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1話「見知らぬ朝、大きなパン」

 眩しい。

 爽やかな空気が頬をかすめ、明るい光が顔を照らしているようだ。この眩しさは、間違いなく――朝だ。


 俺は、目を開け大きなあくびをし、両手をまっすぐ上に伸ばした。背骨がすっきりする。何も変わらない朝、のはずだが……。

 

 俺は、この部屋を知らない。今寝ているこのベッドも知らないモノだ。

 

 すぐ右手の木の枠に囲われた大きな窓から外を見渡した。この、外の景色も知らないものだった。窓の外には、石と木で作られた異国情緒漂う街並みが広がっている。ここは、俺が知っているいつもの東京の郊外の街並みなんかじゃない。


 「あ……お、起きたんですね! 良かった!」

気付けば、部屋の入口に見知らぬ女性が立っている。同い年くらいか……、それとも少し下か。

 日本人とは思えない淡い茶色の髪をおさげにしていて、失礼だけど少し古臭く感じる彼女の質素な服装に、それはよく似合っていた。


 ともかく確かなのは、目覚めたら目の前に知らない「可愛い」異性の人がいることだけだ。突然の理解不能な現実に、俺の頭は悲鳴をあげ続けている。


 「ずっと目を覚まさないものだから、心配だったんですよ! いきなり空の上から降ってくるなんて、あなたは魔霊師さんなのかしら?」

両手を胸のまえで重ね重ねしながら、その女性――いや少女のほうが正しいか――が、またもやわけのわからないことを言ってくる。

 空から降ってくる? マレイシさん? ずっと目を覚まさない??


 「あの、俺の名前は何ですか? そして、ここは――?」

「なんでウチがあなたの名前を存じていると思っているのです? わかりませんよそんなこと」

確かにそうだよな。というより、この何もかもわからない状況でただひとつわかっているのが、自分の名前なのだから。自分の名前は的場博嗣。それだけは覚えている。だから、そんなことを訊いても無駄だ。

 頭が混乱しすぎていたらしく、俺はまともな質問すらできなかった。

 

 「あ、ちなみに。ここは二重帝国領ウプサーラですよ。でも田舎街だからあなたが存じていなくても仕方ないですね……」

二重帝国? ウプサーラ? 聞いたことのない地名だ。でも不思議と言語は通じている。今いる場所が、日本なはずがないことは目の前の女性の身なりを見ても、外の景色を見ても一目でわかるのだが。

 

 けれど、それならここはどこだというんだ……。


 「え、ええっと。ちなみに、今のこの場所ってなんていう国なのかな……?」

俺の大真面目で必死の質問に対し、目の前の彼女はポカンとした表情で口をあけて、しばらくそのまま固まってしまった。そして、しばらくすると、まるでエイリアンでも見るような懐疑の目で俺をじっと見つめてきた。

「え……。だから、今さっき二重帝国領だって言ったじゃない。オーディン=ルクソール二重帝国ですよ! 確かに、合併して二重帝国になったのはウチが産まれた後くらいなんだけど、この世界で最大の帝国をまさか知らないなんて言わないわよね?!」


 ごめん。申し訳ないけど、全く知らない。産まれてこのかた聞いたこともない。

 

 大体、二重帝国ってなんだよ……。俺は、そのワードをはるか昔に世界史の授業で聞いたような気がして、必死に頭を回転させた。だが、やはり全く知ってる気がしない。


 いや待てよ。だがしかし、あまりにも無知すぎるのも怪しまれてしまうのではないか。質問責めにし過ぎず、ほどほどに知ったかぶりをした方がいいだろう。今、右も左もわからないこの状況で唯一の頼みの綱は、目の前にいる彼女だけなんだから。彼女に見放されてしまったら、どうしようもなくなってしまう。


 「まあいいわ。もしかしたらまだ混乱してるのかもしれないしね。とりあえず、朝ごはんを作ってあげたんだから下の階に下りてきてくださいね!それに――」

少女は両手をさっと腰の後ろに回し、恥ずかし気に顔を赤らめながらぽつぽつと微かな声で言った。

「そこ、ウチのベッドなんですから……」


 なッ……! 何だって!! 俺は首筋から耳の辺りが急に熱くなってきたように感じた。要するに、紅潮してしまったのだ。別にやましいことがあるわけではないけれど、今までの人生17年間、この俺に家族以外の女の子の布団に近づく機会などなかったのだ。

 言われてみれば何となくほのかに甘いような優しいような香りがするような、しないような……。おそらく気のせいだけれど。

 

 もっとも、折角今のところまだ優しい彼女の前で少しでもおかしな行動をとれば大問題になってしまう……ので、自重しておこう。


 その後、彼女は軽快に部屋から出て、とっとと階段を降りて行ってしまったので、俺もそれに続くことにした。


 

 まさか本当に朝食を食べさせてもらえるとは思えず半信半疑だった俺の目に、嬉しい光景が飛び込んできた。

 木のテーブルの上には、山盛りのカラフルなサラダ、素朴だけれど柔らかで大きなパン、出来立てで湯気がもくもくと立っているスープが並んでいる。それも、俺の分までちゃんとだ。


