第27話 大翔君の助言
『人に優しくすると、人はあなたに何か隠された動機があるはずだ、と非難するかもしれません。それでも人に優しくしなさい。正直で誠実であれば、人はあなたを騙すかもしれません。それでも正直に誠実でいなさい』
この言葉はマザーテレサの名言で、僕の座右の銘でもある言葉だ。
今まで自分はこんな風に生きていきたいと思ったが、昨晩はそうなれなかった。
僕は昨日、凛ちゃんに別れ話を一方的に伝え、そのまま、その場を後にした。凛ちゃんからその後、連絡はない。
僕は今だに信じられなかった。まさか、あんな形で凛ちゃんに騙されていたなんて。
いかん、いかん。こんなことではダメだ。気持ちを切り替えないと。僕は教室に立てかけてある鏡を見て、喝をいれるように両手で顔を叩く。
「どうしたの。カナメ先生」
「うわっ。ビックリした」
誰もいない教室。いきなり、背後から声をかけられ、僕は飛び上がるように振り返る。
「あれ、大翔君? 隣りの教室でこはるちゃんと遊んでいたんじゃないの?」
「ああ。でも、トイレ行って、戻ろうとしたらさ、カナメ先生が死んだような顔して、突っ立ってるから」
「えっ。僕そんな顔してた?」
「してたよ。なんか今日、カナメ先生変だよ。全然、笑ってない。いや、笑ってるけど、作り笑顔にみえる」
鋭い五歳児の言葉が、僕の心に突き刺さる。
なんて鋭いんだ。いや、僕がわかり過ぎなのだろうか。そうだとしたら先生として情けない。
「話してみろよ。いつも俺がカナメ先生に助けてもらっているからさ。今日は俺がカナメ先生を助けてやる」
と、優しい大翔君の言葉に僕は感動を覚えながら、恥ずかしい気持ちになった。
僕はしゃがんで、大翔君の頭を撫でる。
こんな小さな子に悩みを話しても仕方ないけど、大翔君の真剣な目を見ると、相手が子供だからといって、受け流すのは凄く失礼なことだと思った。
「じゃあ、相談しようかな」
「おう。任せてよ」
僕がそう切り出すと、大翔君は任せろ、というように胸を張る。
「先生さ。凄く大切な人に、ずっと嘘をつかていたんだ。それが許せなくてさ」
「なにカナメ先生。彼女に浮気されたの?」
「いや、浮気ではないんだけどね」
真っ先に嘘といって、浮気だろうと浮かぶ大翔君も大人だなと、複雑ながら少し感心した。
「うん。でも、嘘はいけないな」
「そ、そうだよね」
腕を組んで大翔君がそう漏らすので、僕は同調したように頷く。
「嘘はいけないことだけど、カナメ先生はさ、相手がどうして嘘をついたのか考えたの?」
「えっ?」
思いがけない言葉に、僕は不意を突かれた感覚に陥る。大翔君は目を丸くして、しゃがんでいた僕の鼻に指を差した。
「なに、ビックリしてんだよ。カナメ先生がみんなによく言う言葉じゃん。嘘はつかないようしましょう。でも、嘘をつかれた場合は、まずどうして相手が嘘をついたら考えましょう。相手を思いやる優しい嘘もあるから、って」
確かに……言った。
僕は大翔君にそれを言われるまで、すっかり忘れていた。全く、人に偉そうに教育しておいて、当の本人はその言葉の意味を忘れていたとは。
「そうだね。ごめん、大翔君。先生、相手がどうして嘘をついたか、そこまで考えられていなかったよ」
「じゃあ、聞いてあげなよ。カナメ先生の彼女なんだろ。きっと、いい人だと思うしさ。絶対に優しい嘘だと思うぜ。それをカナメ先生が許せば、仲直りできると思うぜ」
「そうだね」
半信半疑に相談をしたつもりだったが、大翔君は今、自分が一番欲しい言葉ではなく、自分が一番必要な言葉を叩きつけられた気がする。
無垢な子供だからこそ、出せた答えだと思った。
「ありがとう。なんか、話したらすっきりしたよ」
「本当?」
「うん。またなにかあったら相談のってね」
「おう。いつでもいいぜ」
僕は優しく大翔君の肩を叩くと、大翔君は嬉しそうに口元を緩ませた。
僕達はその後、こはるちゃんがいる隣りの教室まで戻っていくのであった。




