第9話 凛ちゃんの想い
その日の夜。僕は凛ちゃんの連絡を待っていた。
えっ、凛ちゃんじゃなくて、葵ちゃんじゃないの? と思うかもしれないが、実はあの後、お互いの連絡先を交換しようとしたら、葵ちゃんの携帯の充電が切れそうだったため「後で凛から直接、私の連絡先を送るよう頼んでおきますから」と言われた。
なんだろう。別にやましいことをしているわけじゃないのに、凛ちゃんに対して罪悪感を感じてしまっていた。
皐月を失ってから、恋愛する気力さえなかった僕を知っている凛ちゃんが、いきなり自分の妹である葵ちゃんと一緒にデートすることになったとわかれば正直、驚きと同時に少なからず、複雑な気持ちになるだろう。
しばらくして、携帯電話の着信音が鳴り響く。携帯の液晶画面を見た瞬間、緊張が一気に高まった。
凛ちゃんから連絡がくることは、最初からわかっていたこと。でも、完全に誤算だった。僕は凛ちゃんの性格上、メールはくれても、電話をかけてくることはないと踏んでいた。
とにかく、無視はできない。僕は唾を飲み込んでから、電話の通話ボタンを押した。
「もしもし。夜分遅くにすいません。凛です」
凛ちゃんの第一声はとても落ち着いた、普段と変わらない柔らかい口調だった。僕は少しホッとするも、返す言葉が浮かばなかった。
「今日、葵と会ったんですってね。なんか、ごめんなさい。いきなり、夕食までつき合せちゃったみたいで」
「いや、そんなことないよ。僕も楽しかったし」
「ありがとうございます。あの子、私とは違って、かなり積極的なんで……叶夢さんも対応に困ったと思いますけど、悪い子ではないので許してあげてください」
さすがに双子とはいえ、やっぱりお姉ちゃんなんだな。妹をフォローする凛ちゃんの言動に、姉妹だという実感を覚える。
「うん、びっくりしたよ。顔は凛ちゃんそっくりだけど、性格は全然違うんだね」
明るくそう返すと、凛ちゃんは少しの沈黙を置いた後、静かな声で切り出してきた。
「叶夢さんは、私と葵、どっちがタイプですか?」
「えっ? どっちがタイプって」
いきなりの質問に困惑すると、ちょっと悪戯ぽく笑った凛ちゃんの声が響いた。
「冗談ですよ。変な質問してごめんなさい。皐月はきっと私でも、葵でもないタイプですし。どっちも、叶夢さんのタイプではないですよね」
不意に皐月の名前が出て、僕は少し自己嫌悪に陥る。
「でも、とてもいいことだと思います」
すると、僕の気持ちを察したのか、凛ちゃんが優しげな声を漏らす。
「私、葵に明日の話しを聞いた時は正直驚きましたけど、同時にちょっと安心しました。叶夢さんが逃げきれなかったってことは葵、かなり強引だったんでしょうね」
「ああ、うん。ちょっと、面食らった」
ここは否定するべきなんだろうが、僕はつい本音を口にしてしまう。それに対し、凛ちゃんは笑いを吹き出す。
「わかります。ただ、叶夢さんみたいな、少しぼーとしたタイプは、強引な相手がいいと踏んでましたから。私にはそれが出来ないですけど、葵にならできると思います」
言い方は穏やかだけど凛ちゃんも結構、失礼なことをずばずば言うな。さすが姉妹だ。
しばらくして、僕は不意にこの時、凛ちゃんの言葉に違和感を覚える。
「ねぇ、凛ちゃん。僕の思い違いならいいけど、もしかして仕組んではないよね?」
「仕組むって、なにがですか?」
「最初から、凛ちゃんが葵ちゃんに頼んで、僕のことを誘うよう仕向けてはいないよね?」
はっ? 叶夢さん、なに言ってるんですか? 自惚れないでください。と、即効、不愉快な返事が返ってくると思った。が、どうしたことだろう。電話口から返事はなく、明らかに気まずい雰囲気を漂わせていた。
「私、そんな仕掛けたつもりはありませんよ。ただ、葵にはずっと以前から、叶夢さんの話しはしてました」
やっと凛ちゃんは口を開くが、何故かオドオドとした口調になっていた。確かに言われてみれば、葵ちゃん、僕のことは凛ちゃんから聞いているって言ってたな。
「それで、葵が前々から叶夢さんには、興味を持ってました。いや、でも、叶夢さんには皐月がいるから、手をださないよう忠告はしてたんですよ。でも、こないだ、皐月さんが亡くなってから、叶夢さんが元気ないって相談したら。その、葵が……」
なるほど。今回、葵ちゃんが僕をあそこまで積極的に誘える度胸の理由は、凛ちゃんの後押しや情報が、少なからず関係していたのか。
仕組んだつもりはなくても、凛ちゃんは今回の件、自分にも責任があると感じているのだろう。
「あの、ただ葵は別に叶夢さんのことを同情してるわけじゃありません。皐月がいる、いないに関係なく、葵は前々から叶夢さんとは話してみたいと言ってましたし。だから、その、いいと思いますよ。葵は煩くて、嫌になるかもしれませんが、悪い子ではないので」
必死に失礼がないように言葉を選ぶ凛ちゃんに、僕は申し訳ない気持ちと同時に、感謝に似た感情が芽生えていた。
「えっと。じゃあ、メールで葵の電話番号と、アドレス送っときますね」
静寂な空気に耐えられなくなった凛ちゃんが、慌てて電話を切ろうとするので、僕は「凛ちゃん」と、静かに引き留めると「はい!」と、ちょっと怯えたような声で、凛ちゃんは返事をする。
「ありがとね」
そう、素直な気持ちを伝えると、凛ちゃんは少し沈黙を置いた後「たまには私にも頼ってくださいね」と、優しい声で響かせ、電話が切れるのであった。




