第10話 追憶~皐月との出逢い~①
皐月と出会ったのは、今から五年前のこと。僕が二十歳で大学三年だった頃、僕はショッピングモールにある雑貨屋で、アルバイトをしていた。
勤めてから二年の月日が経ち、仕事にも慣れてノウハウも理解してきた頃、専門学校に入学したての皐月が、アルバイトとして入って来たのが始まりだ。
「伊村皐月です。宜しくお願いします」
自己紹介で挨拶する皐月を見た第一印象は、明るく要領のいい子だと思った。
いつも広角を上げ、人と話す時はきちんと人の目を見る。相槌のタイミングも絶妙だったので、社内での人間関係は問題ないだろうと、僕は踏んでいた。
結果的にその予想は的中しており、すぐに皐月は職場に馴染んだ。社交的であり、仕事の飲み込みも早いため、テキパキとこなす姿を見て安堵していた。
皐月は百六十センチ中間くらいの高身長で、スタイルが良かった。美人の部類に入る容姿で、少しつり目で目力がある子だったが、誰にでも笑顔を絶やさず話すので、そんな彼女に好意を持つ男は沢山いたと記憶している。
一方、その時の僕は皐月に対して、そういった感情は抱いていなかった。
美人だし、悪い奴ではないと思っていたのは確か。しかし、ひねくれた僕は、返ってそんな皐月をつまらない奴、という色眼鏡で見ていた。なにより下手に恋愛感情を持って、社内にいる男達ともモメるのが面倒臭いという、なんとも小心者の考えを持っていたのだ。
だけど、その自己防衛が結果的に、自分の首を絞めることになる。
「伊村さん。水野君のこと、好きらしいよ」
ある日の休憩時間。僕は事務所で小説を読んでいると、近くに座っていた仲のいいバイトの子が、急に周囲に人がいないことを確認するような素振りをしてから、そんな言葉を切り出す。
突然だったので、僕は耳を疑った。俯き加減になっていた顔を正面に向け、僕は話しかけていた一つ年下の女の子、瑠川さんを直視する。その目は好奇心旺盛に輝いていた。
「誰の噂話?」
僕は溜息混じりに聞いた。ドキドキなんてしない。よくある話しで、噂話が人づてに渡っていく内に、話しの内容が全く違うものに変わっていることがよくある。こういった若い子が多い職場なんかは、特に多い現象の一つだ。
「噂話じゃないよ」
が、瑠川さんは噂話をする割には似つかわしくない、真剣な視線を僕に向けていた。
「直接、伊村さんが言っているの、聞いたんだもん」
「伊村さんが、直接言ってた?」
僕は相手の言葉が日本語なのに、意味が理解できずに首を傾げてしまう。その姿に瑠川さんは口元を緩め、誰もいない部屋なのに手を口元に当て、ひそひそ話をする仕草をみせる。
「そう。こないだ、伊村さんと休憩一緒だったの。ほら、伊村さんって美人だし、モテそうじゃん。彼氏いるのって聞いたら、いないって言われたの。じゃあ、好きな人は? って質問したら、即答で水野さんって答えたのよ」
なにがそんなに面白いのだろうか? 伊村さんは近所で噂話をするおばちゃんみたいな、ウキウキとした声のトーンで話す。
「違う。水野さんじゃないの?」
「ううん。この職場にいる水野さんって言ってたもん」
「じゃあ、この職場にいる別の水野さんだ」
「この職場にいる水野さんって、あなただけなんですけど」
なに言ってんの? みたいな怪訝な顔をする瑠川さんに対し、僕は面倒臭い気持ちになった。
「釈然としない顔だね。嬉しくないの? みんなのアイドル、伊村さんが水野さんのものだよ」
「だから嫌なんだよ。なにを思って、僕を好きといったかわからないけどさ。僕は面倒臭いのはごめんだ」
つい本音が漏れてしまった。すると、今度はニコニコしていた瑠川さんが釈然としない顔をする。
「告白されたら断るってこと?」
「断るよ。別に僕は伊村さんのことタイプじゃないし。付き合って皆に妬まれるのは嫌だ。まあ、僕は今だにその話し、信じてないけどね」
「うわー。最低。クズだね」
ドン引きしたように、瑠川さんはローラー椅子を蹴って、後ろに後退する。
瑠川さんの言う最低というのは、告白を断ることに対してなのか、話しを信じないということに対してなのかはわからないが、そんなことはどうでもいい。
今はそれよりも被害を最小限に抑える必要があった。




