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忘れな草 ~赤い布の真相~  作者: 結城 智
第5章 優しい嘘
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第31話 母の想い

 文章はそこで終わっていた。僕はなんとも言えない気持ちで、テーブルに手紙を置いた。


 母さんは僕を一瞥すると、テーブルに立て肘をついて、いつもらしくない落ち着いた声で切り出した。


「母さんもさ、これを最初、読んだ時は嬉しかったよ。あんたみたいな頼りない男をこんなに想ってくれたなんてさ」

「うん。僕もそう思ってるよ」

「それとさっき、あんたが話した内容を一通り聞いて、わかったことがあるの」

「なに?」

「ああ。きっと、あんたは皆に大事にされてるんだなって」

「僕が、みんなに?」


 いや、別に酷い扱いをされているとは言わないが、ここでそういう言葉が出てくるのは想定外だった。


「保育園でも、先生や生徒達に大事にされている。お兄ちゃんもそうだけど、夕菜ちゃんだって、不愛想なあんたを本当の弟みたいに思ってくれているでしょ。お父さんだって、あんたには甘いしね。別に母さんは、あんたの性格がいいなんて言うつもりはないけどさ……あんたはきっと、差別しないでみんなに優しかったのね。だから、みんなもあんたに優しいのね」


 母さんは微笑み、少し誇らしげに言う。


 僕はこの時、母さんが昔、僕に言った言葉を思い出した。


 人と人って、キャッチボールみたいなものなのよ。優しく投げれば、優しく投げ返されるし、強く投げれば、強く返される。だからね、叶夢……バカでもいいから、優しさだけは手抜きしないで生きなさい。


 当時、小学生だった僕は、その言葉の真意がわからなかった。


 子供の頃、うちの教育方針として、テストの点数が悪かったり、通信簿が悪かったりしても親に叱られた記録がなかった。だから、別の友達が通信簿を見て、親に怒られると真っ青になる姿を見てきて、大変だなぁと他人事のように見えていた。


 その代わり、嘘をついたり、誰かを傷つけたり、汚い言葉を使った時は絶対に許されなかった。最悪、ゲンコツが頭にくるか、手が顔に飛んできたこともあったくらいだ。


 嘘をついたり、誰かを傷つけたり、汚い言葉を使ってしまうと、必ずそれは自分の身に返ってくるものだと、実際に身を持って知っていったのは高校生くらいになってからで、その時、改めて母さんの言った言葉の真意を理解した気がする。


「母さんはね、皐月ちゃんにこういう手紙をもらったからって、特別に凛ちゃんへ肩を持つ気はないわ。私はあんたが選んだ道なら応援するし、否定することもしない。でもね、自分は裏切られたなんて、バカな勘違いはしちゃダメだよ」


 と、厳しい視線を僕に向けて、母さんは続けて言った。


「母さんね、凛ちゃんは自分の私利私欲で、葵ちゃんなんていう人物を作ったわけじゃないと思うよ。凛ちゃんはきっと、自問自答を繰り返していたと思う。

 皐月ちゃんと約束したものの、あんたの気持ちが膨らみ、嘘をつくのが辛くなってきた。でも、親友である皐月ちゃんを裏切ることは絶対に許せない。その結果、浮かんだのが双子という架空の人物を作ることだったのね。今思えば、最初あんたの部屋で葵ちゃんって紹介された時、私も凛ちゃんだと思ったもん」

「えっ。気付いていたってこと?」

「ううん。あんたに凛ちゃんの双子の葵ちゃんって紹介されたからね、はなから疑うことはしなかったけど……違和感はあったわ。

 母さんも皐月ちゃんに手紙をもらってから、皐月ちゃんの葬式で、凛ちゃんと会ったからね。注意深く見ていたの。何故か、夕菜ちゃんと仲良くなっていたから、私も知らん顔で話しに加わったりしてね。あの時、凛ちゃんが無意識にあんたの横顔を見つめるあの寂しそうな目が忘れられなかったの。葵ちゃんもさ、その寂しそうな目と瓜二つだったから変だと思っていたの」


 なるほど。凛ちゃんと最初に出会ったタイミングは、母さんもお姉ちゃんも一緒だったわけか。


「でも、双子だし、目の形だって一緒じゃない」

「バカね。全然、違うわよ。いくら顔が似て生まれた双子も、生きていく環境や経験が異なれば、互いの目付きは全然違くなるものよ」


 そういうものだろうか。人生の先輩である母さんが言うのだから、嘘とは思わないが。


「母さんはね、嘘は嫌いよ。凛ちゃんのやったことは、いけないことだと思う。自分の娘だったら頭にゲンコツやってるわ。でもさ、そこまでして、あんたのこと想ってくれた凛ちゃんを母さんは嫌いにはなれないな」

「なんか矛盾してるね」

「そうね。だから、あんたが凛ちゃんと別れることも、反対はしない。好きにしなさい」


 散々いろんなことを言って、最後は丸投げするように母さんは話しを終話させた。


 僕が頭の整理がつかないまま、その場で考え込んだ。結局、気持ちの整理はつかないままだったが、最後に母さんに一つお願いをした。


「母さん。この手紙、しばらく貸してくれないかな」

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