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忘れな草 ~赤い布の真相~  作者: 結城 智
第1章 出逢い
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第5話 雨宮夕菜

 その後、僕は近くのアウトレットで適当に時間を潰した。そして、頃合いである時間になったら、兄さんの家に向かって車を走らせる。


 到着後、車は兄さんの住むマンションにある来客者用の駐車場に停車させ、兄さんが住む部屋のチャイムを押す。


 十秒も経たず、ドアは開かれる。出てきた人物に僕は会釈した。


「あっ、叶夢ちゃん。いらっしゃい」


 僕の顔を見るなり、笑顔で迎い入れてくれた人物。


 彼女は雨宮夕菜アマミヤ ユウナ。年齢は三十歳。兄さんの恋人でもあり婚約者。


 育ちのいい雰囲気が出ており、美人で端正な顔立ちをしている。面倒見が良く、包容力がある人で、人見知りの僕が、素直に『お姉ちゃん』と呼べるような、心を許せる数少ない人。


「ほら、ぼーっとしてないで入りなよ」

「お邪魔します」


 招かれるまま、僕は玄関で靴を脱いだ。そして、室内に入るなり、奥の部屋にあるテーブルのソファーに座るように促された。


 キッチンから顔を出したお姉ちゃんは「コーヒーはブッラクでいいんだよね?」と、一言確認する。僕が「うん」と頷くと、コーヒーが注いであるマグカップがテーブルに置かれた。


 そのまま、お姉ちゃんも寛ぐように、正面の座布団に腰を落とす。


「今日は休みだったんでしょ。なにしてたの?」

「皐月のお墓参りだよ」

「それは知ってるわよ。その後を聞いてるの」

「あー、別に。その辺をぶらぶらと」

「叶夢ちゃんは、いつもぶっきらぼうな答えだよね」

「そうかな? あっ、てか、ごめんね。なんか、二人のお邪魔しちゃって」

「なにそれ。お邪魔なら呼ばないでしょ」


 社交辞令で言ったつもりなのに、お姉ちゃんは真に受けて眉を顰めた。


「もうそろそろ、私に心開いてくれてもいいんじゃない?」

「十分、開いてるつもりだけど」

「嘘ばっかり。なんか、他人行儀なのよね。距離感があるっていうかさぁ」


 口を尖らせ、不満げな顔をするお姉ちゃんに、僕は戸惑いを覚えた。


 本人は納得できていない。といった様子ではあったが、コーヒーを一口飲むと、お姉ちゃんはいつも見せる穏やかな顔に変わっていた。


 この人は割り切るのが早い。いや、割り切った振りをするのが、うまいと言った方が正確かもしれない。


 お姉ちゃんは実際、自分の中で納得いかない部分があると、とことん追求するタイプなんだろうけど、追求しすぎると相手を傷付けると察すると、自分の中で納得できていなくても、それ以上、干渉することはしない人だ。


 周囲の状況を読むことに対し、とても敏感なので、故に疲れてしまうのではないかと心配に思うことがある。


 まあ、そんなお姉ちゃんに、いらん心配をさせる僕も、お姉ちゃんを疲れさせる要因の一つになってしまっているのかもしれないが。


「最近、お仕事はどう? 大変?」


 お姉ちゃんはちょっと考えるように間を置いた後、当たり障りのない話題を振ってきた。


 最近、仕事どう? 凛ちゃんの時もそうだが、これは社会人になったら、開口一番にする最初の一つだろう。まあ、僕が所帯持ちだったら、奥さんと仲良くやってるの? とか、子供は元気にやっている? とか、別の話題もあるんだろうけど、悲しいことに僕は独り身だからな。される話題は毎回、決まりきっている。


