表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
忘れな草 ~赤い布の真相~  作者: 結城 智
プロローグ
1/37

プロローグ

「私を忘れないで」


 水面に雨の雫が一滴落ちたような、ポツリとした声で、彼女は言った。


 まさかあの言葉が今後、僕の人生を苦しめることになろうとは、当時考えもしなかっただろう。


 僕の彼女、伊村皐月(イムラ サツキ)は重い病により、二十三歳という若さでこの世を去った。


 皐月の死は、交通事故などで突然、最愛の人を失ってしまうような悲壮感とは違う。僕は常に皐月の死を今か今かと覚悟し、その時がいつきてもいいように、心の準備をしなくてはいけない状況に虐げられていた。


 それは彼女を人質をとられ、犯人にいつ殺されてもおかしくない緊迫した時間。胸をジワジワと押し潰されるような感覚だったと思う。


 だからだろうか。皐月が死んだ時、僕は涙を零すことはなく、むしろ、そこには安堵の気持ちがあった。これで皐月の死に怯える日常から、やっと解放される。酷い奴だと思うかもしれないが、僕はそんな風に思っていた。


 当然、皐月が死んだ後、時間は止まってはくれない。時は無常にも流れ、悲しみの余韻に浸る暇はなく、日々日常はやってくる。僕は社会という時間の歯車に遅れないよう、少しずつ気持ちの整理をしていくしか選択はなかった。


 僕は皐月が生きている間、皐月に対して優しく振る舞い続けることを心がけた。本当は壊れる寸前だったけど、強く生きている自分の姿を、皐月の目に焼きつかせておきたかった。


 君の分まで一生懸命生きるから。嘘でもいい。この世界の残されてしまう僕は、皐月へそう誓う責任がある。


 それはただの自己満足だったかもしれない。しかし、そう彼女に誓うことが、死んでしまう皐月に対して出来る唯一の優しさだと思っていた。


 皐月もきっと、そう願っている。そう信じていたし、信じたかったのだ。


「私を忘れないで」


 静寂に包まれる病室の中で、たった一言だけ。皐月は乱れた呼吸の中、僕の手を強く握っていた。


 その言葉の真意だけが、最後までわからないまま、僕はずっと皐月の手を握り返していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