第28話 黒幕
「カナメ先生。さよなら」
「はい。さよなら」
最後に残った園児の母親が迎えに来て、その子は母親と手を繋ぎ、こちらを振り返って大きく手を振った。僕も玄関前の外まで出て、その子が保育園の門から出ていき、見えなくなるまで手を振って見送る。
時計を見ると十八時過ぎ。外は既に暗く、今月に入ってから保育園入口の外灯が点く時間も早くなっていた。
もう十二月だもんな。今年もあと少しか。
そんなことを思いながら、僕は空を見上げると、ふいに大翔君が口にした言葉が脳裏をフラッシュバックする。
どうして嘘をついたか考えた? 優しい嘘もあるから、か。
その時、僕はどんな心境で子供達に伝えたんだろうな、と過去に記憶を追っていく。正直、あまり記憶には残っていないが、口にしたことは間違いないだろう。それなら僕が昨日、凛ちゃんにとった態度は間違っている、と今頃になって、少し反省する。
凛ちゃんが何故、葵という双子を演じて近付いたのか、理由は今だにわからない。
星野凛として好意を伝えても、僕が凛ちゃんを皐月の親友、という目で見てしまい、頑なに僕が拒否すると思ったのだろうか。それとも、髪を切った凛ちゃんを見て、僕が葵と勘違いしたので、双子の葵としてどこまで嘘が通用するか、遊び半分で試したのだろうか。
後者の方だったら、それはやっぱり、悪ふざけにもほどがある。しかし、実際のところ後者の可能性はかなり低い気がする。少なくても凛ちゃんは、遊び半分でそんなことはしない子だとそう願いたい。
僕の頭には、様々な想いが頭の中に脈絡もなく浮かんでは消えていく。
どうしたものか……と、そんな迷いの中、空を見上げていた顔を正面に戻すと、門の方から見覚えのある姿が近付いてきていた。
「よっ。元気?」
目が合うと、その人は微笑みながら手を上げる。
つい昨日、会ったばかりなのに、その顔はなぜか懐かしく思えた。
「お姉ちゃん。どうしたの?」
昨日、ウェディングドレスを包んでいた姿が、今となれば、見慣れた白いコートに身を包み、変わらない笑顔をこちらに向ける。
この不安定な心境の中、お姉ちゃんの存在は大きい。そう、本当は大きくて、いつもは相談するにはもってこいの相手のはずなのだが、今回は状況が少し違う。
相談ではない。むしろ、凛ちゃんより先に、この人を先に問い詰めたいことがある。
「どうしたの? もしかして、夕食の誘いとか?」
いきなり、本題に入るのもよくないと思い、僕は普段通りのおどけた様子で話しを切り出す。すると、お姉ちゃんは目を瞬きさせ、ニヤッと意地悪な笑みを浮かべる。
「あらら。様子を伺うなんて……叶夢ちゃんも、ずいぶん大人になったのね」
「どういうこと?」
「いいよ。そんな回りくどいことをしなくても。葵ちゃんの正体わかったんでしょ」
こちらが切り出す前に、相手が前置きなく、単刀直入に本題のカードを切り出してきた。予想外の展開に僕の心臓は破裂するような、衝撃が走る。
「どういうこと? 凛ちゃんに聞いたの?」
僕はすぐに話しを繋げる。その質問にお姉ちゃんは頭を掻いて、苦笑しつつ頷いた
「うん、聞いた。まあ、いつかはばれると思ったけど……叶夢ちゃんにしては、早かったね」
と、他人事のような、その口調に僕は少しだけ苛立ちを覚えた。
「結婚式に凛ちゃんを招待したところで、疑問には感じていたけど」
そう。言葉通り今、こうして実際に口に出していくと、今まで何故、気付かなったのかが不思議なくらいの疑問が浮かぶ。
「よく考えたら、結婚式に凛ちゃんを招待したことも変だ。葵を誘うなら、僕の彼女ってことで、まだ頷ける。でも、僕と凛ちゃんはただの友達。兄さんとお姉ちゃんの結婚式に誘う人物には、当てはまらないはずだよね」
僕が疑問をぶつけると、お姉ちゃんは眉間を指を抑え、大きな溜息を漏らす。
「まっ、そうなるよね。さすがに結婚式に呼ぶのは、自粛しようかと思ったけど……叶夢ちゃんなら、別に違和感持たないだろうと踏んでいたんだよね」
いや、昨日、凛ちゃん家に寄らず、帰っていたら未だに違和感は覚えなかっただろう。
「お姉ちゃんは凛ちゃんが、葵という人物を装っていたことも知っていたの?」
僕は疑問の一つを先に切り出す。次の瞬間、僕は目玉が飛び出そうになることも知らずに。
「知っていたもなにも、星野葵という架空の人物を演じることはさ、私が提案したんだよ」
その告白に僕は唖然とした。
なんということだ。ことの切っ掛けを作った黒幕はお姉ちゃんだったのか。
「前もって、叶夢ちゃんには双子っていう情報を耳に入れさせておいて、葵という人物を装って付き合えば、星野凛として皐月ちゃんを裏切ったことにはならないんじゃないかって。私も提案したものの、正直凛ちゃんが本気で行動に出ると思わなかったわよ。凛ちゃんが、あの長い綺麗な髪をバッサリ切って、髪の色も染めるまでするとはさ。その時、私も言い出しっぺだし、責任感じたよ。ここまできたら、なにがなんでも叶夢ちゃんと付き合って欲しいと思った。それはさ、凛ちゃんのためでもあるけど、叶夢ちゃんのためにもね」
お姉ちゃんは真っ直ぐな目でそう言った。けして悪ふざけなんかじゃない。お姉ちゃんなりに僕達を考えてくれた行動だということはわかる。
「でもさ、素直に応援する選択肢はなかったの?」
「はっ。どの口が言ってるの?」
正論として質問を返すと、お姉ちゃんは眉を顰めて怪訝な顔をする。
「なら、聞くけど……叶夢ちゃんは、もし、凛ちゃんに『好きです。付き合ってください』って言われたら、付き合っていた? 皐月ちゃんが死んで、他の人と付き合うことに後ろめたさを感じてた、臆病な叶夢ちゃんに」
「そ、それは……」
僕は苦しくなり、口篭ってしまう。それをチャンスとばかりに、お姉ちゃんのマシンガントークに火が付いた。
「間違えなく断っていたと思うよ。だって、凛ちゃんは皐月ちゃんの親友だもん。きっと、叶夢ちゃんは罪悪感に耐えられないでしょ。それに悪いけどさ、葵ちゃんという存在が現れなかったら、叶夢ちゃん、これからの人生、ずっと彼女も出来なかったと思うよ」
「そうかな?」
「そうよ。叶夢ちゃんみたいに、積極性もなくて、いつも後ろ向きで、特に取柄もない。ただ穏やかで優しい男なんて今時、モテるわけないでしょ。たまたま、皐月ちゃんや凛ちゃんみたいな、少しずれた感性の持ち主の人と出会ったから、運が良かっただけだよ。普通の子は無理だよ。私だったら叶夢ちゃんみたいな男、付き合えません」
ぼろくそに言われたうえ、最後は告白もしてないのにフラれる始末だ。
なんだろう。僕がお姉ちゃんに対して、問い詰めるはずが、立場が逆転してしまった。




