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忘れな草 ~赤い布の真相~  作者: 結城 智
第2章 初デート
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第15話 好きなところ

「撫でるの上手ですね」


 しばらく撫でていると、葵ちゃんは顔を上げて下唇を噛む。


「そう?」

「他の子にも、よく頭撫でたりするんですか?」

「まあ、職業柄多いかな」

「そうじゃなくて、一人の女性に対してって意味です」

「ああ、それはないよ。好意があるって、勘違いされても困るからね」

「じゃあ、私には勘違いされてもいいんだ?」


 葵ちゃんは撫でていた僕の腕を掴むと、にっと口元を緩ませた。僕はそんな葵ちゃんを見て、掴まれた腕を振り払うことなく、その状態のまま、ひとつの疑問をはっきりさせることにした。


「葵ちゃんはさ。その、僕が男に見えるの?」


 いきなり直球で聞く。かなり恥ずかしい質問だった。


 これが勘違いだったら、恥ずかしい思いをする。だけど、はっきりさせない限り今後、葵ちゃんにどう接していいかわからなくなってしまう。


「男としてって……私、別に叶夢さんをオカマとは思ってませんけど」


 眉を顰めて『この人、なにを言っているんだろう?』という怪訝な目を向けられる。


 直球のはずが、かなり漠然とした質問になっていたようだ。


「いや、だからさ、僕を一人の男として好意があるのかってこと」


 なんで、僕がこんなこと聞かなきゃいけないんだろう。と、恥ずかしさに耐えながら核心をつく。


「ありますよ。じゃなきゃ、誘わないでしょ、普通」


 僕とは違い、葵ちゃんはストレートに回答する。


「でも、僕のこと最初、安全ピンだと思ったんでしょ。凛ちゃんの妹だから、絶対に手を出すことはないという前提で」


 そう。恋愛感情抜きと割り切れたから、今回だってこのデートが実現したわけで。そうでなければ、こんな困惑するようなことにはならなかったはずだ。


 しかし、そのことを口にすると、葵ちゃんは大きく溜息を漏らし、軽蔑したような目をする。


「仕方がないじゃないですか。なら言わせてもらいますけど、仮に私が直球でデートしましょうって言ったら、叶夢さんはOKしてましたか?」

「そ、それは……」


 的確に痛いところを指摘され、返す言葉を失う。


「答えられないのであれば、代わりに答えます。答えはNOです。叶夢さん、ダメなんですよ。デートって言えば、自然と死んだ皐月さんのことを考えて、罪悪感に押し潰されてしまう。実際、昨日もそうでした。実は私、凛に前々から言われてたんですよ。もし、叶夢さんと会う機会があっても、デートしようという誘い文句だと、絶対に叶夢さんは断るって」


 その通りだ。現に僕は無意識にも最初、誘ってくる葵ちゃんを警戒し疎ましいとも思った。でも、自分が恋愛対象ではないと知ると内心、ホッとする自分もいた。


「でも、残念でしたね。私は凛とは違います。私は皐月さんのことで、叶夢さんに同情や遠慮をするつもりはありません。非常識だろうと、私は私のやり方で叶夢さんに付き纏います」


 と、自信満々に言い切った。


 葵ちゃんの気持ちは正直、嬉しい。ただ何故、僕なんだろうか?


 相手から逃げる、逃げないではない。そもそも、僕に好意を寄せる理由がわからない。


 葵ちゃんは可愛いし、明るいんだから学校でいくらでも出会いがあるだろうし、自分から進んで行動しなくても、寄ってくる男はいくらでもいるんじゃないだろうか?


