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忘れな草 ~赤い布の真相~  作者: 結城 智
第1章 出逢い
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第6話 大翔君の恋

「叶夢センセー、ピーマン食べてくれ」

「えー。食べようよ、大翔君」

「だって、まずいもん!」

「そっかぁ。でも、食べないと、好きな子が出来ても嫌われちゃうぞ」

「うっ、わかった。頑張って食べる」

「おっ、偉いな。先生もピーマン嫌いだけど、頑張って食べるよ」


 保育園の仕事中。ちょうど今、園児達と給食をとっていた。


 今の給食は小さな子達の好き嫌いを配慮した料理に凝っているが、それでも偏食がなくならい問題は、今も昔も変わらない。当然、好き嫌いはない方がいいし、嫌いなものも食べるように指導するのは保育士の仕事の一つだ。でも、それで食事そのものが嫌いになってしまうのも困るので、僕はあまり子供に無理強いはしない。


 時間をかけてゆっくり、自分のペースで成長していけばいい。この子達はまだ若いのだから。


 数分後。みんな昼食を済ませ、食器の片付けをしていると、大翔君が僕の元へ歩み寄って来た。


「なぁ、カナメ先生」

「ん。なんだい?」


 先程、ピーマンを頑張って食べた子だ。


 彼の名前は工藤大翔(クドウ タイガ)君。この名がキラキラネームなのかどうかは置いといて、名前が非常に格好いい。僕だったら名前負けしてしまう。


 名の通り、キリッとした目で、短髪な髪をオールバックにしており、顔立ちからしても大翔君は将来、イケメンになるだろうな、と僕は密かに思っていたりする。


 積極的な性格でクラスの中心的人物。普段ツンツンしているが、やはりまだ子供ということもあり、結構甘えん坊なところも見え隠れする子だ。


 実は同じクラスのこはるちゃんが好きなのだが、それは大翔君と僕だけの秘密となっている。


 大翔君は周りを気にしながら、僕の耳元に顔を近付けた。


「俺がこはるちゃんを好きなこと、誰にでも言っちゃダメだよ」


 焦った様子で早口に喋る大翔の顔が可笑しくて、僕は失礼と知りながらも、吹き出しそうになった。


「大丈夫、言わないよ。先生、約束は守るから」

「うん、知ってる。カナメ先生は他の大人と違って、約束は守る人だもんね」


 大翔君は信頼の眼差しを僕に向けて頷く。


 いや、信頼されるのは嬉しいけど、今の言葉なんかひっかかるな。大翔君、親か別の先生に約束でも破られたのだろうか? 


