七月六日/星のほのめく夜に
朝。お世辞にも快適な目覚めとは言えない。
亮介は横になっていたソファーから体を起こす。
変な体勢で寝たからなのか、体の節々が痛い。
しかし、亮介は起きた時からある違和感を覚えていた。
「いつつ……」
それは腹部の痛み。鈍いその痛みはまるで誰かに殴られた後のよう。
「リョウ!!」
亮介が一人、ソファーの上で悶絶していると、寝間着のまま髪も解かさずに千里が慌てて亮介のもとへやって来た。
「たいへんたいへん遅刻よ!!」
朝から騒々しいと思っていた亮也の目が大きく開かれる。
そんなハズない。だって、寝る前にちゃんと目覚ましをセットして机の上に――
「目覚ましならそこに落ちてる! アンタが寝ぼけてぶん殴ったのよ!」
昨晩仕掛けた目覚まし時計の方を見る。時計は机の上から落ち、見るも無残な姿に変わり果てていた。
「ほら、早く起きて顔洗って!」
千里が慌てた様子で亮也を急かす。
「じ、時間は?」
「八時十九分!」
学校の登校時間は八時半まで。家から学校まで走っておよそ十分強。
「やべえ!!」
亮介は慌てて飛び起き、洗面台に走る。
転校初日からとか、マジでしゃれにならない。
間に合うか間に合わないかというこの時間が憎い。
亮介は慌てて着替えやらなにやらを済ますと、わき目もふらず家を飛び出した。
「いってらっしゃ〜い」
その後ろで、千里が含みのある笑顔で見送っていたことには、当然気が付かなかった。
「申し訳ありません!」
亮介が飛び出してすぐ、階段を駆け下りてくる音とともに織姫が慌てて降りてきた。
「あら、織姫さん。おはよう」
それに亮介を見送っていた千里がにこやかに答える。
「千里さま、申し訳ありません。本来なら居候の身であるわたしが一番に起きて、準備しておかなくてはいけませんのに……」
そう言って織姫は本当にすまなさそうな顔でうな垂れてしまった。
しかし、千里はそんな織姫の肩に手を乗せると、優しい笑顔を織姫に向ける。
「いいのいいの。そんなの気にしないで。居候だろうとなんだろうと、あなたがこの家から出るまではここがあなたの家なんだから」
「ちとせさま……」
織姫の目が段々と揺れる。その目はまるで、チワワのように愛くるしい。
思わず千里は織姫を優しく抱擁する。
ほんとなんて可愛いのかしら。
織姫をきゅっと抱きしめながら千里は一人思う。
「で、でも! やっぱり、何かお手伝いをさせてください」
しばしの抱擁の後、織姫が千里に言った。
「そうねぇ……」
千里は唇に人差し指を当てて考えている仕草をする。
そして、唇をニヤリと釣り上げると、織姫に向かって言った。
「それじゃ、織姫さん。一つお願いがあるんだけど」
◇
亮介が引っ越してきた町――笹子町は他の町とは違い、学生たちは今日この日は来なくてはならなかった。
日曜日だというのに実にご苦労なことだが、その代わり明日の七夕祭りの為にどこも休みになるんだとか。
正直亮介にはどうでもいいことだったが、町の決まりなので仕方ない。
初日から遅刻しかけたが、全力疾走の甲斐あって、亮介は学校になんとか間に合っていた。先生には笑われたが、簡単な自己紹介をし、無事に午前の授業をクリアしていた。
そんな日の昼休み。亮介は一人、頭を抱えていた。
理由は簡単。朝急ぐばかりに弁当を受け取り忘れていたのだ。しかも、何故だかしらないがいつも常備しているはずの財布が今日に限ってない。
「あ〜、腹減った」
亮介は一人盛大にため息をつくと、和気あいあいと弁当をつついてるクラスメートを無視して、訴える腹の虫を抑え机の上に突っ伏した。
その時。不意に前の扉が開く音が聞こえてきた。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
続けて担任の先生とどこか聞き覚えのある声が聞こえてきた。
このクラスの喧騒に呑まれると思われたその声に、逆に呑み込まれクラスが水を打ったように静まり返る。
