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2話「謎のお守り」


 「……どう? ウプサーラは? 思ってたよりもいい街でしょ?」


石と木材を組み合わせたような、独特の情緒ある建物が並ぶこの街を、俺はクリスに案内してもらっていた。アーケードの両脇に活気のある店々が立ち並ぶ市場へと向かい、彼女の野暮用に付き合う。


 その後、街の小さな喫茶店に入った。大通り側には壁がなく、外と繋がっている開放的な店だ。

 

 昼前の日差しが眩しい。電気はまだ通ってないらしく、部屋の奥にはランプの灯りが灯されているが、それがかえって味のある空間を生み出していた。夜になれば、なお綺麗な事だろう。

「田舎……とか言ってたけど、結構活気があるじゃないか。出店とか人とかたくさんだし」

「ヒロさんと同じ目的の人が多いのでしょうね。帝都からすっごい来賓も到着してるようだし、何と言ってもこの街の一大イベントの日だもの」


 一大イベント……。

 

 俺は便宜上、それに参加するという設定になっている。

 でも、それは慣れないこの異世界で唯一の俺の依り代であるクリスに頼るための方便だ。俺自身がそのことを知らないのでは話にならない。どうにか怪しまれないように、そのイベントについての詳細を聞き出さなくては。


 けれど、この街を散策して、そしてさりげなくクリスに質問を重ねて、俺もいくつかのことがわかってきた。


 まず、今俺たちがいるこのウプサーラというところでは何か大きな伝統行事イベントが行われるということ。

 そして、街の人のほとんどが銃器を持っている世界だということ。街を歩いていると、元の世界でいうところのスマートフォンのような感覚でみんな拳銃を所持しているからほんとに恐ろしい。

 銃器は、ほとんどが元の世界のものよりも100年ほど遅れている。つまり、ちょうど元の世界の第一次世界大戦勃発前の銃と同じものが使われているのだ。なんの因縁なのか、銃の名称まで元の世界と同じなことにはとても驚いた。


 そのほかにも、全体的に文明が150年ほど遅れている様子だ。現に、目の前の石畳を馬車が闊歩している。


 「でも、ヒロさんが『あの』行事に参加する人なんて……。見かけによらず、勇気があるんですね」

冷たい氷入りのアイスティーをチビチビと賞味しながら、彼女がそう切り出した。


 「『あの』なんて、そんなに危なっかしいもんなのか、そのイベントは?」


 「危ないも何も……普通は元軍人とか、傭兵くずれとか、そういう荒くれ者が一攫千金狙う場なのですよ? 常識的に考えて、一般の人は参加しようとは思いません」


 ええ? 荒くれ者が参加する、そして一攫千金……?


 「だって、いくら実弾は使用しないとは言っても、国家警察が使うような麻痺弾を撃ち合うわけだし、肉弾戦もあるし、バトルロワイヤルだし……まあ、ウチは絶対に参加しないかな。怖いもん」


 えええええ!! そんなに恐ろしいものなのか。バトルロワイヤルってことは、戦い抜いて最後まで残った人が勝者になるというアレを、現実世界で行うという……。


 そして、その過酷な行事に、この俺が参加する、と……。


 やばいやばいやばいやばい!! そんなの嫌だ!


 俺はインドア派なのだ。元の世界では、PCのゲームをやりこみ、プロのゲーマーを目指していた。FPSファーストパーソンシューターと呼ばれる分野のゲームをやりこみ、毎日毎日、画面の向こう側にある銃と向き合い続けていた。撃ち合いのゲーム自体には確かに自信がある。おそらくほとんどのプレイヤー以上の実力はあると思う。

 

 でも、俺自身は本物の銃を撃ったことがないどころか、持ったことすらないのだ。それに体を鍛えていたわけでもない。そんな俺が、この世界の軍人並の人間とやり合えば……この異世界でも再び「死」んでしまう!!



 「よくみんな参加するよねぇ……。男って勇気があるのか、馬鹿なのか。でも、やっぱり5000兆ジンバブーが魅力的なんですよね!」


 そう言うと、クリスは頬杖をつきながら、アイスティーをまたちびちびと飲んだ。

 

 「5000兆ジンバブー??!!」

 「うん。その伝統行事、『BATTLEバトル GROUNDグラウンド』通称、『BG』は50人程の人たちで争いあい、最後の1人には5000兆ジンバブーという巨額の富が与えられるっていうイベントなんだよ」


 あれ? 知らなかったの? と不思議そうに尋ねてきたので、もちろん知ってたさと苦しいながらに返して、その場を凌いだ。なるほど。凄い賞金が出るのか……それに関しては、確かにいいかもしれない。


