第4話 双子の存在
結局、その後、喫茶店では一時間程度の雑談をした。
店を出た後は真っ直ぐ車で、凛ちゃんが住むマンション前まで行き、車を停止させる。初めて来たが、新築に近いマンションだ。
「へぇ。いいマンションに住んでるんだね。部屋は広いの?」
「1LDKなんで、一人で住むには広い方ですかね」
「一人? なんだ、彼氏と同棲しているのかと思った」
何気なく思ったことを口にすると、凛ちゃんは不機嫌そうに顔を顰める。
「彼氏なんていませんよ。ずっと、一人暮らしです」
「そうなの? 凛ちゃん可愛いのに」
「可愛くありません」
凛ちゃんは怒っているのか、照れているのか、判断つかない複雑な顔をする。
悪いこと言ったかな? と思いながら、凛ちゃんの横顔を見つめていると突然、携帯電話の着信音が鳴り響く。
聞き慣れた音楽。どうやら、自分のポケットからだ。僕は「ちょっと、ごめんね」と断りを入れてから、液晶画面を確認する。
相手は兄から。僕はすぐに通話ボタンを押す。
「もしもし」
「おお。叶夢か」
携帯電話越しから聞こえる兄の声に、僕は少し安堵の息を漏らした。
僕の兄。名前は水野來夢。年齢は二十九歳。四つ年上の兄だ。今はコピーライターとして働いている。
責任感が強く、面倒見がとてもいい性格だ。多趣味で兄弟なのに似ていないと言われることが多い。例えが難しいけど、僕がぼんやりとした頼りない感じの童顔に対し、兄さんは落ち着いた性格で、彫り深い顔立ちをしているため、実年齢より上に見られることが多い。
余談だが、兄は幼い頃、ずっと自分の名前を嫌っていた。來夢と書いて、ライムだ。今はキラキラネームが流行っているが、当時にしては兄の名前は珍しく、よくからかわれたそうだ。
僕も叶夢でカナメだから、兄ほどではないが、結構珍しがられた。
來夢と叶夢。子供二人に夢という字を付けるくらいだから、なにか深い理由があるのだろうと昔、命名した父さんに質問したところ「理由? 別にないよ。しいて言うならあれだな。夢があっていいだろう」などと、ギャク混じりなことを言われ、話しにならないな、と思ったことを覚えている。
親はいい。好き勝手な名前をつけても、最後までその名と共に過ごし、墓場まで持っていくのは、命名された子供本人なのだから。
とはいえ、今のキラキラネームなんて、今鹿と書いて、ナウシカ(ジブリファン?)とか、本気と書いて、マジ(こんな名前付けられたら、長い人生、息抜きできなくなるな)とか、精飛愛と書いて、セピア(てか、もう下ネタだよね)なんて名前があるから、それに比べれば、兄さんの名前なんて可愛いものだ。
「どうしたの?」
僕は単刀直入に要件を聞いた。
「いや、今日は休みとってると思ってさ。夜暇だったら遊びにこいよ。どうせ、皐月ちゃんいなくなってから、ろくに自炊もしてないんだろ」
「そんな心配しなくて大丈夫だよ」
僕は反抗するように言い返すが、実際のところ、悪い気分にはならなかった。
兄さんの良いところは、皐月を死んでから人と距離を置く僕に対して、遠慮する素振りもなく、前と変わらず、自然に接してくるところだ。
大抵の人が僕を腫れ物に触れるように扱うのに対し、兄さんはそれがない。本人曰く、実の弟にそんな気遣いするなんて、バカバカしいと思うとのこと。そりゃ、そうだ。
「バカ。俺は心配なんてしてねぇよ。夕菜がうるせぇんだよ。叶夢ちゃん、呼べ呼べってよ。まあ、何時でもいいから来いよな」
と、一方的に用件を伝えると、電話が切れてしまった。
僕はポカンとしてしまったが、横にいる凛ちゃんの視線に気付き、すぐ顔を傾けた。
「ごめん。兄さんからだった」
僕がそう言うと、凛ちゃんは何故かホッとした顔になる。
「そういえば叶夢さん、お兄さんいましたよね。お葬式の時に見ましたよ。叶夢さんとは雰囲気も似てなかったから、兄弟って聞いた時はびっくりしましたけど……大人ぽくて、格好いい方でしたね。叶夢さんとは全然違う」
「僕は不細工ってことかね」
「いえ、そんなつもりでは。叶夢さん、面白い顔だから、私は好きですよ」
面白い顔って何だ? 大人しい子だと思って構えていたら、とんでもない毒を吐く子なんだと、今更知ってしまった。本人は冗談ぽい口調じゃないし、きっと本音なんだな。逆に傷付くけど。
「確か、もうご結婚されているですよね? お兄さんと一緒にいた綺麗な人……叶夢さんがお姉ちゃんと言って、慕っていたのを見かけたので」
「いや、それは」
凛ちゃんの言葉に対し、僕は恥ずかしさから目を伏せる。
「一応、婚約中だけど、結婚はまだだよ。でも、近い内に結婚するとは思うけど」
「えっ? そうなんですか」
「僕がお姉ちゃんと呼んでいるのは、僕が兄さんの彼女を慕っているから。勝手にそう呼ばせてもらってるだけだよ」
とはいえ、結婚する前に兄、姉の彼女彼氏に対し、弟、妹がお兄ちゃん、お姉ちゃんと呼ぶのは、けして珍しくないとは思うけど。
でも、凛ちゃん本人はそう思っていないのか、目を瞬きさせ、驚きの色を示す。
「へぇ。叶夢さんが上辺抜きで慕うとは、珍しいこともあるんですね」
僕は凛ちゃんの言葉に面食らう。
この子、天然かと思ったら結構、鋭いんだな。
「凛ちゃんは兄妹とかいないの?」
同じ話題で、今度は僕が質問する。
「いますよ。兄妹ではないですけど、双子の妹が」
凛ちゃんは聞き流していいような淡々とした口調で話すが、僕は初めて耳にした情報に驚く。
「えっ、凛ちゃん。双子いたの? じゃあ、凛ちゃんとそっくりなんだ」
「ええ。顔は瓜二つですよ」
「見分けがつかないくらい?」
双子の子にこんなことを聞くのは失礼と知りながら、つい口にしてしまった。しかし、凛ちゃんは嫌な顔一つしない。きっと双子の子達は何度も経験する、あるある質問なんだろう。
「どうですかね? まあ、鈍い叶夢さんには、見分けがつかないかもしれません」
不愉快な顔はしなかったが、さらりとした口調で凛ちゃんはまた毒を吐く。
「凛ちゃん、僕のこと嫌い?」
「冗談ですよ。機会があったら今度、紹介しますね」
凛ちゃんは控えめに笑うと、社交辞令とも取れる返しを最後に、別れを告げた。




