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七月七日/星の輝く夜に

 昨晩のバカ騒ぎから一晩明けて今日、七月七日。

 騒がしかったが、それでいてどこか楽しかった二日間は今日をもって終了する。

 理由は単純明快。

 織姫たちが今夜、あの星界に還らねばいけないらしい。なんでも今晩に『星の回廊』が閉じてしまい、次にいつ開かれるのも不明だとか。

 タイムリミットは今夜の午前零時。それまでにあちらに還らなければいけないのだが、千里がどうせならお別れの前にみんなで遊びたいと提案し、それに織姫たちも賛成したことにより、今日開催される七夕祭りに行くことになった。

 祭りは一日中やるとのことだったが、昼間に行っても面白くもないし、せっかくだから織姫に浴衣を着てもらおうとことになり、午前中は買い物で潰れた。

 もちろんそのとき、女たらしの夏彦がところ構わずナンパをしようとするのを亮介が全力で止めなければならなかったし、試しで着た織姫の浴衣姿を見た瞬間、飢えた獣の表情で織姫に襲いかかろうとしたのを、これまた亮介が渾身の一撃で沈めたりと色々と疲れることばかりだった。

 その際「申し訳ありません」と織姫に謝られたり、千里に「さっすが織姫さんのナイトだねぇ〜」とからかわれたのは言うまでもない。

 その後、一人気絶している夏彦をその場に残し、三人で帰ったのは当然の結果。誰も気にせず、家まで帰宅したのだが、あとから意識を取り戻した夏彦に色々と言われたのは実に鬱陶しかった。


 空が茜色に輝く。もうじきに夜がやって来る。同時に織姫たちとの別れのときも近づいて来ていた。

 だがそんな事はどうだっていい。今まで色々と非科学的で、自分でも何故あんなにも簡単に受け入れていたのかと不思議でならなかった。それでも、こんな出来事はもう起こらないのだ。なら、これほどまでに納得できる理由はない。

 人が生きる上で別れは必然だ。だから、まだ別れのときが分かっている分、理解しやすい。

 あとは、気持ちの問題だけ。

「さぁ〜て。張り切っていきましょ!」

「おー!!」

 全員が家から出、鍵を確認した千里が元気よくこぶしを掲げた。それに乗る形で夏彦も元気よくこぶしを掲げる。純粋にお祭りを楽しみにしている千里とは違い、夏彦のテンションが高いのはおおかたナンパが目的だろう。

 実に不謹慎だ。亮介はため息を思わず漏らす。そんな亮介に気がついた千里が亮介の方を向く。

「ほらほら、しけた面してないでテンションを上げなさい」

「悪かったな。これは生まれつきだ」

「もう、仕方ないわね」

 そう言うが早いか、千里は隣にいた織姫の腕を捕まえ自分のもとへ引き寄せた。

「わっ!」

「ほら、かっわいい織姫さんの浴衣姿でも見てテンション上げなさい!」

「あ、アホか!」

 引き寄せた織姫を後ろから抱きしめながら千里は満面の笑みで亮也を見る。

 織姫は今日は髪を一束にまとめ、髪留めで髪の先を持ち上げているよう留めていた。身に見繕っている浴衣は黒色の生地に短冊と無数に散りばめられた星を模っているものだった。

 今までの服装から織姫のカラーは白と勝手に思っていた亮介は、その真逆とも言える色に初め度肝お抜かれ、また目を釘付けにされてしまった。浴衣といい髪型といい、また千里の手によってほんのりと化粧を施されているといい、今の織姫には可憐という言葉よりかは単純で簡単だが、しかし美しいという言葉以外見つからかった。

 この浴衣や髪型、その他様々なチョイスは千里によるもので、亮介は自身の母親のセンスにただただひれ伏したくなる思いだ。

「ち、千里さま」

 千里に捕獲された織姫がオロオロと千里に声をかける。がしかし、ほんのりと朱色に染まっている織姫の目は千里ではなく亮介見つめていた。その目は何か亮介を問うているようにも見える。

