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忘れな草 ~赤い布の真相~  作者: 結城 智
第5章 優しい嘘
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第32話 星野凛・葵の想い

 その日の夜。自宅に帰って僕はすぐに寝床に付いた。時間は十時前だったと思う。


 なかなか眠りにつけず、僕はいろんなことを考えていた。


 眠りにつくまで、どれくらい時間が経ったかわからないが、僕は夢を見た。


 葵ちゃんと付き合う前、初めてデートをした日の夢。


 卯子酉神社で布に願い事を書いて、二人で木の枝に結んだ……あの日の夢だ。

 僕は凛ちゃんが布になにか願い事を書いている、後ろ姿を見つめいる光景を最後に夢から覚めた。

辺りはまだ真っ暗で、携帯電話の時計を見るとまだ早朝の五時前だった。


 目は不思議なくらい冴えており、それと同時に僕の脳裏はある一つの疑問が頭にまとわりついて離れなかった。


 そういえば凛ちゃん、あの時、卯子酉神社の布にどんな願い事を書いたのだろう。

 あの時は自分以外の誰か好きな本命がいて、その人と付き合えますようになんて書いていただろうと思い込んでいたが、実際はきっと違うのだろうと思う。


 今日は仕事も休みだ。


 気持ちの整理をしなさい、と言った園長先生の言葉が頭に過る。


 探したところで、凛ちゃんが書いた布を見つかる根拠はない。あんなにたくさんの布が結ばれていたんだ。もう、四カ月以上経っているし、処分されている可能性だってある。圧倒的に見つからない確率の方が高い気がする。

 それに卯子酉神社まで、ここから高速道路を使っても二時間かかる距離だ。そこまでして、行くまでの理由はないと思う。


 ただ、この時、僕は無性にそのことが気になって仕方なかったのだ。


 よし。行こう。


 僕はベッドから身を起こすと、すぐに外出する支度を始めるのであった。




 身支度を終え、家に出たのはちょうど五時を過ぎたくらいだった。


 コンビニに立ち寄り、コーヒーとパンを買うと、最寄り高速道路に入り、卯子酉神社まで行くため、岩手へと向かった。


 室内に流れる音楽も耳には入らず、僕は運転中、葵と名乗った凛ちゃんとの出会いから、付き合った日々の記憶を思い返していた。


 高速道路を降り、卯子酉神社に着くまでの道のりの景色がとても懐かしく感じた。そんな昔ではないのに。


 着いた時、時刻は七時を回っていた。


 以前来た時は夏だったっけな。頬を通る風がやけに冷たい。


「卯子酉神社か」


 鳥居の中心に記された【卯子酉】という標示を見上げてから、意を決して中に入っていく。


 数本の大木と小さな祠内に赤い布が一面に結ばれている。


 周辺は赤一色。

 この辺り周辺を布を数えたら、千はくだらないだろう。祠にも布がたくさん結ばれているし。


 僕は辺り見渡しながら、眉間に指を当てて記憶を呼び起こしていた。


 凛ちゃんはあの時、どの辺りに結んでいたか思い出す。自分の結んだ場所も何処だったか曖昧なくらいだしな。


 探すか。

 かなり時間がかかりそうだし、人のを見るなんて不謹慎だが、心に灯った衝動を抑えることができなかった。僕は周辺に人がいないことを確認してから、勘を頼りに手当たり次第に辺りの布を探す。


 喜実子ちゃんとの恋がうまく行きますように。

 仕事がうまく行きますように。

 第一希望の高校に受かりますように。

 病気せず、健康で過ごせますように。


 みんなが神社で書く願い事なんて、大体が同じようなものだな。まあ、みんなが健康で過ごせますように、なんて書いた僕も人のこと言える立場ではないが。


 そもそも、ここって祀られているのは恋愛の神様だよな。僕も含めて半分くらいの人が勘違いしている気がする。


 願い事の内容よりも、下に記入した名前で探した方が早く見つけられる気がする。名前を星野凛か星野葵にしたかはわからないし、なにより名前を書いてなければ、見つかる可能性はほぼゼロに等しい。


 参ったな。いざ、その場に立って考えてみると、凛ちゃんが書いた布を見つけようなんて軽率だったのではないかと弱気になってしまう。


 最初は無心で探していたが、段々と諦めが脳裏を過っていた。


 そんな時だった。


 僕はついに見つけたのだ。凛ちゃんが書いた布を。それを手に僕は言葉を失う。


 名前を目印に探していたが……見つけた時は違った。願い事の内容。すぐかき分けて探していた僕の手は止まった。


【叶夢さんがずっと笑っていますように。星野凛・葵】


 なんだよ、この願い事は。


 僕がずっと笑っていますようにって。凛ちゃんはそんなことを書いていたのか。


 叶夢さんと付き合えますようにとか、そういう内容の方がまだ納得できた。いや、そうあって欲しかった。願い事なんて、普通は自分の欲望を満たす願いであるべきだ。


 なのに、凛ちゃんの願いは違っていた。


 凛ちゃんは自分の私利私欲で、葵ちゃんなんていう人物を作ったわけじゃないと思うよ。


 僕の頭に昨日、母さんが口にした言葉が過る。


 今思えば、確かにそうだ。凛ちゃんは葵という人物を演じて、僕に嘘をついていたのは紛れもない真実。でも、凛ちゃんが言うように、僕は凛ちゃんから直接、付き合って欲しいと言われたら僕は間違いなく、断っていたに違いない。仮に付き合ったとしても、皐月の親友と付き合うという罪悪感で、お互い苦しんいたかもしれない。


 葵ちゃんと付き合った僕は少しずつ、皐月を失った心の穴が埋まっていくのを感じていた。しかし、それは皐月を忘れることで、埋められた穴ではなかった。


 付き合う前に葵ちゃんが言った。


 皐月のことを忘れてほしくはない。ずっと、想っていればいいと。


 普通の子だったら嫌だと思うことだ。しかし、凛ちゃんは違う。皐月のことを忘れたくないのは、凛ちゃんも一緒なのだ。


 皐月の死は僕以上に皐月の両親はもっと辛かっただろうし、親友である凛ちゃんだって僕と同じくらい辛い出来事だったはずだ。


 でも、みんな悲しみを乗り越え、前を向いて一歩ずつ、進んで行こうとするのだ。


 それは当然、自分のためでもあるけど、死んだ皐月のためでもあると知っていたから。


 私を忘れないで。


 皐月が死ぬ直前、僕に残した言葉の本当の意味。


 凛ちゃんが必ず、皐月の墓参りで忘れな草を持ってきた理由。


 もしかすると、皐月も死ぬ前、凛ちゃんに好きな花を忘れな草と事前に伝えていたのではないだろうか。


 皐月は自分が死んだ後に、僕と凛ちゃんが繋ぎ合うことを願って。


 なんだよ、それ。どいつもこいつも、人の心配ばっかりしやがって。自分を支えることで精一杯だったくせに。


 僕は目尻が熱くなり、涙がぽろぽろと零れ落ちた。


 皐月が死んだ時も流れなかった涙が今、止まらずに零れていく。


 母さんの言う通り、僕はみんなに大事にされていたのだ。

 それなのに、凛ちゃんやお姉ちゃんに騙されていたなんて、勝手に思い込むなんて大馬鹿野郎だ。


 僕は服の裾で目を拭くと、意を消して頷いた。


 今まで後ろ向きで逃げていた自分を捨てるため、僕は車に乗り込むのであった。


 戻ろう。そして、伝えよう。凛ちゃんに僕の気持ちを。

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