第13話 卯子酉神社到着
しばらく雑談を続けると、宮城から岩手に入って行くところにまで来ていた。
名所の蕎麦を食べに行った後は、一般道路を使い岩手県遠野市まで車を走らせる。そして、田舎道ともいえる広大な山々の景色を横切り、目的地となる卯子酉神社に到着した。
車を降りると、葵ちゃんは大きく背伸びをした。
「あそこが卯子酉神社?」
僕も車を降り鍵を閉めると、離れた位置に不気味な雰囲気を漂わせる鳥居が立っていた。
「さて、行きましょう」
二人一緒に鳥居前まで向かい、目の前で立ち止まった。
鳥居には【卯子酉】と記されている。これが、うねどり、と読むんだろうか?
恋愛の神様というから、もっと華やかなイメージで、大きな神社という想像を勝手にしていたのだが、その想像は見事に打ち砕かれる。
「思ったより、小さな神社だね。それに……」
「不気味、ですか?」
「う、うん」
神社は小さく、多くの赤い布が木の枝に結び付けられているのが、目に飛び込んでくる。
見渡す限り、大量の赤い布。口にした通り不気味な場所。夜に来たら、いい肝試しになりそうだ。
「とにかく、早く入りましょう」
葵ちゃんはせっかちに、僕の服の裾を引っ張る。僕は頷き、そのまま中に入った。
鳥居を潜ると、すぐ【卯子酉様】と書かれたレリーフがあり、説明が書かれたパネルがあった。すぐに葵ちゃんが、そのレリーフに顔を近づけた。
「えーと、なになに……卯子酉様。遠野一帯が大きな湖であったその昔、鮭の背に乗って宮家と倉堀両家の先祖が猿ヶ石川をさかのぼってここにたどりついたという話しがあります。境内の小さな池は淵の跡で、ここの片葉の葉に恋の願いを書いた紙を結びつけておくと願いがかなうと伝えられています。【遠野物語】第35話にも不思議な男女の縁が結ばれたと書かれています……だって」
読み終えると、ちょっと満足げな顔をしている。
「よく出来ました」
軽く手を叩いて、僕は優しく誉めてあげる。聞き流すと、また機嫌悪くなりそうだもんぁ、葵ちゃんって。
「遠野物語で思ったけど、岩手県遠野市って、他にも河童や座敷童子なんかでも有名だよね」
不意に懐かしい記憶が脳裏に浮かび、僕は無意識に雑学を口にする。
「そうなんですか?」
「うん。河童は遠野市だけじゃなくて、日本全国でいるとされた妖怪だけど、座敷童子なんかは特に岩手で有名だよ。この卯子酉様も、遠野物語の第35話で表記があったって書いてあったけど、座敷童子も同じく遠野物語の17・18話で表記されてるみたいだしね」
そう言うと葵ちゃんは眉間にしわを寄せているので、僕はちょっと自信がなくなり、慌てて補足を加えた。
「あっ、実際に遠野物語を読んだわけじゃないから、真実かはわからないよ。実際、いろんな説があるし、精霊は目に見えるものじゃないしね。岩手県盛岡市にある旅館で、座敷童子に遭遇できると噂の旅館があるから、興味があるなら行ってみるといいよ」
補足終了後も、葵ちゃんの表情は相変わらず固かった。
「叶夢さんって……本当はよく喋る人なんですね。ちょっと、びっくりしました。普段、ボーとしているのに意外」
「あー。そういうこと。うん、興味があることに対してだけね」
なんだ。そういうことか。怖い顔するから、それ、間違ってるよ。と、訂正されるのかと、つい身構えてしまったよ。
「じゃあ、興味がないことには見向きもしないと。ああ、なるほど。私のこと興味ないのね」
何故そうなるのか? 葵ちゃんは暗い顔をして、いじけたように座り込んでしまう。
「薄々、そんな感じはしたけど、断定されるとヘコむなぁ」
「いや、別にそんなことは」
それに断言なんてしていないし。
「私、河童と座敷童子に負けたのかぁ」
葵ちゃんはへこんだ様子で、大きな溜息をする。
その姿が冗談なのか本気なのか、この子の場合、判断がつかないので正直、対応に困る。ただ、冗談でなかったとしたら後々、面倒臭くなりそうなので、僕は座り込み、葵ちゃんの顔を覗き込む。
「ごめんね」
僕は仕事柄にだす、子供をあやすような優しい口調で謝ると、目をうるうるさせた葵ちゃんが僕の顔を直視する。
「実際のところ、叶夢さんは私と座敷童子、どっちが好きなんですか?」
「座敷童子と葵ちゃん? そりゃ、葵ちゃんかな」
「本当ですか? やったぁ、座敷童子に勝ったぁ!」
答えた瞬間、葵ちゃんは目を輝かしてハイテンションに立ち上がる。そして「ほら、早く祠で赤い布を結ばなくちゃ」と、手招きしながら走っていく。
ゆっくりと立ち上がった僕は、葵ちゃんの後ろ姿を呆然と見つめていた。
いや、だから僕、河童も座敷童子も別に好きじゃないんだけど。と、言いかけそうになったが、わざわざ落胆させる必要ないので黙っておこう。
祠の前まで行くと、左側に【赤布一枚100円】と書かれており、下にはサインペンが置いてあった。僕は参考に結んであった布に目を通す。
赤い布には願いごとが、書き込まれたものがいくつもあった。
大好きな〇〇君と付き合えますように、とか。〇〇さんと結婚できますように、とか。様々な願望が、そこには書き込まれている。
「この全部の布に、願いごとが書かれているんだね」
無数に溢れた人の願い。果たして、この願いが叶った人は何人いるのだろうか。
「この布に願いごとを書いて、片思いの相手を思い浮かべながら、左手だけで赤い布を結びつける。すると、その恋は成就するって言われてるの。ただ、不倫の恋は実らないから注意してね」
「僕、独身だけど」
「知ってるよ。冗談だって」
葵ちゃんはくすっと笑う。一応、婚約者であった皐月が死んだばかりの僕には、あまりその冗談は笑えないのだけど。




