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忘れな草 ~赤い布の真相~  作者: 結城 智
第1章 出逢い
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第8話 ラーメン屋さん

 ラーメン屋さんに到着すると、僕達はテーブル席で向かい合わせに座り、お互いメニューを見ていた。


「葵ちゃん、ここのおすすめってなに?」

「よくぞ、聞いてくれました。ここのラーメン屋さん、全国チェーンなんだけど発祥の地がなんと博多! そう言ったら、もうわかるでしょ。そう、ここの店、豚骨ラーメンが絶品!」


 自信満々におすすめメニューをこちらに向けて、葵ちゃんは当店オススメ! と記載されている豚骨ラーメンを指差す。


「そっか。じゃあ、塩ラーメンにしよう」

「じゃあって、言った意味が不明です。叶夢さん、私に喧嘩売ってるでしょ」

「えっ、僕なんかまずいこと言った?」

「叶夢さん。よく天然って言われるでしょ」

「あっ、うん。よく言われるけど、なんで?」

「別に」


 何故か葵ちゃんは不満そうに口を尖らせている。なんだ、なにか気に障ることを言っただろうか? 今時の女の子って難しいな。


 僕は気にせず、手を上げて店員さんを呼んだ。注文を済ませると、葵ちゃんは水を一口飲み、小さく吐息を漏らすと、僕に向かって頭を下げる。


「えっと最初に……皐月さんのこと、凛に聞きました。その、ご愁傷様でした」

「あっ、うん。ご丁寧にありがとう」


 いきなり、皐月の名前が出てきて僕は動揺した。


「ところで、最近どうですか?」

「えっ、最近?」


 皐月の話題で、閑散とした空気になると思ったが、葵ちゃんはすぐに話題を変えてくれた。


「葵ちゃんはどうなの?」

「質問に質問を返さないでくださいよ。まあ、いいですけど。そうですねぇ、最近はなんか平凡です。彼氏が欲しいかな」

「葵ちゃん、彼氏いないの? 意外だね」

「なんで、意外なんですか?」

「だって、可愛いじゃない」


 反射的にそう言うと、葵ちゃんは一瞬、嬉しそうに口元を緩めたが、すぐ怪訝そうに眉を顰めた。


「叶夢さん。そういうこと、みんなに言うでしょ?」

「そんなことないよ」

「本当ですか? 私は構いませんけど、凛に同じこと言わないでくださいよ」


 忠告を促すように葵ちゃんが険しい表情をする。途端、僕は以前、凛ちゃんにも同じことを言ってしまったことを思い出す。


「なんで、ダメなの?」

「凛は真面目だから、本気にしますよ。ただでさえ、凛は叶夢さんのこと……」

「僕のこと?」

「いえ、なんでもありません。とにかく注意した方がいいですよ。叶夢さん、噂通りマイペースな人ですから、特にです。知らず知らずの内に、誰かを傷付けてしまうこともあるんですからね」

「わかった。気を付けるよ」


 なにを気を付けたらいいか、わかっていないのに僕は相槌を打った。


「葵ちゃんは普段、何してるの?」

「私ですか? そうですねぇ、もっぱら神社やお寺巡りですかね」

「嘘ッ。お寺巡り?」


 想像もしてなかった答えに、僕は失礼ながら驚いた声を出してしまう。


 しまった。と思ったが、既に時遅し。葵ちゃんは露骨に不快な顔をしている


「なんで驚くんです?」

「あー、いや、葵ちゃんって、明るい子だから。カラオケとか、ショッピングって言うと思った。神社やお寺巡りってさ、どっちかっていうと凛ちゃんの趣味ぽい感じがする」

「偏見ですよ、それ。確かに、お寺巡りが好きになった切っ掛けは凛ですけど。ただ、凛は一人でどこにでも行くけど、私は方向音痴で。一人で遠出するの、不安なんですよね」


 と、葵ちゃんはテーブルに両肘を付け、両手を顎に付けると僕を凝視する。


「実は、前々から行きたいと思ってる神社があるんですよね」

「へぇ、どこ?」

「卯子酉神社」

「卯子酉神社? それ、どこにある神社?」


 聞き覚えのない神社の名前を耳にして、僕はつい聞き返してしまう。


 宮城の神社だろうか? 有名どころの愛宕神社や塩竈神社は知ってるけど、卯子酉神社っていうのは初めて聞く。


「えー、卯子酉神社を知らないの? それでよく偉そうなこと言ってたわね」

「別に偉そうなこと言ってないけどね」

「まあ、いいけど。卯子酉神社は、岩手県遠野市の愛宕山の東麓に鎮座する神社で、恋愛成就の神として知られ、岩手ではこの神社以外にも卯子酉様と呼ばれる祠が存在するなど、昔から親しまれている神様です」


 淡々と教科書を読むような口調で説明する葵ちゃんに、僕は開いた口が塞がらなくなる。


 本当に神社やお寺が好きなんだなと思った。てか結果、宮城の神社じゃないのね。全然、わからないわけだ。


「祠の前にある木々の枝に、左手だけで赤い布を結びつけることができたら、縁が結ばれるという伝説なんだ。ロマンチックでしょう!」


 葵ちゃんの熱弁は更に続く。僕は「そうだね」と相槌をうっておいた。


「でしょう! 行きたくなっちゃうよね!」

「近場なら行きたいけどね」

「岩手県遠野市は近場だと思うよ」

「葵ちゃん。ここは宮城県富谷市だよ」


 方向音痴にもほどがあると思う。本人は真顔で言ってるから、天然なのか、冗談なのか判断がつかない。


「それじゃ、次の休み一緒に行こう」

「だから、近場じゃないよ。100キロ以上離れてる」

「大丈夫! 車は叶夢さんのだけど、ご飯は私が奢るから」


 いや、そういう問題ではない。てか、知らない内に話しが進んでしまう。


 勢いに押されるかと思ったが、良いタイミングで、店員さんが「豚骨ラーメン、塩ラーメンお待たせしました!」と、威勢のいい兄ちゃんが、テーブルにラーメン二杯を置いていく。