そんな異様な空気に、亮介はことの真相を知ろうと机から体を起こし――固まった。
教室のドアの前にいたのは、家にいるはずの織姫。しかも、あの天女を彷彿させる髪型ではなく、その長い髪を自然に下ろしていた。服装ももちろん違い、純白のワンピースを、それはもうきっちりと着こなしていた。
服全体が光り、まるで一つの宝石に見えなくもない。いや、これは間違いなく目の錯覚だが。
自然。クラス全員がその姿に目を奪われていた。みな度肝を抜かれた表情でぴくりとも動かない。
「……あ」
入り口でクラス全員の視線を釘付けにして、顔を真っ赤にさせていた織姫と目があった。と、織姫が顔を朱色に染めたまま少し小走りで亮介のもとへ着た。
相変わらず教室からは物音一つ聞こえない。
「あの、亮介くん」
織姫はおずおずと少し顔を伏せながら亮也に話し掛ける。昨晩、亮也の事を「亮介さま」と呼んでいたときに比べるとかなりましになったといえる。色々な意味で。
「え〜と。まずはこの手紙をお読み下さい」
その声とともに差し出される手紙。完全にパニクっている亮介は、何の疑いもなくそれを受け取る。その手紙を亮介は順を追って目を通し始めた。
『やっほー!』
一文目から読む気が失せた。
『ちゃんと学校には間に合ったかい? まあ、私には関係ないからそこはどうでもいいんだけどさ。
いや〜、それにしても朝からほんと傑作だった。それなりに準備が大変だったけど、今これを読んでいるリョウを想像するだけで顔がにやけちゃってしょうがないわ』
読み進めていく亮介の眉間にシワがより始める。
『どう? ビックリしてる? しかし、本当に大変だったわ。普段より早く起きて、目覚ましを解体して、財布を抜いて、ワックスで寝起きを装って。途中寝ぼけながらリョウが起きたときはビックリしたわ。思わず全力で殴っちゃったけど、まっ、いいよね!
しかし感謝しなさいよ? 私のお陰で織姫さんのお弁当を食べられるんだから! それじゃ、楽しんでね♪ P.S.迫真の演技だったでしょ?』
「……」
読み終えた後、亮介はその手紙を折りたたんだ
ふっ。なるほどな。これで謎はすべて解けた。何故、目が覚めたときに腹が痛かったのか。何故、今日に限って財布を忘れていたのか。
「ぬぉぉぉおお!!」
亮介は周りの視線を気にせず、雄叫びを上げながら手紙をビリビリに破いた。
あのババやってくれやがったな!
亮介は破いたそれを上に放り投げ、肩で息をつく。
あのモットーを実行するのが実に千里らしい。
「亮介くん」
おどおどした声で織姫が亮介を呼ぶ。その声に応えて亮介が織姫を見ると、その手には見事な弁当箱が。
「千里さまと一緒に作ったんです」
そう言って織姫は顔を少し伏せ、耳まで真っ赤にして亮也を見る。
「あの、もし良かった、食べていただけませんか?」
実際かなり嬉しい。普段だったら飛び上がって喜びそうだ。
だが、と亮介は思わず頭を抱えた。そして、不意に予知にも似た感覚が亮介に囁きかける。
――今日は厄日だと。
◇
結論から言おう。あの弁当は最高だった。弁当が和食というのも織姫のイメージにぴったりだったし、何よりもあの舌を巻くような味。正直、自信を持って超一流の料理人にも対抗できると言える。
だがそれを食べている間、クラスメートの女子からは好奇の視線を、男子からの殺意が含まれいる視線を一心に受け、それに耐えなければなかったのはけっこう堪えた。
場所を変えることも可能だったのだが、流石に転校初日ということもあり、教室から出るのは躊躇われた結果だった。
しかも、結局織姫は一度も家に帰ることなく、学校が終わるまで亮介を待っていた。
それというのも、あの昼休みの後校長らしき人が必死の形相で織姫に『最高のおもてなしをさせてください!』と頭を下げてきたからだ。あれには流石に驚きを隠せなかったが。
我が母よ。あの人に何を言った?