 しかし、見詰められ亮介は思わず視線を逸らす。もちろん亮介には織姫が何を聞いてきているのか理解していた。だが買うときもそうだったが、そんなセリフは恥ずかしくてとてもじゃないが言えなかった。

「ほ、ほら。もう祭りは始まっているんだ。早く行くぞ」

 恥ずかしさを隠すように亮介は後ろを向く。そんな亮介を見るとため息混じりに千里が口を開いた。

「もう。リョウたら照れちゃって。男なんだから気の利いたことぐらい言いなさいよ」

「う、うるさい! ほら、さっさと行くぞ」

 そう言って亮介は歩き始めた。

 後ろでしゅんとしているであろう織姫の顔が浮かぶ。けど、恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。ましてやここには千里と、あとは夏彦がいるのだ。織姫一人ならまだ幾らかましかもしれないが、この二人の前だけでは言いたくなかった。

「織姫」

 ふと後ろから夏彦の声が聞こえてきた。なんとなく聞き耳を立てる。

「少年のこと気にするな。織姫は可愛いぞ。うんうん。可愛い過ぎる。こんな可憐で美しくすばらしい女性を私は今まで見たことがない。ああ、このような女性が私の妹だと思うと、私はなんと幸せ者なのだろう。だが、私は時々思うのだ。もしも織姫が私の妹でなかったらと。そうすれば、私が必ずや――。いやしかし。そうだ、織姫。私とともに、あのすばらしい七夕の物語のように禁断の愛を育もうでは――」

 聞くんじゃなかった。

 ――あの野郎。

 亮介は無言で振り向くと、捕獲かれたままの織姫の前にひざまずいきどこから出したのか薔薇を手に持っていた夏彦の目の前に立った。

「ん?」

 夏彦が亮介に気付き亮介を見る。

 ぎゅっと亮介は右手の拳を握り締めた。

「どうしたのかね、しょうねあぎゃぁぁああ!!」

 問答無用。固めた拳を振り上げ、亮介は無言のまま右腕に渾身の力を込めて夏彦をぶっ飛ばした。


「ったく」

「兄様のあの言動はいつもの事ですからね。そんなに怒らないで下さい」

 亮介に殴られトボトボと歩く夏彦とその隣で夏彦の肩をばしばしと叩いている千里の後ろを歩きながら、亮介は苛立たしげに呟いた。そんな亮介を織姫が横からたしなめる。

 一悶着あったが、亮介たち四人は当初の目的通り七夕祭りをしている場所に向かって歩いていた。しかし、その中にはベガとアルタイルはいない。流石に動物の姿ではいられないので、二匹とも今、それぞれ奥に身を潜めているらしい。

「それでももういいかげん止めて貰いたいのが本音なんですけどね」

「だろうな」

 亮介は頷きながら、苦笑を浮かべながら隣を歩く織姫を見る。

 何度見てもその姿は変わらない。それどころか二日前に出会ったあの夜の屋根の上で抱いた感想よりも、二日後の今この瞬間の方がよっぽど彼女が綺麗で美しいと感じていた。

「な、なあ、織姫」

「はい?」

 織姫の事を見ていたら、無意識の内に口が開いていた。

 声をかけられた織姫が歩きながら亮介と目を合わせる。

 何故口を開いたのか。何を言おうとしているのか。それはもちろん分かっていた。それを言わなければいけないとも思う。

 だがやはり気恥ずかしくて、亮介は織姫から視線を外すと前を歩く千里たちを見る。

「あの、どうかされました?」

 隣を歩く織姫から疑問の言葉がかけられた。

 うじうじとしている自分が腹立たしい。これほどまでに自分自身を殴りたくなったことはない。

 前の二人を確認する。二人はこちらの様子に気付く様子もなく歩いていた。

 よし、いける。

「あのな……」

「はい」

 覚悟を決めて織姫の顔をちらりと見やる。自然と織姫と再び視線が合う。その瞬間、頭から湯気が出る勢いで熱くなる。

「その……お前の浴衣姿、な」

 ここまで言ったんだ。最後まで言ってやる。

「す、すごく……似合ってると、思うぞ」

「え?」

 もうだめだ。穴があれば入りたい。しかも『似合ってる』とかあんまりだ。確かに似合っている事には変わりないが、もっとそれよりも相応しい言葉が合ったのではないだろうか。かわいいだとか綺麗だとか。それこそ他にもあるだろうに。

