば、ヒロさんの服装って特徴的だよね……。どこのファッションだろ? プロイヤの方とかですか?」

「あ、ああ……そうそうそこら辺かな」

全然わからないけどテキトウに相槌だけはしておく。どこと言われれば、正解は日本なのだが。もちろん通じないのでやめておこう。Tシャツの上に薄手の半そでパーカー、そして七分ズボンというなんともこだわりのないファッションだが、確かにこの世界では若干浮いてしまっていた。

 

 「あ、着いたよ! あのお店」

クリスが指さした先は、いくつもの露店が立ち並ぶちょうど中央付近、大きな緑のテントを張った店だった。


 「おおおおおおーーーーい!! クリスティーナァ!」

その店にいる背の高い女の人が大声で叫んできた。袖をまくり上げ、腕をぶんぶん振って猛アピールしている。


 店先には所狭しとパンが並んでいた。フランスパン(こちらの世界でフランスパンという名称なのかは知らないが)、ドイツパン(こちらの世界でドイツパンという名称なのかは以下略)、イギリスパン(こちらの世界で以下略)……。

 極めつけは最下段に並んでいるメロンパンだ。見るからにふかふかもちもちのようで、表面に振りかけられた砂糖の粒が外の日差しを浴びてキラキラしている。

 

 そして何と言っても、どのパンもとにかくデカい。メロンパンに至ってはフライパンくらいのサイズだ。


 「ようこそ、我が『帝国で4番目においしいメロンパン屋』へ! よく来たなぁ! ……というか初対面じゃないか誰だおまえ」

その店の女の人は、恐らく20歳かそれより少し上……年上と思われるお姉さんだ。初対面だが、デカい。体もクリスより一回り大きいし、170センチはある俺と同じくらいの背丈だ。お胸に至っては、あまりにも大きすぎて、もはやそこにしか目が行かないレベルなのだ。


 「この人はアスタルテさんだよ。ウチの雇い主。大きいものが大好きで、何でも大きく作っちゃうだけど、メロンパンを作る腕がすごくて、その点だけは帝国でもトップクラスなんだから。こう見えて凄い人で……」

「こう見えてってなんだよ、クリスティーナぁ?!」

はち切れそうな大きな声でクリスを咎めた。アスタルテさんは、やっぱり……元気な人のようだ。

「あれ、おまえ……クリスティーナって言うの?」

俺はクリスに率直に質問した。

「いいえ、ウチはクリスよ。あの人が勝手に呼んでるだけ」


 なぜに……クリスティーナ?


 とりあえず自己紹介くらいはしなくては。

「俺は、ヒロって言います。今回のこの伝統行事イベントに参加する予定で……」

それを聞くと、アスタルテさんは目をぎょっと見開いて言った。


 「ええ?! おまえ、そんなほっそい腕で『BG』に参加するのか。やめとけやめとけ!」

「ちょっと、アス姉さん! そういうこと言うのやめなよ!」

クリスが割って入ってくれた。

「ヒロ……だっけか? クリスには前にも言ったけどよ。私はこう見えて若いときアレに参加したんだぜ。女の参加は当時では初だった」

「若い時って3年前でしょ。何おばさんぶってるのよ」

おばさんぶってなんかねーし! などとクリスと言い合いをしている。もしかしなくても、この二人仲悪いのか……。


 「こう見えて私は地元でも有名な力持ちでね、ガンマンとしてもそこそこ鍛えてたし、結構自信はあったんだが……」

アスタルテさんは首を横に振った。

「ダメだった。だが、オンナの割には頑張って1桁までは無事に残ったんだが……別格の強さの奴らがいたんだ」

「別格?」

「そう。あのゲブ・アクラブとかいうお偉いデブの左右にいつも立っている大男の2人組だ。あいつらが数年前からこの『BG』の優勝を総なめにしているんだ。私も気付いたら既にボコボコにされてたから、どういう奴らなのかは詳しく言えないんだけどさぁ」