夕暮れ。星が出始めるまであと残り僅か。以前なら星がもうすぐ見られると、僅かながらも期待していた自分はもうここにはいない。
今は学校も終わり、亮介と織姫の二人は千里の思惑通り学校が終わったその足で、織姫の人探しをしていた。
特に当てはなかったのだが、織姫の話によると『星獣』と呼ばれるベガたちは互いに互いが繋がっているらしく、それを辿ればある程度の場所の特定は出来るらしい。ちなみに主の思う武器にも変わる事も出来るとか。
だが特定できると言っても、もちろんそれにはその夏彦という人物に星獣がついていなければならないのだが、ベガ曰く夏彦とともにいる星獣の気配がするらしい。だから、その気配を辿れば、おのずと織姫の探し人を見つけることが出来るらしい。
出来るはずなのだが……
「オイ。これはどう言うことだ?」
亮介はベガに言われて来たこの場所を見て、思わず頭を抱えた。
周りを見わたす。ちょうど日が沈みだすということもあり、辺りの店ヶがそろそろ門を開け始めていた。
そんな店を眺め、亮介はひどい頭痛を感じていた。
見える範囲の店は、ホストやキャバクラ、その他見るからに怪しい、いわゆる夜の店がズラリと並んでいた。
「なぁ。本当にここで間違いないのか?」
『左様。ここに間違い御座いません』
亮介の問いに、織姫の首飾りがほんのりと青白い光を放ち答えた。その中にいるのはもちろんベガ。流石にハゲワシの姿ではいられないので、このような姿に収まっている。
「亮介くん」
くいっとブレザーの端が引っ張られた。見ると織姫が不安そうな顔で亮介の制服を掴んでいるのが見えた。
――怖いんだよ、な。
来たことがなくとも、ここがどのような場所か知らなくとも、この異様な雰囲気はわかるはずだ。いや、知らないからこそ恐怖を感じているのかもしれない。誰だって、得体の知れないものは怖いものだから。
亮介は頭一つ下にある織姫の頭の上にぽんと軽く手を乗せる。幼い頃、怖がりだった自分をこうやって安心させてくれた千里を思い出しながら。
「安心しろ」
気恥ずかしくって、それ以上言わずにそっぽを向いた。今更ながら、自分は一体何をしているんだと赤面する。
『左様ですぞ、姫。ここには亮介殿も居りますし、いざとなればわたくしめも居りますゆえ』
ぼうと青白い光とともにベガも織姫を励ます。
それでようやく安心したのか、織姫の顔に笑顔が戻る。眩いばかりの笑顔に近くで見ていた亮介は嬉しさもあり気恥ずかしさもあり、何故だか頭がくらくらしてきた。
『お!』
そんな時、ベガが僅かに声を上げた。
「どうしたんですか?」
その声に反応して織姫はすかさずベガに話しかける。それにベガが答える。
『あやつの気配がこちらに近づいて来ております』
それを聞いた途端、織姫が辺りをきょろきょろと見回し始めた。釣られ、亮介も辺りを見回す。
と、笑い声などとともにある店から五、六人の若い女性たちが姿を現した。その中心には一人のイケメンと呼ばれるであろう男がいた。彼女らは周りに構わず、男とともに騒いでいた。
「ねぇねぇ、次はどこ行く? あたしこの近くに面白いところ知ってるんだけど、次はそこ行かない?」
男と腕を組んでいる女性がそう男に甘えるような声で言う。
男はそれを受けると、ゆったりとした動作でその女性の顎に片手を持っていくと言った。
「君と同じ時間を過ごせるなら、私はどこへだって君と一緒に行こうじゃないか」
思わずそれを聞いてしまった。同時に聞くんじゃなかったと激しく後悔。虫が体中を駆け巡り、這っているような感覚に思わず身震いがする。
本能がうるさいほど叫んでいた。
――あれには関わるなと。
そうと決まれば行動は容易い。
がしかし、亮介は隣にいる織姫に声をかけようと口を開いた瞬間――
「おや?」
男が亮介たちに気がつき、歩み寄ってきた。亮介の脳内の危険レベルが飛躍的に上昇した。
「とんだ美少女がいると思ったら。なんだ織姫じゃないか」
男は織姫を見詰めながら、ニコニコと話しかけてきた。当然、その目には亮介は映ってすらいない。