 「5000兆ッ!!! すっごい大金じゃないかそれ? ちなみに、5000兆ジンバブーってどのくらいなんだ?」

「どのくらいって5000兆は5000兆だよ」

呆れたようにそっけなく言われてしまった。しかし、この世界に来たばかりの俺には通貨価値がわからないので、どうにもピンとこないのだ。


 「あ、いや……ええっとほら目安だよ目安!桁が大きすぎてわかりにくいから、どんなことができる額なのかーって」

「どんなことができる、か。そうね、大きな家が買えて、そこで一生働かずに暮らせるくらいかしらね……」


 クリスの話によると、どうやらこの国ではハイパーすぎるインフレーションが進んでおり、通貨の価値が下落しているらしい。5000兆ジンバブーは数億円から10億円程度と考えるのが良さそうだ。


 「そういえば『BG』の開始、何時からだったかな……ちょっと待っててくださいね」


 クリスはそう言うと、服越しでもわかる適度な膨らみのある胸元から手帳を取り出した。やましいことは何もないのだけれど、どうしてもあんなコトーこんなコトーを連想してしまう。俺も男だ、こればっかりはどうしようもない。


 その時、彼女の手帳の隙間からハラリと一枚の写真が滑り落ちた。俺は無意識にそれを拾い上げ、ついそれを見つめてしまう。

 

 その白黒写真は、髭の生えたダンディーで無骨な男と、まだ小さな女の子のツーショットのものだった。


 「ちょっと!何勝手に見てるんですかっ!!」

クリスに光の速さで写真を奪還された。


 「女の子の持ち物を勝手に見るなんて、サイテーな男ですね! ヒロさんは」


 「す、すまん。つい……」


 「た、確かにそんなに怒る事じゃなかったですけど……。この写真はちょっといろいろあるんです……」


 クリスはその写真をそっと胸元で抱きしめると、こちらを向いて微笑んだ。


 「これ、ウチのお父さんなんですよ。いかつくて怖そうな人でしょ?」

彼女は下を向くと小声で続けた。

「でも、今はどこにいるのかわからないんです……」


 俺は、何も声を掛けられなかった。勝手に写真を拾い上げて、彼女の辛い面を見てしまった俺に、声を掛ける資格なんて……。


 「なーんて! すみません、ヒロさん。これから大事なことがあるって言うのになんだかテンション下がっちゃって」

彼女が顔をあげた。その顔は笑顔で輝いていたけれど、目の周りが少しだけ潤んでいるようにも見えてしまった。

「お父さんは、遠くに出かけたきり帰ってこないんです。でも、多分どこかにはいます。だから、ウチもいつか旅に出たいんです。帝国中をずーっと周って、いろんなものを発見したいなーって……」

 彼女は明るく、朗らかに言った。

 

 クリスの細かい事情はわからない。でも、俺には、彼女自身の心の底にある辛さが垣間見えた気がした。思わず、手元のコーヒーを飲み干そうとし、それがすでに空であったことに気が付いた。


 クリスは、腰からがっちりとした銀色の物体を抜き出すと、それを大切そうにテーブルの上に置いた。

「実は、このGasserガッサーはお父さんの残してくれた数少ないものの一つなんです。でも、こんなデカいリボルバー、ウチなんかには扱えないんですけどね。人はもちろんまとですらほとんど撃ったことはないんです。まあ、お守りってところかな……」


 俺としてはリボルバーをぶっ放してスーパーガンマンなクリスを見てみたい気もしたが、そんなことはないようだ。もっとも、銃を持っているとはいえ、今までほとんど使ったことないという彼女の言葉に少しだけ安心してしまった。


 「それと、これも……お父さんが残してくれたモノ。ただのお守りみたいでなんだかわからないんだけど」

クリスはごそごそと胸ポケットと再び探り、一つの四角い物体を見せてくれた。

 

 黒い、無機質な物体……。しかし、それは俺にとっては見覚えのあるもので、つい大きな声を出してしまった。


 「こ、これ! USBメモリーじゃないか!!」


 彼女はキョトンとしているが、間違いない。黒い本体部分に銀色の接続口、白い文字で書かれた日本の有名メーカーのロゴ。サイズと形状からずいぶん古いものだと思われた。でも、どうしてこんなものがここにあるのか。この異世界で、いくら旧式とはいえ、USBメモリーなんて製造できるはずもない。そんな技術もないはずだ。彼女のお父さんが残してくれたということは、数年前には既にこの世界にそれが存在していたということになる。

 一体、どういうことなんだ……。


 もしかして、俺以外にも――


 元の世界の人が、元の世界の誰かが――この世界に来ている?!


 いや、まさかそんなことがあるはずない。あるはずないけれど……。


 もし、仮にあるとしたら、どんな人がこの世界に来ているのだろうか――。






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