ゲブ・アクラブ――その名前を聞き、俺はさっきの隊列とその時の惨劇ふいにを思い出してしまった。

 あのぽっちゃり男、ちゃっかり部下を参加させているのか。


 「アス姉さんは何でもかんでも無駄に大きいからね。仕方ないわよねー」

クリスがため息交じりにぼそりと呟く。

「何が無駄に大きいって?! なあクリスティーナよぉ?」

「何もかもよ! 大体、アス姉さんの作るパンだって大きすぎるから! だからあんまり売れないのよ! 折角、せっかく美味しいのに!」

クリスは涙目で訴えていた。でも、頼む……。頼むから俺を挟んで口げんかしないでくれ……。

 

 それにしてもアスタルテさんのお胸はデカいなあ。大きければいいというものではないけれど、メロンパンがいくつも入ってるみたいだ。あれはどんなに清純な人でも男なら目が行ってしまう。もはや思考妨害平気だ。


 「あ、じゃあ俺はここらへんで失礼します……そろそろ行ったほうがいいと思うので……」

現在、なぜか絶賛険悪ムードの女性二人組に巻き込まれるのはごめんだ。そろそろ、周りの人たちの視線が痛い。現実社会では目立たぬように生きてきた俺にとって、街中で堂々と大声で話し合うのは心臓に悪いことだ。


 「ヒロ……やめたほうがいいぜ。もうちょっとここいらで時間を潰してたほうがいい。刺激的なものが見れちゃうからな」

アスタルテさんは急に怖い顔になると、小声で言った。

「今、メインの広場ではな、奴隷の競売をやってんのさ……」


 奴隷……競売……。


 心臓が抉りとられたかのような痛みが襲ってくる。あれから、ずっと忘れようと思ってきた。必死に気を紛らせて、どうにか何もなかったということにしてそのまま忘れてしまおうと……。

 

 そんなことできるはずもないのに。俺の中では、ずっとあの瞳が駆け巡っていた。蒼色の宝石のようなあの瞳を思い出さないようにずっと心の奥に押し込んでいたのに。

 こんな俺じゃあ何もできない。この世界のことはまだまだ知らないし、協力者と呼べる存在もいない。銃が蔓延してるのに、俺は銃を撃ったことどころか触ったことすらない――。


 それでも……。俺だって何かできるはずだ。この世界に来たのは、ただの偶然なんかじゃないはずなんだ。


 何ができるかじゃなくて、俺自身が何をやりたいのかが大事なんだ。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※   

 

 「あ、ちょっと! どこ行くんです、ヒロさんっ!!」

クリスの声が背中から聞こえた。ふと我に返ると、俺は既に走り出していたようだ。全速力で走るのなんて何年振りだろうか。膝が悲鳴を上げている。

 異世界に飛ばされたのに、強靭な脚力とか、特殊な能力とか……その手のものが一つも貰えなかったなんて、神様も酷いやつだ。だけど、このくらい走っておくのも準備体操・・・・にはちょうどいい。


 クリスが走って追っかけてきた。女の子とは思えない綺麗なフォーム。おまけに足も速い……というか俺が遅いだけか?!

「急に走り出して、どこに行くんですかヒロさん……」

「――メイン広場」

「でも、普通の人間はああいうのには近づかないんですよ。確かに、ウプサーラでも奴隷に反対している人はたくさんいるけれど……。止めさせようなんてそんな無茶する人いませんよ。奴隷を買う人間なんてみんな権力者で……」

俺はクリスの話を遮って言った。

「俺は別にああいう奴らに反対しに行くんじゃない。仮に言っても、どうせ耳なんて貸してくれないだろ。だから、――自分の今の力で、できるだけのことをしに行きたいんだ」

クリスは止めなかった。


 俺も、いつまでも逃げてられないんだ。元の世界では、いろいろなものから逃げてきた。学校、勉強、部活、人間関係……。


 でも、折角異世界に来たんだから……異世界でくらい、自分に本気になりたい。


 当たって砕けろ、だ。












 



メインヒロインがまだ出てこないという謎ストーリー展開。一応チラッとは登場したけど

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