「そうだね。この仕事して、三年経つけど……なかなか、完全に慣れるってことはないかな」

「そりゃそうだよ。物じゃなくて、人を扱う仕事だもん。なかなかできることじゃないわ」


 お姉ちゃんは腕を組んで、うんうんと頷いている。みんな同じような返しをするんだなと思いつつ、僕は首を振った。


「でも、苦ではないよ。結局、どの子も最終的には卒業して、また新しい入学生が来て入れ替わる。そんな繰り返しだけど、どの子もいい子だよ。僕が子供達に励まされたり、助けられることも多いし」

「ふーん。子供達に助けられるねぇ」


 なにを助けられているんだか。という、怪訝な視線に対し僕は目を逸らす。


「あっ。だから、大変なことだけじゃないくて、楽しくて遣り甲斐がある仕事だよって、言いたかったんだ」


 面倒臭い話題を避けるため、僕は無理矢理、話しを打ち切った。


 僕の顔を直視するお姉ちゃんは、少し複雑そうな顔で眉を下げていたが、すぐに優しく微笑み「仕事に遣り甲斐を感じることはいいことね」と、相槌を打ってくれた。


「そういうお姉ちゃんは、最近どうなの? 兄さんとは仲良くやってるの?」

「そりゃ、もうラブラブよ」

「喧嘩とかしない? 付き合って、もう二年ぐらい経つよね」

「言われてみれば、しないわね。來夢さん、あんまり怒ったりしないから。私に不満があっても、我慢してるのかもね」

「それはないよ」


 お姉ちゃんは自虐的なことを口にするので、僕は反射的に否定した。


「兄さんははっきりした性格だし、不満があったら素直に言うと思うよ。ただ、お姉ちゃんは優しいし、普段から相手に気遣って、言葉を選んで話すからだと思うよ」

「叶夢ちゃんって、たまに恥ずかしいことを、しれっとした顔で言うよね」

「えっ? 僕、誉めたんだよ」

「わかってるわよ。それが、恥ずかしいって言ってるの。でも、ありがと」


 頭を掻き、困ったような顔でお姉ちゃんは目を逸らす。


 失礼なことを言っただろうかと考えていると、玄関の方から「ただいま」という声が響き渡る。


「あっ。来夢さん、帰ってきたわよ」


 お姉ちゃんは席から立ち上がり、キッチンの方を向かう。僕はその場に座ったまま、兄さんが入ってくるのを待っていた。


「おっ。来てたか」


 ドアが開き、入ってくる兄さんと最初に目が合い、僕は手を上げた。


「お邪魔してます。ごめんね、早く着き過ぎちゃって。お姉ちゃんに迷惑かけちゃったよ」


 そう言うと、キッチンから料理を運んできたお姉ちゃんが、呆れた顔をする。


「また、叶夢ちゃんはそういう自虐的なことばっか言う。本当に懐かない犬みたいで、困っちゃうわ。ねぇ、來夢さん、どーやったらこの子懐くかな」


 相談するお姉ちゃんに対し、兄さんは「あー、心配ない」と、ハンガーにスーツを掛けながら、こちらを一瞥する。


「こいつは夕菜に十分、懐いてるから心配するな」

「また、來夢さんまで、適当なこと言って」

「嘘じゃないさ。叶夢は流されやすいように見えて、自分の行動には正直な奴だからな。夕菜のこと嫌っていたら、俺が呼び出した時点で速攻、断るだろうよ」


 兄さんはそう説明した後に、僕に顔を向け「なっ」と同意を求められる。僕はその回答に戸惑ったが「まあ、そうだね」と素直に肯定した。

「あー、なるほど。天邪鬼なのね」


 と、お姉ちゃんはしたり顔をするので、僕は苦し紛れに天井を見上げる。


 その後、僕達はお姉ちゃんが作ってくれたビーフシチューを食べ終え、食後のコーヒーを飲みながら、ゆっくりと寛いていた。


 兄さんが夕食に招待してくれたおかげで、皐月が死んで半年経った夜。僕は暗い気持ちで、一人夕食を食べることは避けられた。