 ――俺のバカ。

 耐え切れず亮介は視線を逃げるように前へ向けた。

 しばらくの間、二人は無言で歩いた。どちらとも口が開けずどうしたものかと、あまりの気まずさに途方に暮れる。こんな事になるんだったら言うんじゃなかったと後悔し始めたとき、ポツリと織姫が口を開いた。

「ありがとう、亮介くん」

 亮介は織姫の方へ顔を向ける。

「すっごく、嬉しいよ」

 そんな亮介に織姫はとびっきりの笑顔で出迎えてくれた。

 言ってよかった、と心底思う。いや、やはり言うべきだったと思い、またもっと早く言うべきだったと思う。

 悪くない。それが本音。こんなにも眩しい織姫の笑顔が見られたのなら、先ほど感じた恥ずかしさなど大したものではない。

「おっ、おう」

 だというのに、こんな事しか言えない自分がどうも嫌になる。

 まあ、いっか。

 こんな自分は嫌だが憎らしくはない。いつか、もっとちゃんと言える日が来るだろう。だから今はまだいい。だって、不思議と満ち足りているのだから。

 肩を並べて夕闇に沈みつつある道を歩く。また無言のまま歩いてはいるが、先ほどと違い気まずさは微塵も感じない。あるのはゆったりとした空気だけ。

 それだけで、今は十分だった。



     ◇



「いっちばん乗り〜!」

 石でできた階段の一番上で千里が腕を挙げる。その後ろから亮介たちが千里に追いつく。

 ここはとある神社の鳥居の前。直線に進む石畳に左右にそれぞれ色とりどりの色をした屋台が並ぶ。におい、色、そしてこの感覚。久々にお祭りへと足を運んだが、この感じは変わらないようだった。自然と足が軽くなる。

 目に映るようにあちらこちらには七夕の祭りらしく、たくさんの竹が並べられていた。その笹には赤や橙といった色とりどりの短冊が結び付けられている。

『おもちゃをかってもらえますように』

『みんなとなかよくなれますように』

 短冊にはそれぞれ丸く可愛らしい願い事が綴られていた。中には『受験に合格できますように』なんていうものや『彼女が欲しい!』とかいうのもあってなかなかに面白い。

「ほらほら。いつまでもポケーと突っ立ってないで、お祭りを楽しむわよ」

 元気よく千里が言う。

 その声を聞くと、夏彦もまた待ってましたと言わんばかりに一人お祭りの中に入り込んだ。そして、入り込んだかと思うと、まだ亮介たちから見える距離で、二人組みの浴衣を来た大学生ぐらいの女の人に声をかけ始めた。

「なあ。あれ、ほっといていいのかよ」

「知りません」

 ため息をつきつつ亮介は隣に立つ、織姫に顔を向ける。それに織姫は少し怒気を含んだ声で返答する。

「お〜い。織姫や〜」

 ナンパをしていた夏彦が亮介たちを見て片手を振っている。それを織姫は、もはやあれを兄と認知したくないのかまったく別の方を向く。

「お〜い、お〜い、お〜〜い」

 鬱陶しい。あれは少しは静かに出来ないのだろうか。

 織姫はもう完全に夏彦のいる方角から顔をそむけ、知らん顔を突き通していた。もちろん、そんなことで夏彦が諦めるはずもなく、まだ大声を上げつつこちらに手を振り続けている。