ちらっと亮介が横を見ると、織姫は固まっていた。
その姿を確認して、亮介は思った。この目の前にいる男こそが、織姫が探している「大切な人」なのだと。
「……さま」
呟くように織姫が掠れた声で言った。
「君という人はこの私を探しにわざわざ来てくれたのだね。ああ! 私は嬉しいぞ」
そう言うと男は大袈裟に両手を開き、不意に織姫に抱きつこうと身構えた。
「おまっ!」
それを慌てて亮介が間に割り込み阻止する。
しかし、それでも男は止まらず、不安そうに口を尖らせた。
「少年よ。何故私を邪魔するのかね? 私はただ織姫に抱きつこうとしているだけじゃないか。何も問題ないだろ?」
「ありまくりだ!」
怒鳴りながら賢明に亮也は男を止めにかかる。
「今までどこに居られたんですか?」
不意に織姫が口を開いた。それは今まで亮介が聞いた事ない、どこか怒っているような声だった。
「ふっ、愚問だね。私はただいつも通りにしていただけだよ」
「そう、ですか……」
それを聞いた織姫が俯く。
『夏彦様。そろそろあちらに帰ってもらえねばなりませんぞ』
今まで黙っていたベガが厳かに口を開く。
その声を聞いた瞬間、男は動きを止めると、大きく後ろに下がった。
「私としたことがすっかり忘れていたようだ。織姫がいるということは、ベガ、お前もいるということだったな」
そう言うと男は少しずつ後退を始める。
「私にはやらなくてはならないことがある。だから、織姫、ベガ。悪いが私は、これにて退散するとしよう。――アル!」
男は片手を天に掲げ、その手に光が灯ったと思うと、不意に地面にたたきつけた。
ボンという音ともにピンク色の煙が巻き上がる。その煙を吸い込み、亮介や男の近くにいた女性たちが咳き込む。
「くっ! ベガさん!」
『御意』
織姫が叫ぶ。
と、同時に織姫を中心に風が吹き荒れ、一瞬にして煙が消え去った。
視界が晴れたことにより、こちらに背を向け一目散に逃走を図っている男の姿が見えた。
織姫の首飾りが青く輝く。
「逃がしません!」
その声とともに織姫は手に持っていた、ロープのようなものを男に向かって投げた。
「ぎゃぁぁああ!!」
一直線に伸びていったそれに男は全身を羽交い絞めにされ、遠くで悲鳴をあげた。
亮介たちはすぐさま男のもとえと駆け寄った。
無数の棘がついた縄のようなものに縛られ、男がその痛みに呻きながら身じろぎ、しかし、そうすると余計に棘が刺さるようで呻いていた。
亮介の隣では同じように織姫がその男を見下ろしていた。その横顔を見て、亮介はなんともいえない背筋の寒気を覚えたのだった。
最後に織姫は呟くように言った。
「捕まえましたよ――兄様」
◇
初めからなんとなく解っていた。そして、そのなんとなくはすぐに確証へと変わった。織姫はあの七夕伝説の『織姫』で、その大切な人とは天の川の対岸にいるはずのこの夏彦、つまりは『彦星』なのだと。
「織姫や。そろそろこれを外してはくれないか?」
「いやです」
夏彦の懇願にも似たそれは織姫によってあっさりと一刀両断されてしまった。彼は今例の棘だらけのロープを少し緩めた形で床に正座させられていた。
所変わって、亮介の家。夏彦をかなり強引な手で捕獲した後、何故か知らないが不意に現れた千里によって、すぐさま車に担ぎこまれて家に帰宅していた。
亮介が千里にどうしてあの場所にいたのかと聞くと、彼女はあっさりと後をつけていたことを詫びる様子なく白状した。どうやら、亮介と織姫の一挙一動をじっくりと笑いながら眺めていたらしい。その時、亮介がため息をついたのは言うまでもない。
しかし、それにも増して驚くべき事実が一つ発覚してしまった。
それは夏彦を捕まえた直後の織姫の一言だった。
『捕まえましたよ――兄様』
織姫は確かにそう言った。
その事を亮介が織姫に尋ねると、彼女は顔を真っ赤にさせ俯きながらぽつぽつと答えた。
『お恥ずかしながら、そうなんです』
そう答えた織姫は、顔を赤くさせながら実に嫌そうな顔をした。
その気持ちも解らなくない。理由は言わずもがな。誰もこんな兄は持ちたくないだろう。
