エピローグ
季節は春から夏に変わる五月。
枝々に桜の花も既に散ってしまい、緑の木々が揺れていた。
僕は車に降りると、子供達のはしゃぐ声が響き渡り、それを停止するように母親が穏やかな声で呼び止める。
春を感じさせる生温かい日差しを感じながら、僕はその光景を横目に車のトランクから、忘れな草と線香を取り出す。
「あっ。ごめんね、全部、持たせちゃって」
妻は子供を追っていたが、僕を気にかけるように振り返る。
「うん、いいよ。それより、爽香達について行ってあげて。転ぶと危ないから」
僕はマイペースにそう言うと妻はニコッと笑い、子供の姿を追っていく。
今日は五月十八日。皐月の命日だった。
僕達は墓参りにきていた。
皐月の墓の前には凛と子供二人が立って、僕が来るのを待っていた。
「お父さん。遅いよ!」
「あー。ごめん、ごめん」
女の子はマイペースに歩く僕に口を尖らせる。
あっ。紹介しないといけないね。
子供二人の内、一人は今年で五歳。女の子で名前は爽香。僕の娘だ。
お姉ちゃんという自覚もあり、最近、口煩くなってきた。
もう一人の子は今年で三歳。男の子で名前は優。僕の息子。爽香とは真逆で、大人しい子であり、黙っていつもお姉ちゃんである爽香に付いて離れない。
ちなみに僕の奥さんは凛ちゃんだ。なので、今は星野凛ではなく、水野凛だ。
時が経つのも早いもので、ここで二人が付き合ってから、既に七年という月日が流れていた。
あの時、二十五歳だった僕も今では、三十二歳だ。
仕事は今も保育士として同じ場所で働いている。七年前と比べて、自分は成長しているかどうかは定かではないが、今は新人先生の教育係も担当している。
凛は今、自動車関係の工場でパートとして働きながら、両立してしっかりと二人の子供を育てている。
オドオドした頼りない姿はそこにはない。凛は子供が出来てから、かなり母親らしい顔になった。
毎年、皐月の命日とお盆には家族でここに来ている。
さすがに子供が出来た後も、ここに来るべきか迷ったが、それを相談すると凛はまだ0歳児だった爽香を抱きながら、首を傾げていた。
「どうして? 私はあの日、私も皐月も背負って生きていくって、叶夢に言われてからは、私は子供が出来た後もずっと、墓参りには行くつもりだと思ってたよ。それにさ、子供にも皐月のことは話したいじゃない」
と、僕が気になって聞いたのが、愚問であったかのように、凛は迷いのない目をして、そう言い切った顔は今でも鮮明に覚えている。
「ねぇ。皐月ちゃんはどんな人だったの?」
爽香は線香をあげて、手を合わせて拝んだ後、顔を上げ、不意にそんな質問を投げかけてくる。僕と凛は顔を見合わせて、二人で腕を組んで考え込んだ。
「なかなか一言じゃ、言い切れないけど……優しい人だったよ。この人がいなかったら、お父さんとお母さんは、結婚してなかったかもしれないしね」
僕がそう言うと、凛も納得しなように頷いている。
「それじゃ、私も優も生まれてこなかったね」
そうだな。何気なく、爽香が言った言葉に、僕は運命的なものを感じた。
皐月が死んで、葬式でお姉ちゃんが凛と出会わなかったら。
あの日、凛が葵という架空の人物で僕に接触してなかったら。
あの日、凛と二人で卯子酉神社に行かなかったら。
あの日、母さんから皐月の手紙を渡されなかったら。
そう。このいろんな出来事全ての内、どれかが欠けていたら、僕と凛は付き合うまでに至らなかったかもしれない。
凛は「そうだね」と微笑み、爽香の頭を撫でた。そんな時、優は黙って僕の足の裾を引っ張る。
僕はその場にしゃがみ、優を抱っこした。すると、優は声を出さないものの、満足げな顔で腕を僕の首に手を回す。
「あー。ずるい! 私も!」
今度は爽香が羨ましいそうな顔を見上げ、不満そうに頬を膨らませる。
「じゃあ、お母さんが代わりに抱っこしてあげるね」
そう言うと凛は爽香を抱っこし、僕の顔を見て微笑んだ。
「行こうか。叶夢」
「そうだね」
互い目で合図し、僕達は歩き出す。
「皐月ちゃん。また来るねぇ」
爽香は大きな声でそう言うと、皐月の墓に向かって大きく手を降った。
次の瞬間、大きな風が吹き、僕達は近くの木々が揺れるのを目で追っていた。
「あっ」
「どうしたの?」
僕が声を漏らすと、凛は目を丸くして、こちらを見る。
「いや、なんでもない」
僕はすぐに首を振ると、もう一度、皐月の墓を見つめた。
「ありがとう」
今、その木陰で皐月がそう言って笑っている。
僕はそんな気がしていた。
想い出の場所へ ~赤い布の真相~ 完