 いい加減にしろと思わずにはいられない。

「それじゃ、私たちも楽しむわよ!」

 ばしん、といい音を立てて千里が亮介の背中を叩く。

 文句を言おうと亮介が千里の方を向くと、それよりも早く織姫が少し怒ったような声で亮介に告げた。

「亮介くん。早く行きましょう」

「お、おい!」

 早く一秒でも早く、夏彦から逃れたいと言わんばかりに織姫は亮介の手を掴むと有無も言わさず、夏彦から遠ざかるように歩き出した。

 だが、不意に手を繋がれた亮介にとってはたまったもんじゃない。織姫に引っ張られつつ、亮介は助けるを求めるように千里を見る。

「楽しんでいらっしゃいねぇ〜」

 そんな亮介たちを見ながら、にこやかに千里は手を振って、その場から動こうとしなかった。

「――って、助けろよ!」

 悲鳴じみた声を出しつつ、完全に歩き出している織姫に引きずられずりずりと亮介は千里から遠ざかってしまった。

 ――しっかりね。

 亮介は千里が視界から消える最後、千里の唇がそう告げていたように見えた。


 織姫に手を引かれながら、亮介はどうしたものかと頭を抱えていた。

 亮介が織姫に連れ出されて十分。

 相変わらず織姫はぷりぷりと怒りながら歩いていた。

 さて、どうしたものか。織姫に繋げられている手が熱を持ち、心臓が早鐘のように鳴り響いている。

 本当に心臓に悪い。早く手を離してもらいたいが、かと言って、このまま手を繋いでいたい気もしないでもない。

「なあ、どうしようか」

「と言いますと?」

 このままじゃいけないと口を開いたが、内容がなんとも情けない。

 織姫が歩を止め亮介を見る。

「ほら、二人とも行っちまったし」

 尤も千里は置いてきてしまったのだが。

「そう、ですね」

 そこでやっと気が付いたのか、織姫がようやく怒りの表情から困ったような顔になる。

「あっ」

 ぱっと織姫は繋いでいた手を話し、顔を赤らめた。どうやら手を繋いでいたのは無意識だったらしい。残念だと思いつつ、亮介も気恥ずかしくて二人して黙ってしまった。

「と、取り敢えず行こうか。せっかくのお祭りだし」

「そうですよね」

 二人してなんとなく笑いあい歩き出した。


 初めに来たのはお祭りの定番ともいえる金魚すくい。亮介は千里から貰ったお金をおじさんに二人分渡し、あの網を二つ受け取った。そして、家一つを織姫に渡す。その際、当然お金を持っていない織姫が気まずそうな顔をしたが、それに亮介は気にするなと手を振った。

「さて、やるか」

「う、うん」

 二人して水槽の前にしゃがむ。その水槽を両手に網とボウルを持った織姫が真剣な表情で覗き込んで、狙いを定めている。そんな織姫の横顔を見て亮介はそっとほくそ笑む。

「えい! ……あっ」

 威勢のいい掛け声とともに織姫が網を水槽の中にいる一匹の金魚に向かい繰り出す。しかし、破れやすい網は一瞬金魚をその上に乗せたかと思うと、直ちに破れてしまった。その破れた網を見つめ、悔しそうな顔をしている織姫を見て、亮介は口を開いた。

「初めてやったのか?」

 そう言うと、恥ずかしそうに頬を染めながら織姫はこくりと頷いた。

 仕方ない。

「おじさーん。これあと二つね」

「あいよ、にいちゃん」

 亮介がそう言うと、目の前に座るおじさんが新たに二つの網を差し出した。それを受け取り、お金を差し出す亮介を見るなり織姫が慌てた声を出す。しかし、またもや亮介は手を振りながら網を差し出す。