 ちょっと、気になったけど、僕はあえて触れないでおいた。


「俺はいいんだけどさ。こはるちゃんの迷惑になるのは嫌だから」

「迷惑? どうして?」

「だって、俺がこはるちゃんのこと好きって知ったら、こはるちゃん嫌だろ」


 困ったような顔をする大翔君を見て、僕はまた吹き出しそうになったが必死で抑えた。


 本人は必死に悩んでいることだ。例え子供とはいえ、一緒に共感してあげることが、自分の役目。そう思い、僕は優しく大翔君の頭を撫でた。


「大翔君、それは違うよ。好きって言われて、嫌だって思う人はいないから」

「えっ、そうなの?」

「うん。だってさ、大翔君だって、誰かに好きって思われて、嫌な気持ちにはならないだろう。仮にそれが自分の好きな人じゃないにしても」


 僕がそう言うと、大翔君は宙を見上げ、真剣に考えている。しばらくして、顔を僕の方に向けると「うん。そうだな」と、納得した様子で頷く。


「それと同じだよ。誰かを好きという気持ちは否定しないで、大事にしないとね」

「うん、わかった。やっぱり、カナメ先生に話して良かったぜ。ありがとう!」

「どういたしまして」


 満面の笑顔をみせると、大翔君はそのまま走って、園児達が話している輪に入っていった。


「好きが、迷惑ねぇ」


 僕は大翔君が走っていった方向を眺めながら、小さくそんなことを呟き、呆然と立ち竦んでいた。




「園児のみんなは帰りましたか?」

「はい。今日は、こはるちゃんが最後でしたので」


 時計の針はもう、十八時を過ぎようとしていた。


 僕はいつも通り、教室の後片付けをしていると、見回りに来た園長先生が顔を出す。


「そうですか。ところで最近、どうです? なにか変わったことはありませんか?」

「変わったことですか? そうですね。あっ、そうそう。大翔君が今日、ピーマン食べましたよ」


 これは大ニュースだろうと思い、僕は自慢げに報告した。すると、園長先生はそんな僕を見て、笑いを吹き出してしまう。


「あらら、本当。凄いじゃない。大翔君はどうして食べる気になったのかしら?」

「あっ、いや、それは……」

「言えないの?」

「ええ。大翔君と秘密しようって約束したんで」

「あら、男同士の約束? 妬けるわねぇ」


 と、園長先生が意地悪ぽく笑う。


 この人は小宮碧コミヤ ミドリ。年齢は詳しく把握していないが、確か五十代前半で、僕が勤めている保育園の園長先生だ。


 とても物腰柔らかい口調をした人。僕がここに勤めた頃からいるが、今まで怒っているところを一度も見たことがない。園児にも人気があり、保育士や保護者からも絶大な信頼を持っている。


 意外にも剣道が三段という腕前であり、噂だと昔はよく県大会で優勝していたというのだから、人を見た目で判断していけないとはよく言ったものだ。


「そういえば、さっき帰った、こはるちゃんのことなんだけどね」


 園長先生は、周囲に人がいないか確認するように目を散らしながら、静かな声で切りだす。


「こはるちゃんのお迎え、今まで十七時過ぎだったでしょ。さっきね、迎え来たこはるちゃんのお母さんに相談されたの。お迎えの時間を、十九時まで延ばせないかって」

「十九時? こはるちゃんの両親が共働きしているのは知ってましたけど、こはるちゃんのお母さんって、なにをやっている方なんですか?」

「インテリアコーディネーターとか言ってたわね。若い人達の仕事は、私にはよくわからないけど」

「正社員なんですかね?」

「残業が今後、どうしても増えてしまう言うのだから、そうじゃないかしら。今、大事な時期で二、三ヶ月ぐらいお願いできないかって、頼まれたのよ」


 そう言って、園長先生は困ったようにこめかみを押さえていた。


 園長先生は人にお願いされると、なかなか断れない人だからな。ちょっと、同情してしまう。


「で、園長先生はなんて?」

「一応、この保育園の預かり時間は十八時までという規則だからね。まだ、はっきり返事はしていないけど、断る方向で考えているわ」


 そう言う園長先生の顔は、何処か複雑だ。


「引き受けてもいいんじゃないですか?」


 これは完全に無意識。次の瞬間、僕は知らずのうちに、そんな言葉を口にいた。当然、園長先生は面食らったように目を丸くしている。


 しまった、と一瞬焦ったが、時既に遅い。僕はこの際だからと思い、そのまま言葉を繋げた。


「すいません。勝手なことを言って。ただ、十九時ぐらいまでだったら、僕がこはるちゃんの面倒を見てもいいですよ。経営のことは、園長先生が決めることですから、口出しできることじゃないですけど。僕にしてみれば、十八時も十九時も同じようなもんですから」

「あなたはそれでいいの?」


 園長先生は真剣な眼差しを僕に向け、こちらの意思を再確認する。


「僕なら全然、構いませんよ。早く帰ったって、することなんてないですし。それにこれは、個人的な感情になってしまいますが……こはるちゃんは入った当時、かなり人見知りする子でした。今は笑って話せる友達も出来始めたばかりですし。他の保育園に行ったら、また一からスタートです。

 そこで、他の子達とすぐ馴染めるかも不安です。こはるちゃんが今後、両親との時間が更に減るのであれば尚更。この居場所をなくしてはいけない気がするんです」

「……なるほどね」

「なんか生意気なこと言って、すいません」

「ううん。やっぱり、結論をだす前に一度、あなたに相談して正解だったわ。こはるちゃんはあなたに一番懐いているから、任せても安心ね。明日、こはるちゃんのお母さんには、OKって伝えるけど、それでいいわね?」

「はい。もちろんです」


 迷わず僕が頷くと、園長先生は優しげに微笑んだ。


 なんか、お節介だったかもしれないな。


 この時、僕はこはるちゃんが可哀想と思ったのもあったが、同時に大翔君の顔まで浮かんでしまっていた。さすがにこのことは、園長先生には言えないが。


 大翔君、これは貸しにしとくからな。と、僕は心の中でそう呟いていた。

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