第25話 違和感
「お邪魔します」
僕は誘われるまま、凛ちゃんに家に招いてもらった。
あれ、凛ちゃんって一人暮らしだよな。よく考えれば、入って良かったものか、今更ながら考えてしまった。
「どうしたんですか?」
「あっ、いや」
玄関口で突っ立っていた僕を見て、振り返った凛ちゃんは不思議そうにこちらを見ている。
「ああ、大丈夫ですよ。葵には秘密にしておきます」
「いや、そういうわけではなく」
一人暮らしをしている女の子の家に、男が入るということは、それだけで危険が伴うわけで。なんて僕が説明したらアホだな。どうやら人畜無害の男友達という、位置に置かれてしまっているようだ。
玄関を抜けて、凛ちゃんの後ろを付いて行くと、突き当たりにある正面のドアを開ける。
中は八畳くらいのダイニングキッチンだった。テレビ・ソファー・本棚と置かれている家具は一般的なもので、散らかっているといった割に文句のつけどころがないくらい、整理整頓されている。さすが凛ちゃんというべきか。
それとお香をたいていたのか、まったりとした甘い香りがする。
「今、コーヒー入れますので。座っていてください」
凛ちゃんはキッチンのヤカンに水を入れながら、僕をソファーの方に促す。僕は頷きながらすぐにソファーに座らず、本棚な方を見る。
漫画本が多いと思いきや、小説が多い。しかも、タイトルを見ると恋愛ものが多そうだ。
僕は恋愛小説はほとんど読まない。共通できる話題を作れるか期待したが、当てが外れたため、そのまま、ソファーに腰を落とした。
しばらくして、凛ちゃんは両手にマグカップを持って、テーブルにマグカップを置く。
「どうぞ」
僕の前に置かれたマグカップは、ウサギの絵が描かれている可愛いものだった。一方、凛ちゃんのマグカップはライオンの絵が描かれているものだ。
普通、逆じゃない? という、細かい突っ込みを入れたら、面倒臭い奴だと思われそうなので、そのまま、スルーしておくことにした。
「ありがとう」
僕はマグカップを持ち、コーヒーを啜る。
美味い。濃さもちょうどいい具合だ。僕はホッと一息つくのもつかの間、凛ちゃんのマグカップのコーヒーを見て違和感を感じた。
凛ちゃんのマグカップに入ったコーヒーは、ミルクが入ったコーヒーだった。一方、僕のはブラックコーヒーだった。
いや、僕はコーヒーにミルクも砂糖も入れないから構わないが、普通は事前に確認して入れるか、マグカップと一緒にミルクと砂糖を付け、ご自由にどうぞ、的な用意をしそうな気がする。
細かい気遣いを怠らない凛ちゃんにしては、珍しい行動だと思った。
気遣いを怠った? いや、違う。凛ちゃんは僕が、コーヒーにミルクも砂糖も入れないことを知っていたのだろう。だから、凛ちゃんは聞く必要ないと思った。
しかし、そんなこと知っているのは本当に親しい家族。後は皐月と葵くらいだ。
すると、葵にでも聞いたのだろうか? しかし、コーヒーの話題で、しかも僕がコーヒーをブラックで飲む話しをわざわざ、するのだろうか?
仮にそうだとしたら「葵に聞いたんですが、コーヒーはブラックでいいですよね?」くらいの一言が、凛ちゃんには有りそうな気がするが。
頭の中に小さな疑問が過ぎらせていると、急にテレビの電源が入り、画面にはバラエティ番組が流れていた。
顔を上げると凛ちゃんがリモコンを持っていた。どうやら、僕が考え事をしている、ほんの数秒の間に、リモコンの電源を入れたようだ。
「叶夢さん。ちょっと私、着替えてきていいですか?」
凛ちゃんは少し遠慮気味の口調で僕に聞く。
「あっ、うん。その姿じゃ、疲れるもんね。着替えておいで」
凛ちゃんは青いノースリーブのドレスに白い羽織物を羽織り、いつもは長く垂らしている髪をアップヘアにしていた。その姿でずっといるのは、さすがにしんどいだろう。
僕は凛ちゃんに察しられないよう、平常心に振る舞い、自分も着ていた背広を脱ぐ。凛ちゃんは「すぐ戻ります」と一言だけ告げ、一旦部屋から出ていった。
僕は凛ちゃんが部屋から出て行くのを目で追うと、ソファーから立ち上がり、脳裏に過る嫌な予感が拭えぬまま、室内を見渡す。
特に気になるものはない。すると、第六感だろうか。テレビラックの引き出しが気になった。
あまりにも非常識だろうという罪悪感があったが、先程出てきた疑問を解消したいという気持ちの方が大きく、僕の体は無意識にテレビラックに近づき、凛ちゃんが出て行ったドアを一瞥してから、引き出しをゆっくり開けた。
こ、これは……。
引き出しに入っているものを漁るまでもなく、開けた途端に目に入ってきた『あるモノ』にぞっと鳥肌が立ったような恐ろしさを覚えた。
なんで、これが凛ちゃんが……。
ちょっとしたことから生まれた小さな疑問が、疑念に変わった瞬間だった。
僕は引き出しを閉めると、ソファーに戻り、携帯電話を画面を開き、ネット回線に繋いて気になることを検察した。
凛ちゃんは十分もしない内に戻ってきた。頭の中は疑念で一杯だったが、僕は平常心を保ち、雑談を交わしていた。
話題は互いの仕事の話しや、最近見たテレビの話しで、ずっと頭に過るモヤモヤは残ったままだった。




