第2話 星野凛
次の日。シフト勤務制である僕は、前もって休みをとっていた。
今日で皐月が死んでからちょうど半年。午前中の内に、墓参りを済ませておきたかったのだが、日頃の疲れが溜まっていたせいか、目が覚めたのは十時過ぎとなってしまった。
皐月が眠るお墓の寺は僕が暮らすアパートから、車で二十分ほど走らせた場所にある。
到着して車から出ると、エアコンのかかる車内とは違い、蒸し暑さが体中にまとわりつく。今日は三十度を越える猛暑だと、天気予報のお姉さんも言ってたっけな。
平日のせいか周囲にいる人の数はまばら。僕はバケツに水を汲んでから、皐月の墓へ向かった。
あれ、あの人は。
墓の近くまで来ると、先客の姿があり、僕の足は無意識に止まる。相手もこちらの気配に気付いたのか、僕の方に目を向けた。
「あっ。叶夢さん」
相手は少し驚いたような顔で、しかし、どこか安堵したような顔をする。
「誰かと思ったら、凛ちゃんか」
「お久しぶりです」
会釈する彼女に僕は手を上げて近寄り、バケツを置いた。
彼女の名前は星野凛年齢は二十三歳。皐月と同い年であり、皐月が一番、心を許している親友だと断言するほど、信頼されていた子でもある。
普段あまり喜怒哀楽を表にださず、おどおどとした感じの子。でも、質問したことはしっかりと受け答えするし、話しをする時は人の目をしっかり見て話すため、僕は良い子だと思っている。
パッチリとした二重瞼に童顔な顔立ち。綺麗に伸びたストレートの黒髪は、背中までかかっている。
童顔で薄化粧のせいか、実年齢より幼く見える。皐月曰く、凛ちゃんは初対面の人には必ず、未成年だと間違えられるらしい。そして、凛ちゃんはそれをコンプレックスに思っているようだ。
「凛ちゃん。今日、お仕事は?」
「一日、お休みを頂きました。叶夢さんは?」
「僕も同じだよ」
持参してきたビニール袋から線香を取り出し、墓に近付くと、添えてあった花に違和感を覚えた。
「あれ、この花」
それは見覚えがある花だった。青い綺麗な花で、確かこの花。
「この花は凛ちゃんが?」
振り返って、僕は凛ちゃんに尋ねる。
「はい。そうです」
「確かこないだも、この花が添えてあったけど。それも凛ちゃんが?」
「ごめんなさい。それも私です」
凛ちゃんは恐縮です、とでも言いたげな顔をするので、僕は慌てて首を振った。
「いや、謝らないでいいよ。ちょっと、気になっただけだから。ふーん、そっか」
僕はわざと明るい声をだし、線香をあげながらその花を見つめていた。
「忘れな草です」
と、突然、凛ちゃんが大きな声を発した。僕は不意打ちにあったような気持ちになる。
凛ちゃん、そんな大きな声出せたんだな。と、内心驚いていた。
「忘れな草?」
「その花の名前です。皐月の好きな花なんですよ」
さっきの声が嘘だったかのように、凛ちゃんの声は普段通りの、大人しい感じに戻っていた。
「へぇ。それは知らなかったよ」
「ちなみに花言葉は、私を忘れないで、です」
凛ちゃんの言葉に、僕はかんしゃく玉を噛み砕いたような衝撃を受けた。
私を忘れないで。
忘れるはずもない。その言葉は皐月が死ぬ間際、遺言のように残していった言葉の一つだ。
未だにその言葉の真意を解明できないままだが……まさか、皐月が好きな花の花言葉だったとは。凛ちゃんが教えてくれなかったら、一生知らないままだったかもしれない。
でも、皐月は何故それを僕に向けて言ったのだろう? 単純に、忘れて欲しくない。それだけの意味なのだろうか。考えてみたが、当然その答えは出てこないので、この場は諦めることにした。
僕は皐月の墓に手を合わせて一分ほどの間、目を閉じる。
成仏するように。そして、みんな元気にやってることを報告した。とはいえ、僕は今、元気なのだろうか? と、一瞬だけいらんことを考えてしまったので、無理矢理その言葉を脳裏から追いやった。
目を開けると、蝉の鳴き声が耳の奥に、心地良く鳴り響く。
「そうだ。凛ちゃん。もし、これから暇だったら、今からお茶でもどう?」
このまま、クーラーもない蒸し暑い家に一人帰るのも億劫だ。そう思い、凛ちゃんを食事に誘ってみる。
凛ちゃんはきょとんとした顔をして、少し考えるような仕草をみせたが「いいですよ」と、少し照れ臭そうに頷いた。
後に話しを聞くと、凛ちゃんはバスでここまで来たというので、そのまま僕の車に乗せてあげ、行きつけである喫茶店に向け、車を走らせて行くのであった。