「どうして、僕なの?」

「どうして?」


「いや、だって僕、どう見ても容姿がいいわけでもないし、性格だって頼りないでしょ。それに僕等、昨日会ったばっかりの関係だし」


 僕は一番聞きたかったことを質問する。


「人を好きになるのに、理由や時間は問題になりますか?」

「そういうわけではないけど」


 腑に落ちない様子の僕を見て、葵ちゃんはやれやれとこめかみを抑え、小さく溜息を吐く。


「まあ、そうですね。叶夢さんはお世辞にもイケメンではないですし。頼りないところが、イライラします」


 はっきり言われ、僕は呆気にとられる。認識はしているが、面と向かって言われると傷つくものだ。


「でも、一緒にいると安心します。なんだか、頼りないお兄ちゃんって感じ? 凄く落ち着きます。それと凛も言ってましたが、やっぱり優しいですよ。叶夢さんは」

「優しい?」

「だって、私うるさいでしょ?」

「まあ、多少」

「そこは正直に答えるんですね」

「あっ、ごめん」


 慌てて訂正するが、もう遅い。ただ、葵ちゃんは気にした様子はなく、話しを続けた。


「叶夢さんは多分、私だけじゃない。小さい子から、年配の方まで。可愛い子でも、不細工な子でも、叶夢さんは誰に対しても平等に優しいと思います」

「八方美人てこと?」

「まあ、悪い言い方をすればそうですね。でも、いいことですよ。大抵の人が可愛い子に優しくて、目上の人間にはペコペコする。そして、興味ない異性には素っ気なかったり、目下の人間には偉そうにしたりするじゃないですか」

「そういうものかな?」

「そういうものです。でも、叶夢さんは違う。誰に対しても、その人の人格を否定することなく、ありのままの姿を受け入れる包容力があると思います。それってなかなか、できることじゃないですよ」


 僕は驚いていた。いや、自分が褒められたことに対してじゃない。


 昨日、出会ったばかりの関係でしかないのに、この子は相手の人間性をそこまで観察し、はっきり断言できるほど見抜く力を持っている、ということに対してだ。


 葵ちゃんの言葉をそのまま借りるが、それもなかなか出来ることではないと思う。


 それともうひとつ。


「それ、言ってくれたの、皐月に続いて葵ちゃんが二人目だよ」


 穏やかな口調で、そう言うと葵ちゃんは「えっ?」と、拍子抜けした声をだす。


「その、誰に対しても優しいところが好き。って、言ってくれた人」

「そうなんですか? えっ、いや、皐月さんがそんなこと言ったなんて私、知らないですよ。凛にも聞いてない」


 かなり慌てた様子をみせる葵ちゃんに、僕はおかしな子だなと思いながら首を振った。


「知ってるよ。この言葉、凛ちゃんにも言ってなかったと思うよ。だって、よく周りの人に叶夢のどこが好き、っていう質問されると皐月は決まって、秘密って、言い通してからね。だから、びっくりした。皐月と同じこと言う人もいるんだなぁって思って」

「そう、ですか」


 葵ちゃんは納得したようだが、何故かちょっと落ち込んでいた。


 なんでだろう? 僕は嬉しかったという意味で言ったつもりだったが、皐月と同じ言葉を口にしたことが、そんなに嫌なのだろうか。


 ただ、この時、僕の気持ちは少しずつ変わっていった。別に皐月と言ったことが同じだったとか、自分のことを好きと言ってくれたことが嬉しかったわけではない。


 単にもう断る理由が浮かばなかったからだ。


 それに女の子にここまで言わせて「僕、今は恋愛する気がないから」と断ったら、皐月を盾にしてしまっているのと同時に、葵ちゃんを酷く傷付けてしまうと思ったからだ。


「葵ちゃん」

「は、はい」


 僕は決心した気持ちで、葵ちゃんを真っ直ぐに見た。葵ちゃんは僕の顔を見て察したか、少し緊張し、かしこまった返事をする。


「その、友達からよろしく」

「えっ。なに、それ。私、フラられたんですか」


 握手を求めるように手を差し出すと、なにを勘違いしたのか、葵ちゃんは泣き出しそうな顔になる。


「ち、違うよ。断ったわけじゃなくて。その、前向きに友達から付き合おうって意味だよ。昨日、会ったばっかりだし、いきなり付き合うのもまだ早いからさ」

「なんですか、それ。なんか、真面目というか、慎重というか。相変わらず、ガードが固いですね」


 補足すると、泣きそうになっていた葵ちゃんの顔は元に戻るが、今度はちょっと不満げな顔で、口を尖らせている。


「まあ、でも、よかった。叶夢さんは根が頑固だし、いくら押しても攻略は難しいと思ったから」


 葵ちゃん。攻略って、言い方やめようよ。なんか僕、試されてるみたいじゃん。


「ほら、アイス買いにいきましょう」


 既にこの時、葵ちゃんは満足げな顔になり、車のドアを開けていた。


「あっ、そうだね」


 すっかり、忘れていた。僕もドアを開けて外に出ると、葵ちゃんは上機嫌に、アイス屋さんへと駆け足で走っていくのであった。


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