第11話 追憶~皐月との出逢い~②
「瑠川さん。お願いがあるんだけど」
「なに?」
「その話、他言無用にしてくれるかな。噂が広まったら面倒臭い」
僕がそう言うと、瑠川さんは考え込むような仕草をみせる。ここはもうひと押し必要だな。
「もちろん、タダとは言わない。瑠川さん、こないだうちの店に置いてあった、はじっコぐらしのバスタオルセット欲しがってたね。あれ、買ってあげるから、伊村さんの話しは全て忘れて」
頑なにお願いする僕を見て、苦しそうな表情を浮かべた瑠川さんは、次の瞬間「ごめん。水野さん」と両手を合わせ、深々と頭を下げられた。
「亜美と香織にも、この話し、もうしちゃったんだ」
バロス。交渉する以前の問題だった。被害を抑えるどころが、既に流動してしまっていた。しかも、亜美と香織って、口が堅いどころか、口が浮いてるってくらいの人達だ。
「で、でもね。大丈夫。秘密だよって、念を押したから」
フォローするように、瑠川さんは慌てて補足する。
秘密だよ、と念を押して、秘密のままになる話しを僕はほとんど聞いたことがない。口が堅いような寡黙な人ならまだしも今回、漏らした二人は完全にアウトだ。
「なんで、漏らしちゃうかな」
「だ、だって……」
落胆する声を出す僕に対し、瑠川さんは涙目になり、オロオロとする。泣きたいのはこっちの方だよと言いたいが、済んでしまったことであれば後の祭りだ。
「僕はいいけどさ。伊村さんは大丈夫なの?」
「えっ。大丈夫って?」
「彼女だって噂広まったら可哀想だろ。秘密って言われたでしょ」
「……ううん。秘密って言われなかったよ。むしろ、秘密にしとくね、って言ったらさ。いいよ、他の人に言っちゃっても。むしろ、噂広めてよって、言われたよ」
なんだって? それは違和感のある会話だな。
僕は一旦、宙を見上げて考えてみた。そして、不思議にもその疑問の答えはあっさりと出てしまい、僕はいきなり笑いだしてしまった。
「えっ、どうしたの? そんなにショックだった。ごめん。もし、みんなにからかわれるようなことがあれば、私が庇うから。仕事は辞めないでよ」
責任を感じて、擁護するように言葉を並べる瑠川さんに対し、僕は首を振ってみせた。
「ううん。瑠川さんはなにも悪くない。悪いのは全て伊村さんだ」
僕は笑ってそう言うと、瑠川さんは終始首を傾げていた。
それから三日の月日も経たない内に、そういった噂が広がっているのが目に見える状況になった。
普段、話さない女の子も僕に対し視線を向けてきたし、仲が良かった男の子も露骨なくらい態度が冷たくなるのが、手に取るようにわかる。
たまたま、伊村さんとレジが一緒になった時、僕は開口一番に言ってやった。
「どう調子は。噂効果で、他の男も寄ってこなくなった?」
その言葉に伊村さんは一瞬びっくりした顔をしたが、すぐに悪戯な笑みを浮かべた。
「凄いね。気付いてたんだ」
「気付くよ。誰だって」
「いや。水野さんは私のこと好きじゃないから気付いたんだよ。他の人には務まらない仕事だよ」
「相談してくれてもよかったんじゃない?」
「相談したら断るでしょ。水野さん、面倒臭いこと嫌うタイプだし」
確かに。相談されていたら断っていたな。
説明するとこうだ。
伊村さんはバイト先で、言い寄ってくる男が大勢いた。でも、タイプの男もいない。しかし、このままではいつの日か、告白されてしまう可能性が高いとみた。告白されても付き合う気はない。でも、断ったら今までの関係性も壊れ、バイト先にいずらくなってしまう。そこで考えた作戦が、僕を利用することだった。
僕は基本的に誰に対しても平等に付き合う。悪くいえば八方美人なのだが、他の男は皆、伊村さんに好意を寄せる中、僕だけはいたって普通に接していた。
伊村さんは水野君が好き。その噂が広まってくれれば、自然と好意を寄せていた男は落乱し、僕に嫉妬の感情を抱きながらも、伊村さんのことは諦める。そのうえ、好きといった相手が僕のような男だ。イケメンなら話しは別だが、冴えない水野君を好きと言えば、女の子達はライバルが減ったと思い、自然と伊村さんを応援したくなるものだ。
「で、居心地で良くなりましたか?」
僕は皮肉たっぷりに聞くと、伊村さんは屈託ない笑顔で「うん。とっても」と頷いてみせた。
どうやら彼女には罪悪感というものがないらしい。まあ、必死に謝られても困るけど。
「ごめんね。面倒臭がり屋の水野さんに、面倒臭い思いさせちゃって」
皮肉とも取れる言葉をさらっとした口調で言う伊村さんに、僕は苦笑するしかなかった。
ずっと傍にはいたが、互いに干渉しなかった平行線同士の僕達だったが、この出来事を切っ掛けに互いが交わっていくなど、当時の僕には想像すらしていなかっただろう。
第一章 出逢い 完