「いいって。これ、母さんの金だし」

「で、でも」

「気にすんな。それに折角お祭りに来たんだ。楽しまないと損だろ」

 そう言うと、織姫は申し訳なさそうな顔をしながらも頷き、差し出されている網を受け取る。

「そんな顔すんなって。ほら、金魚すくいしたことないんだろ? 教えてやるから次は取ろうぜ」

 織姫に笑いかけながら亮介は言った。それに織姫は頷くと、網を握り締め水槽を睨む。

「いいか? コツは網の真ん中じゃなくて、端に金魚を乗せる感じで――」

 亮介が話す内容を真剣に聞きながら、織姫は水槽の中の金魚を見つめている。

「――という感じでやれば大丈夫だ。まあ、なにはともあれやってみるのが一番だな」

「う、うん」

 にこやかに笑いかけると、亮介はそう締めくくった。

 亮介の話が終わると、終始真剣な面持ちで聞いていた織姫が緊張したような感じで頷いた。そして、一度、織姫は深く深呼吸をすると、網を握り締め、水槽の中を縦横無尽に泳ぎまわっている一匹の金魚に狙いを定め、

「えい!」

 また水槽の中に網を繰り出した。


 最終的に織姫と亮介は互いに一匹ずつ金魚を捕まえる事に成功した。亮介自身はまだすくう事は出来たが、それも何度も失敗している織姫に渡した。もちろんそれも破れてしまったが。

 だが、最後の最後で織姫は自身の力で一匹をすくうことに成功した。その喜びようといったら、なんとも微笑ましかった。

 本当に、心の底から亮介はやってよかったと笑った。

 それから、亮介は織姫と一緒にいっぱい回った。

 投げ縄。射的。たこ焼きや焼きそば。カキ氷に綿菓子。太鼓に合わせて踊りも踊った。

 たくさんたくさん遊んで疲れた頃、千里がナンパの途中で連れ出されたような夏彦ととも亮介たちのもとへやって来て、家に帰ることが決まった。


 今は帰り道。すっかり辺りは暗くなってしまい、道端の所々に街頭がぼんやりと灯っていた。

 家の方へ歩を進めながら、ふと亮介は上を見上げた。

 相変わらず星の見えない白い夜空を見上げながら、亮介は一人これまでを振り返っていた。

 二日前の屋上で初めて織姫と出会い、ベガに驚かされた事。

 一日前には千里の策略で織姫が学校に来て、一緒においしいお弁当を食べた事。夏彦を連れ帰った事。

 そして、今日。織姫の着物に魅せられた事。織姫と二人で笑いあいながら、お祭りの中を歩き回った事。

 どれもこれもすばらしい思い出ばかりだ。今日までのことは生涯忘れる事などないだろう。

 亮介は隣を歩く織姫を見る。

 その視線に気が付いたのか、織姫と視線が合う。

 どちらからとなく二人で笑いあい、家に向かった。



     ◇



「それではお世話になりました」

「いいのいいの。今度暇があったらまたいらっしゃいね」

「もちろんだとも。この忌々しい縄さえなければ、私はここに残ったものを」

「いけません!」

「いい加減にして下され」

「そーら怒られてやんの」

 ここは亮介たちの家の庭。その場にほとんどの者が佇んでいた。唯一夏彦は逃げないように、ベガが変化したあの棘棘の縄に縛られていたが。

 織姫は今や最初に出会った時のように、白く輝く衣服を着て、羽衣を纏っていた。髪もまた壁画に描かれている天女のように複雑に結い上げている。首にかけているダークブルーの球状の首飾りがぼんやりと灯り、織姫が着ている白い服に美しく映えている。