 「ごめんね……私もちょっとお寝坊しちゃって、急いで作ったから自信ないんですけど、どうかな?」

彼女は何やら別の家事をテキパキとこなしながら言った。

 とんでもない。見ず知らずの俺にまで、こんな良いことをしてくれるなんて感謝の極みだ。

 

 だが、一つ気がかりなのは、どうしてこんな見ず知らずの俺なんかにこんなに世話を焼いてくれるのか――ということだけど。


 むしゃむしゃと太もものように大きくて長いパンを頬張る。腹が減っているので、いくらでも食べられる気がする。目の前に座った彼女も、口に対して巨大すぎるそのパンと格闘していた。やはり、このパンは大きすぎる気がする。俺が知っている普通のパンより三回りは巨大だ。


 朝食を摂りながら、彼女と情報交換をした。彼女の名前はクリス。予想どおり17歳で、この街のパン工房で働いているらしい。昔は父親と二人暮らしだったが、今は一人暮らしだそうだ。


 クリスが俺に親切すぎるのは、どうやら俺をとある「伝統行事(イベント)」の参加者だと勘違いしてるからのようだ。でも、今は寝る所にも飯にもアテがない。おまけにお金もない。

 

 とりあえずはそのイベントの参加者だと言うことにしておいて、迷惑だけれどしばらくお世話になるのが良さそうだ。


 「でもほんとびっくりしたんですから!ヒロさん、いきなり空の上からこの家の上に降ってくるもんだから、屋根がドカンとかいって家が揺れて何事かと思ったんですよ!」


 俺は「ヒロ」、と名乗った。本名は的場博嗣だが、短い方が覚えてくれるし、事務的な手続きでもないからニックネームでもいいかな、と思ったのだ。元の世界でのゲームのIDなどは大体全てヒロで通していた。


 「でも、俺はその屋根に落下したことも、その直近のこともよく覚えていない……」


 俺としては、記憶が曖昧なこと以上に、ここが俺の知っている世界でない気がして、気がかりだった。彼女の話を聞けば、聞くほど、ここが元いた場所――俺の住んでいた東京の郊外や日本、あのアメリカやヨーロッパのある世界――とはかけ離れた場所だという考えが確立できてしまう。


 それに、微かな記憶を辿れば、俺は飛行機事故に巻き込まれたはずなのだ。それなら、五体満足でこうやって動けるはずがない。


 やっぱり――ここは、「異世界」なのか!?


 どうやら、何かの弾みに知らない世界に飛ばされてしまったということらしい。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 「ど、どうしたの……?ヒロさん?」


 気が付けば、クリスが俺の顔をジッと覗き込んでいた。不器用に三つ編みにされたおさげと、芋っぽいが整った美しい顔がやたらと近い。俺は緊張のあまり思わず息を止めてしまう。彼女の柔らかそうな唇が目の前にまで……。


 「な、な、何でもないって。は、初めての場所だから、ちょっと緊張して」

俺は恥ずかしくなり、必死に弁明した。

「まあ、無理もないよね。この街に来るのは初めてみたいですし、いよいよ今日だもんね。ヒロさんの目的のイベント」

彼女はスッと立ち上がると近くの木の棚からどデカイ、何か無機質な物体を取り出した。


 「それじゃ、買い物で市場(バザー)にも行きたいし、ついでに街を少し案内してあげる!」

ク、クリス様……! それは本当に助かります! この街を案内してもらえれば、その伝統行事(イベント)の詳細もわかるかもしれない。本当に、彼女はどうしてこちらの困ってるところにこんなにもちょうどよく手を差し伸べてくれるのだろう。


 という俺の穏やかな感謝の気持ちは、次の瞬間に驚愕……そして恐怖へと変貌した。


 彼女が木の棚から取り出したそのどデカイ物――それは、回転式拳銃(リボルバー)だった。ずっしりと重厚で銀色に鈍く光る風貌、クリスの細身な手の平に収まりきらないサイズ感。間違いなく、それは本物――。


 「それ、本物の、じ、銃だったりする……? まさかね?」

おそるおそる尋ねた俺に対し、彼女はまるで当たり前のものかのように答えた。

「そうよ、Gasserガッサー M1870。確かにちょっと骨董品だけど、そんなに驚くこと、かな?」


 Gasserガッサー M1870……耳にしたことがある。

 確か、元の世界でのPCゲームの中に登場した銃だ。1870年代から第一次世界大戦当時までオーストリア帝国側で少数用いられていたリボルバーと呼ばれる拳銃。回転式弾倉を有し、オープンフレームモデルで大柄、威力が高いという特徴があったはずだ。


 「驚くことかな、って……。女の子が平然とそんなもの持っていたら、そりゃあびっくりだって」


 俺のその言葉に対して、クリスが頰をプーと膨らませた。少し怒らせてしまった、のかな……? 彼女、心なしか感情が現れやすいらしい。でも、そんなこと今はどうだっていいけれど。


 「ウチだって、自分の身くらい自分で守れます! それが旧ルクソール帝国時代からの二重帝国南部の伝統。一般人だって拳銃くらいはみんな持ってるもんよ」


 なるほど、一般人がみんな拳銃を持っている世界なのか――もしかしなくても……。

 

 俺は、とんでもない「銃社会」に降り立ってしまったらしい……。



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