第33話 支えていたもの
折角、岩手まで来たのだから、何処か寄って帰る予定だったが、最寄りの高速道路に入り岩手から宮城へと突っ走る。
高速道路から一般道に出て、目的地に辿り着いたのは、十時過ぎ。
最初に向かった場所は、皐月の墓があるお寺へ向かっていた。
凛ちゃんは今日、仕事の可能性があるため、連絡する前に皐月に自分の気持ちを報告する必要があると思ったのだ。
今日は平日ということもあり、お寺の駐車場もがらがらで、人通りが少ない。僕はお寺近くの店で線香を購入し、皐月の墓へ向かう。
道の角を曲がり、皐月の墓付近に近付くと、先客の姿に僕の足は止まる。
あれは葵。いや、凛ちゃんか。
長い髪の黒髪ではなく、短い髪の栗色だったので、葵かと一瞬、勘違いしたが、そんな人物は存在しない。そうか。凛ちゃんはもう四カ月前から短い髪になっていたわけか。
それをずっと、私生活ではカツラを付けて、一人二役を演じていたわけだ。そう考えると、かなりの労力を使ったに違いない。
今となれば、それも必要ない。ある意味、ホッとしたところもあるはずだ。
ちょうど今、着いたところなのか、花瓶に花を入れ替えている途中だった。
あの花は忘れな草だろうか。距離として、十メートルほど離れていたため、はっきりとは見えないが、青い色したコスモスのような花なので、間違いないだろう。
花を取り替えてから、凛ちゃんは皐月の墓に向かって、なにか言っているようだ。
なにを言っているのだろう?
僕は凛ちゃんに気付かれないよう、死角となる場所からそっと近づく。失礼だが、近くの墓に隠れて耳をすませた。
「皐月。ごめんね、私、約束破っちゃったよ。叶夢さんはとは絶対、付き合わないって言ったのに、双子なんて嘘言って付き合ったんだ。そんな嘘、無理があるってわかってた。すぐに本当のことを話さなきゃって思っていた。でも、叶夢さんと一緒にいるのが本当に幸せで。ずっと、言い出せずに付き合っていた。でもね、それもこないだバレちゃったよ」
けして大きな声ではないが、はっきりと凛ちゃんの声が聞こえた。
墓に隠れているような状態になっているため、凛ちゃんの表情まではわからない。
「私はもう十分、満足したからいいんだ。でも、どうしよう。皐月……私、叶夢さんのこと傷付けちゃったよ」
涙声で嗚咽気味の声が響く。泣いているのだろうか、と僕は一瞬躊躇した。
「私、叶夢さんの人生、メチャクチャにしちゃったよ。どうしよう。私が騙したせいで今後、叶夢さんが誰も信じられなくなったら。皐月、お願い。私の人生を犠牲にしてもいい。叶夢さんがこれからの人生、笑っていられるよう見守ってあげて」
僕は凛ちゃんの言葉を耳に確信した。
この子も皐月と一緒で、僕のことを真っ直ぐに愛してくれて、支えてくれたんだな。
僕は隠れていた場所から出て、凛ちゃんに歩み寄った。
丁度、線香をあげ終わったところだった。凛ちゃんは立ち上がり、こちらの視線に気づいたように顔を僕の方に向ける。
「叶夢さん!」
凛ちゃんは目を丸くし、驚いたように口を抑える。
やはり、泣いていたのか目が充血していた。
僕はどんな顔をしていいかわからず、持っていた線香に火をつけて、その場をしゃがむと皐月の墓に供えて手を合わせ、目を閉じ、皐月の成仏を祈った。
二人に会話はない。凛ちゃんはなにも言わず、僕の姿を見つめていた。
目を開けて、僕は皐月の墓に向かって口を開いた。
「皐月。僕さ、最近まで葵っていう、凛ちゃんの双子と付き合っていたんだ。でも、別れちゃったよ。自分を騙したのが許せなくて、一方的に別れようって伝えたんだ」
僕は胸の内を素直に打ち明ける。
それは皐月への報告でもあるが、凛ちゃんに向けての言葉でもあった。
「いや、びっくりしたよ。だって、葵って子は本当はいなくて、正体は凛ちゃんだったんだ。僕が鈍いのもあるけど、凛ちゃんも大した演技力だよ。いや、一本とられたね。それにこれには続きがあってさ、お姉ちゃんも凛ちゃんとグルだったんだよ。二人して僕に嘘をついていたわけだ」
皮肉とも取れる僕の話しを、凛ちゃんは口を挟んで否定することなく、黙って聞いている。
僕は頭を掻き、そのまま、続けた。
「でも、頭を冷やしたら気付いたよ。僕はみんなに支えられていたんだね。僕はいつも自分のことで頭が一杯だった。みんなも自分の人生を生きるのに精一杯だったはずなのに、みんなはそんな僕を見捨てず、手を差し伸べてくれた」
そう伝えてから、僕はその場を立ち上がって、凛ちゃんの方を視線を移した。
「だから、決めたよ。僕は葵とはやっぱり、別れるよ」
僕がそう言うと、凛ちゃんは困ったように目を背け、唇を噛み締めて俯いている。そして、僕はまた皐月の墓に目を向けると、一番大事な報告をした。
「葵とは別れて、凛ちゃんと付き合うよ。皐月のことも忘れない。凛ちゃんと一緒に心の中で生き続けてくれ」
その言葉で、凛ちゃんは顔を上げる。
凛ちゃんは胸に手を当てて、大きなその目は瞬きするのも忘れている。
「凛ちゃん。僕はさ、皐月が死んだばかりの時、ずっと皐月の思い出にしがみ付いていた。でも、葵という子と付き合ってから、皐月のことを考えなくなったんだ。けして、忘れたわけじゃないのに、なんでだろうって考えていた。それね、さっきわかったんだ。葵……ううん、凛ちゃんがいてくれたから、寂しくなくなったんだって」
そう言って、僕は凛ちゃんに近付き、優しく抱き締めた。
「凛ちゃん、嘘つかせてごめんね。でも、嘘ついてくれて、ありがとう」