ベガが織姫の探し人のことを、織姫の大切な人と言い、また話したがらなかったのもしっかりと頷ける。
「それにしても、まさかあの『織姫』と『彦星』が兄弟だったとはな」
正座している夏彦にがみがみと説教している織姫たちを眺めながら、何故だかほっとして亮介はそう独り言を呟いた。
ちなみに夏彦が何故怒られているのかというと、どうやらただ単純に女遊びをしたかったからだとか。あの使命とやらも当然ながら、それである。
心底そんな兄を持ってしまった織姫に同情する。
「りょ、亮介くん! それをどうして!」
亮介の呟きが聞こえたのか、説教を中断して慌てたように織姫が言う。
いきなりの事で当然戸惑う亮介。
「少年。君はあの七夕伝説を知っているのかね? ほら、織姫星と彦星の」
不意に夏彦が嬉々たる表情でそう尋ねてきた。思わず亮介は頷く。
そんな亮介を確認すると夏彦は満足そうに頷いた。
「ところでそれはどのくらい広まっているのかね?」
そして訳のわからない質問をしてきた。それに亮介は困惑の表情を浮かべながら答える。
「少なくとも日本人なら皆知っていると思うけど」
「素晴らしい!」
亮介の答えに夏彦は感嘆の声を上げた。しかし、その横で織姫が叫んだ。
「そ、それは違うんです!」
横で織姫が慌てて弁解を始める。
「実はその話、兄様が昔こちらの世界に来て、勝手にでっち上げた話なんです!」
「……はっ!?」
思わず亮介は聞き返す。
しかし、もしもそれが本当ならなんともひどい話だ。しかも、創ったのは目の前にいる女たらしだと思うと余計に嘆きたくなる。
「ほんとほんと」
と不意に亮介の目の端に、羽ばたく何かが映った。
見るとそこにはベガと同じくらいの大きさをした、一羽の鷲が夏彦の頭部の上に降り立ったいた。おそらく、今の声はこの鳥のものだろう。
「あんときゃほんと笑えたね。聞く人みんな信じちゃってさ。しかも、あれから何百年も経つのに、まだあんな話が残っているのかい。ほんと可笑しいと言ったらありゃしない」
現れたベガ同様金色の瞳を持った鷲は、そう言って本当に愉快そうに笑った。声の感じからなんとなくメスなのだろう。
「アル。そんなとこに止まるなら、少しは私を助けたらどうだい?」
「ヤダね。こっちの方が見ていて楽しいし」
夏彦の頼みもあっさりと断ると、アルと呼ばれた鷲はまた愉快そうに笑った。
だが、それもつかの間。アルはニヤケ面であろうそのままの顔で亮介に顔を向けた。
「『アルタイルの鷲』だ。このバカが世話になってるね」
そう言って頭を下げる。それに七夕伝説が、実は夏彦によって作られた話だということからのショックが抜け切れていない顔で亮介は何とか返す。
そんな頭で亮介は思った。
「もう、兄様のせいで変な話が広まっているではありませんか!」
「何故だ? あの話のどこが変な話だというのだ。あんな純愛を」
「確かにあれは素晴らしいですけど、あの話の登場人物のモデルがわたしと兄様なのがイヤなんです! 考えるだけでも吐き気がします」
「な、なんてことだ! 我が愛しの妹がそんな汚い言葉を使うなんて」
「くっくっくっ。何度見ても面白いな」
「まったく。いい加減にして貰いものですな」
こいつらと一緒にいるとろくな事が起きない、と。
今日は本当に厄日だったに違いない。
そう思って、亮介はバカ騒ぎをしている連中を尻目にため息をついたのだった。
ここまで読んで下さり有り難うございました!!
今更ですが、これはリアルと同じ日程で進行しております。あまり意味がない様な気がしないでもありませんが……
どうでもいいですけど、何故、ベガが「ハゲワシ」なのかと言いますと、どうやら琴座にはアラビア語の星座名で「落ちつつあるハゲワシ」という意味があるらしいです。もちろん、僕が間違っていなければ、の話なのですが……
ちなみに、一瞬出てきたアルタイルはアラビア語で「飛翔する鷲」という意味があるらしいです。
それでは、明日の晩、星が輝く夜にまたお逢いできることを祈りつつ。