 織姫たちのすぐ頭上で黄金の瞳を持つ、二羽の大きな鳥が羽ばたいた。

「亮介殿。短い間であったが、お世話になった」

「おもろいもんが沢山見れたわ。あんがとな」

「二人ともいいって。こちらこそ色々とありがとう」

 二羽が口々に口を開き、それに亮介も答えた。

「少年。今度私がこちらに来たら、その時はよろしく頼む」

「かくまってくれ、とかだったら断るぞ」

 次に夏彦が言い、それをなんだかんだと笑いながら亮介は返した。

 最後に亮介は織姫の方を向いて、静かに口を開いた。

「これで、お別れなんだな」

「……はい」

 亮介がそう言うと、織姫も悲しそうに眉を顰めた。そんな織姫を見ると、亮介はふっと笑みを零す。

「そんな顔するなよ。なんか、辛くなるだろ」

 そう言うも織姫は黙り俯いてしまった。

 亮介はやれやれと肩を竦めると、片手を織姫に差し出す。

「ありがとな。お陰ですごく楽しかったよ」

 精一杯の感謝を込めて言う。本当はもっと言いたい事があるのだけれど、今はこれが精一杯だった。

 織姫がはっと顔を上げる。そして、一度くしゃっと泣きそうな顔になるも、両手の甲で涙を拭った。

「うん。ありがとう」

 そう言って織姫が笑った。その笑顔は今まで見た中で一番輝いて見えた。

 しばらく無言で手を繋ぎあう。それから、また亮介がゆっくりと口を開いた。

「元気でな」

「亮介くんも」

 二人で頷き合って手を離した。


「では」

 織姫が瞳を閉じて、両手を胸の前で祈りをささげるように組む。すると、首飾りが次第にその光を強め始めた。

 織姫の元に光が集まり、次の瞬間、その集まった光は円形状に織姫たちを包み天に伸びた。

 織姫たちの体が宙を舞う。

 まるで地上から伸びる一本の星の階段を、織り姫たちはゆっくりと確実に夜空へと登っていく。

 亮介たちが少し上を見たところで、織姫は目を開き亮介たちを見た。

「今日は七夕です」

 不意に織姫が口を開く。

「七夕の夜には、何かお願い事をするもの。何かお願い事はありませんか?」

 そう言って織姫は笑みを浮かべ、亮介たちの方へ両手を広げた。

 突然の事で、亮介はパニックを起こしてしまった。

 織姫を見ると、早く早く、と催促しているように見える。

 何を言おうか、亮介が迷っていると、先に隣にいた千里が口を開いた。

「それじゃ、パパが家に早く帰ってこれるようになって、三人で過ごす時間が増えますように」

 それを聞いて、織姫は深く頷いた。そして、今度は亮介の番だと言わんばかりに亮介を見る。

 亮介は、優しい織姫の笑顔を見て、心を決めしっかりと頷いて織姫を見つめた。

「なら俺は、お前らが無事に早く家に帰ることが出来ますように、とお願いするよ」

 それを聞くと織姫は一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐに笑って頷いた。

「その願い、しかと承りました」

 そう言って、織姫は片手を胸の前に持っていく。


 ――あなたに、いと清き星の輝きがありますように


 それが織姫の最後の言葉だった。

 次の瞬間。まばゆいばかりの光が織姫たちの周りから溢れ出し、ほとばしった。

 堪らず亮介たちは目を覆う。そして、次に目を開いた亮介たちは夜空を見上げて、大きく目を見開いた。

 視界いっぱいに広がる、満点の星空。星の結晶が集まって出来た、広大な夜空に横たわる天の川。散りばめられた星の光は、数えようもなく、それぞれが一個の命の灯火であり、競わず争わず、互いに互いを際立たせている。

 本当に余分な光が一切なく、澄み切った夜空が目の前いっぱいに広がっていた。

 ここまで綺麗な夜空は見たことがない。

「すげぇ……」

 とんだプレゼントだ。

 亮介はそっと笑みを零すと、力一杯両腕を開いて、広大な夜空をその身でしかと受け止めた。

ここまで読んで下さりありがとうございました!!


一応、これでこの話の最初の最初は終了です。


ですが、この話はあと一話あり、それは次の物語の初めへと続きます。


その最後の一話はこの中で一番短いですが、それでも少しでもこの先の物語へと繋がればいいなと思って書きました。


どうか、最後までよろしくお願いします。

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