第27話 明かされた真実
「さすがに無理がありましたね」
そう一言、疲れたような声で呟くと、凛ちゃんは耳の後ろの当たりに手を伸ばすと、パチッという音が聞こえた。
次の瞬間、僕は驚きで言葉を失う。
凛ちゃんの長い黒髪は、ばっさりと取れ、栗色のショートヘアの髪が現れる。
「葵、なのか」
疑っていたとはいえ、今目の前で凛ちゃんが葵になった瞬間、僕は現実を受け入れらないまま、動揺してしまった。
「葵じゃありませんよ。叶夢さんの言う通り、星野葵は実在しない人物です。私、一人っ子ですから」
カツラを床に置くと、凛ちゃんは苦笑とも苦痛とも取れる複雑な表情を浮かべる。
「どうして? どうして、こんなことを?」
僕は頭の中が整理できないまま、混乱していた。
なにがどうして、こういった状況になってしまったのか、僕は落ち着いて思考を巡らせていく。
「どうしてと言われると……その、どこから説明していいのか」
僕と同様、凛ちゃんも困惑した様子で、指を唇に押し当てていた。
付き合っていた四ヶ月間。その間、一緒に過ごしていた葵という人物は存在しない。そして、ずっと友達だと思っていた凛ちゃんと僕は、知らずの内に親密な関係になっていたということだ。
そして、僕は葵ではなく、凛ちゃんを抱いていたことになる。
僕は凛ちゃんを目の前にして、今まで唇や体を重ね合わせていたことを思い出すと、無償に恥ずかしくなった。
「そうだよな。最初から……おかしいとは思っていたんだ」
記憶を辿っていくと、案外にすぐに違和感を見つけることができた。
そう。今思えば、最初から疑ってかかるべきだったのだ。
「おかしいって、なにがですか?」
凛ちゃんは僕の投げやりな言葉に、過剰な反応をみせる。
「僕に対して好意を持ってくれたことに対してだよ。優しい人だから、とは言ったけど、そんな理由、今
思えば漠然としている。優しい人間なんて、他の探せば、周りにいくらでもいる。大体、僕は優しくなんてない。優柔不断で頼りない人間だ」
「それは違います。叶夢さんは、確かに優柔不断で頼りないところがあります。でも、他の誰よりも優しい人だと思います。いつだって、自分のことを投げ捨ててまで、他人のことを考えている。それを叶夢さんはよく『自分は偽善者なだけ』って言ってましたけど、私はそうは思いません。私は叶夢さんほど、優しくて暖かい人を知りません」
必死な形相で凛ちゃんは否定する。しかし、今の僕にはなにも響かなかった。
もう頭の中は疑心暗鬼の状態で、情けないが、今は素直に相手の言葉を受け入れる気持ちにはなれなかった。
「じゃあ、なんで葵なんていう架空の人物を演じて、僕に近づいたんだ? 百歩譲って、凛ちゃんが本当に僕に対して、好意があったのなら、葵ではなく、凛ちゃんのままで気持ちを伝えてくれたら良かったじゃないか」
そう。そしたら、こんな結果にはならなかった。
こんな嘘、いつかはバレてしまう。そんなこと凛ちゃんだってわかっていたはずだ。だが、凛ちゃんは僕の言葉を耳にすると、苦虫を潰したような顔をみせる。
「ダメですよ」
「えっ?」
「そんなこと……そんなこと、出来るわけないじゃないですか!」
声を荒げた凛ちゃんは悔しそうに唇を噛み締め、目には大粒の涙を浮かべていた。
「ど、どうして?」
呆気に取られた僕は、反射的に聞き返してしまった。
「私は皐月の親友ですよ。そんな、皐月を裏切るようなこと……」
そう言って、凛ちゃんは縮こまったように俯いてしまう。
僕は凛ちゃんの言葉の真意を理解できなかった。なにも言い返すことが出来ないまま、二人の間に長い沈黙が流れた。
「ごめんなさい。理由はどうあれ、私は叶夢さんの気持ちを踏みにじったことには変わりありません。本当にごめんなさい」
深々と凛ちゃんは頭を下げて謝罪する。僕は少し考えてから、その場を立ち上がった。
「叶夢さん?」
放心したように顔を上げた凛ちゃんの目は充血しており、反省していることは疑いもないことは知っていた。
それでも、僕は許せなかった。
理由がどうあれ、皐月が死んで僕が傷ついていることは他の誰でもない、凛ちゃんが一番理解していたはずだ。
それなのに葵なんていう架空の人物を名乗り、僕に近付いた。
葵という存在では恋人を演じ、凛という存在では良き友人を演じていたわけだ。この四ヶ月、凛ちゃんは一体どんな気持ちでいたのだろうか。
ここで、僕が問いたださなかったら、凛ちゃんはずっと僕を騙し続けていたということだ。
それはまともな神経ではない。僕は凛ちゃんの嘘を寛大に受け入れる、心の広さを持ち合わせてはいない。
僕は凛ちゃんを見下ろして、一言簡潔に結論を伝えた。
「ごめん。別れよう」
第4章 真実 完