 途端、ラーメンのいい香りが広がる。僕は「おお、美味しそうだね。いただきます」と言って、スープひとすすりした後、麺を食べていく。


「美味しいね。この塩ラーメン」


 お世辞抜きで、ラーメンの美味しさに感激した僕は、率直な感想を口にした。これは常連になりそうだ。


「おすすめは、豚骨ラーメンなんだけどね」


 先程のことをまだ根に持っているのか、葵ちゃんは口を尖らせながら割り箸を割る。


「あっ、そっか。まあ、今度食べてみるよ」

「どうでもいいけどさ、卯子酉神社は?」


 話題を逸らされたと敏感に察した葵ちゃんは、ラーメンに手をつけないで、僕の顔をじっと見つめたままだ。


「葵ちゃん。ラーメン、伸びちゃうよ」

「うねーどーりー」

「チャーシューも柔らかくて、美味しいね」

「うねーどーりー」

「わかった、わかった。今度、豚骨ラーメン食べてみるから」

「うねーどーりー!」

「ぬりかーべー」


 耳障りな葵ちゃんの言葉をかき消すように、僕は某漫画の妖怪キャラのモノマネをする。


 作戦は成功。葵ちゃんの口を封じることが出来た。その代わり、僕を見る眼差しは少し冷たくなっている気がするけど。


「叶夢さん。頭大丈夫?」

「いや、ダメかもね」


 きっと、疲れているのだ。病院に行った方がいいかもしれない。


「えっと、行きたいの?」


 葵ちゃんの口は閉じられたが、今だ全然、ラーメンに箸をつけない様子を見かね、僕は息が詰まって聞いた。すると、目を輝かせて、葵ちゃんは「うん!」と、大袈裟に頷いてみせる。


「そっか。じゃあ、今度、機会があったら、一緒に行こうか」


 僕は苦し紛れに、完全な社交辞令を口にし、その場を収めた。


 しかし、これが大きな誤算だったと、早い段階で気付くこととなる。


「本当ですか? じゃあ、いつにしましょうか?」

「えっ、いつって?」


 僕は葵ちゃんの切り返しに面食らう。


「行く日ですよ。すぐ決めないと叶夢さんの性格上、忘れたフリするでしょ。まさか今の言葉、社交辞令とか言うんじゃないよね」


 いやいや、100%社交辞令だよ。てか、この子、初対面なのに僕の性格を熟知しているな。


 ちょっとした驚異を感じている隙に、葵ちゃんは早口にまくしたてる。


「叶夢さん。次の休みは?」

「次? 一応、明日だけど」


 言った途端、しまったと思ったが、もう遅い。葵ちゃんはニヤリと笑みを浮かべる。


「ちょうど良かった。私も明日は休みだよ!」

「明日、平日だよ。葵ちゃん」

「大丈夫。休むから」

「また留年するよ」

「大丈夫。今年は単位、順調にとれてるから。明日休んでも影響はない」


 と、親指を立て、葵ちゃんは胸を張る。本当に大丈夫なんだろうか。


 困ったな。と、僕は戸惑い、しばらく黙っていると、葵ちゃんはじれったい顔を露骨にみせた。


「叶夢さん、私のこと嫌いですか?」

「別に。嫌いじゃないよ」


 ていうか、今日会ったばかりだから、まだ好きでも嫌いでもない。


「あのさ。葵ちゃんは僕と二人きりで出かけることに、不安とかないの?」


 この子は直球で質問しないと理解できないと考え、失礼を承知で質問する。


「別に。初対面でも、ずっと話してて楽な人だってわかったし」

「いや。でもね、男と女が二人きりで、出かけると言うのは……」

「ああ。そういうこと。それは大丈夫。叶夢さん、私には絶対、手出さないから」

「どうして?」


 首を傾げる僕に対し、葵ちゃんは先程、立てた親指を自分の顔に向ける。

「どうしてって、私を誰だと思ってるんですか? 星野葵ですよ。凛の双子である私に手を出したら、叶夢さん、凛と顔合わせられないでしょ?」

「あー。なるほどね」


 僕はやっと、葵ちゃんの真意を理解できた。


 身の危険がないと安心出来れば結局、誰もいいのだ。目的地である卯子酉神社へ行ければ、男と二人きりであろうが、初対面であろうが、誰でも。


「あれ、ごめん。気を悪くさせちゃった」


 言葉を失っている僕に対し、葵ちゃんは少し不安げな声をだす。僕はすぐ首を振ってみせると、真っ直ぐ葵ちゃんの方を見た。


「ううん。葵ちゃんの計算高さに納得していただけ」

「なにそれ。なんか、言い方に棘があるよ」


 棘どころか、完全な嫌味なんだけどな。まあ、いい。


「いいよ。じゃあ、行こうか。卯子酉神社」


 僕がそう言うと葵ちゃんは「本当? ヤッター!」と、ちょっと大袈裟じゃない? と思うくらい喜んでいた。


 それから、葵ちゃんはやっと伸びかかっていた豚骨ラーメンを食べるのであった。

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