「そういや、今日は皐月ちゃんの墓参り行ったんだろう? 確か今日で半年。誰か他に来てる人はいなかったのか?」


 僕達三人ともが、テレビのドラマに集中していたが、CMに入った途端、兄さんが思い立ったように話しを振ってきた。


「あー。うん、いたね」


 僕はテレビを見ながら答える。


「ご両親か?」

「いや、皐月の友達」

「皐月ちゃんの友達。誰だ?」


 兄さんはCM中だけの話しをしてきているの思ったが、意外にも話しの風呂敷を広げてくる。


「うん。凛ちゃんって言って、葬式の時にもいた子だよ」

「名前言われてもなぁ」


 兄さんは苦笑いして頭をかく。じゃあ、最初から聞かないでくれよ。と、突っ込みたくなった。


「ああ、私知ってる。凛ちゃんって、あの童顔の可愛い子でしょ」


 急にお姉ちゃんが、好奇心一杯の顔を浮かべて話題に加わってきた。


「えっ、なんで知ってるの?」


 兄さんと同様、お姉ちゃんも知らん顔をすると思っていたので、予想外の展開に僕は驚く。お姉ちゃんは、ニコニコと得意げな顔をしていた。


「皐月ちゃんの葬式の時にさ。独特っていうか、なんか不思議な雰囲気を持った子がいたから、気になって話しかけてみたんだ」

「そんな理由で話しかけにいくとは……なんというか、お姉ちゃんらしいね」


 社交的というか、物好きというか。そう言えば、凛ちゃんもお姉ちゃんのことを綺麗な人、という認識を持っていたな。


「なんか、さりげなくではあったけど……凛ちゃんって子、叶夢ちゃんに視線送ってたからさ。気になって話してみたら、皐月ちゃんの友達なんだってね。最初、叶夢ちゃんのこと好きなのかなーって、お姉ちゃん、気になっちゃって」


 てへっと、お姉ちゃんは舌を出して、おどけてみせている。


「そういうんじゃないよ。凛ちゃんは、僕の心境が気になったんじゃないかな。皐月と凛ちゃんは親友同士だったし。多分、僕と同じくらい、皐月を大切にしていたから」


 そう話すと、兄さんは咎めるような厳しい目を向ける。


「大切な人を思い続けることと、引きずることは違うぞ。その凛ちゃんはどうか知らんが、お前は後者だな」


 一瞬、静寂な空気が流れる。静かだが、物言いできない厳しさがそこにはあった。


 僕が返す言葉が見つからず俯くと、お姉ちゃんはすぐに「來夢さん!」と叱るように、兄さんの胸を肘で突く。


 兄さんは頭を掻いて、やれやれといった感じに補足を加えた。


「まあな。わからなくもないよ。大切な人が死んだんだ。そう簡単に割り切れないと思うけど、あれからもう半年だ。もうそろそろ、いいんじゃないか? いつまでもお前がそんな顔をしてたら、一番悲しむのは皐月ちゃんだぞ」


 兄さんが言うことは最もだ。僕が仮に皐月の立場なら、いつまでも地に足が付かない相手を見たら辛い。


「うん、そうだよね」


 一応、その場は素直に頷く。でも、自分の中にあるモヤモヤが消えることはなかった。そんな僕の気持ちを察してか、兄さんは困ったように頭を掻く。


「悪い。少し無神経な言い方しちゃったな。まあ、俺が言いたいことは、一人で全部抱え込むなってことだ。叶夢はさ、一人で全部抱え込むところあるからさ。皐月ちゃんがいなくなっても、お前には父さんや母さん、そして、俺達だって付いてるんだから」

「そうだよ。叶夢ちゃんは一人じゃないんだからね」


 兄さんの言葉に同調するように、お姉ちゃんも力強く頷く。僕は素直に嬉しいと思う反面、複雑な心境だった。


 僕は本当に一人じゃないのだろうか、と。

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